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四十三庵

蔀の雑記帳

ドキュメントに関する考えの変遷

IT

SIerにいる新卒が、三年間でドキュメントというものに対して、どう考えが変わっていったかを書きます。

一年目

うわ、なんでドキュメントないんだこのシステム。
わかるわけねーだろ。
残せよ。ドキュメントを。
わかる奴がわかればいい、じゃないだろ。
人の移り変わり激しいんだからさ、この業界……

しょうがないからひたすらソース読むか……

二年目

このシステム、ドキュメント充実してるけど……
100ページに迫る詳細設計書って誰が読むんだ?
何のために存在するんだ?
もはやこれソースコードと同じじゃないか?
要件定義書もなんかグダグダ書いてあるし……
しかも全て網羅されてるように見えて、メンテナンスされてないから、微妙に最新状態と食い違ってる……

ソース読んだ方がはえーわこれ

三年目

・ドキュメントは必要最低限のものがあればいい。
 余計なものを書くな。
・「必要最低限」の定義はけっこうケースバイケースになる。
 CMMIとかPMBOKとかISOとか一応基準らしきものあるけど、
 そういうのに従うとムダなドキュメントが大量生成される現場が生まれる。
・ドキュメントの管理コストはけっこう高い。
 特に規模がデカくなればなるほど。
・「ドキュメントがどこにあるか」をチーム全員で共有できるのが大事。
 (なんなら会社全員)
・ドキュメント管理ツールは時代とともに変わりがちで、移行は厳しい。
 ツール自体はGithubだろうとWikiだろうとファイルサーバーだろうとクラウド上だろうと
 Notes()だろうとその他グループウェアだろうとなんでもいいんだけど、
 時代とともに置き場を簡単に移動できるようにしなければならない。
・また、簡単に検索がかけられるようにしておかなければならない。
・AIが「あなたの探してるドキュメントはこれですね?」と提供してくれる時代が来るのかもしれないが、
 個人的には、そのために我々のような人間が働いているんじゃないかという気がする。
・ドキュメントがあっても読み解けないレベルの人しかいなくなると、「ドキュメントを解説するためのドキュメント」みたいなのが無限にできるので、
 チームのスキルレベルはある程度の下限を保たないといけない。

今の思い

たぶんこれからも変わらないであろう事項を現段階でまとめる。

・ドキュメントは銀の弾丸ではないので、結局は誰かがソース読まないと運用保守できない
・ドキュメントは本当に必要なものだけを書くべき
・ドキュメントの管理ツールは時代によって変わるので、簡単に移行できるようにしておく
・ドキュメントで全部解決はできないので、教育が重要
・必要十分なドキュメント作成+全員が簡単に見つけられる場所に置く+要員教育が正攻法っぽい
(了)

MADE IN JAPANは完全に死んだ

経済 論考

東芝が完全に死んだ。
“嵌められた”東芝 日米原子力同盟の末路 (1/2) 〈週刊朝日〉|dot.ドット 朝日新聞出版
SONYも映画事業で赤字らしいので、日本のメーカーは死んでしまった。

以前こんな記事を書いた。
blog.stm43.com
この記事を書いた2012年は、民主党政権で超円高が進んでいた。
それから五年後。
アベノミクスによる金融緩和で為替相場が一気に円安に振れて、日本のメーカーの業績は驚くほど回復した。
そして今、一瞬の輝きを放って、MADE IN JAPANは名実ともに死に絶えようとしている。

肌感覚で日本製ダメだなと思った経験

五十代以上くらいの人と話すと、今でも日本製品は高品質で、
中国韓国製品は安かろう悪かろうだと思っている人がいる。

けど僕の肌感覚では、最近の中韓メーカーは、
かなり技術的に攻めてる商品をガンガン出してきている。
Samsungのgalaxy note 7は爆発物認定されてしまったが、あれもAppleと戦うために、限界まで性能を攻めた結果だ。
(さすがに飛行機に持ち込めないのは論外だが)

この記事で書いたが、昔SONYのWalkmanを買ったときに全然充電ができなかったことがあった。
10年かかって手に入れた最高のランニング音楽環境 - 四十三庵
このときの対応でも思ったけど、もはや日本人にものづくりへの情熱みたいなのはないのではないかと思った。
まあ別に僕も電子工作に強い情熱を持っているわけではないので、そのことでメーカーの人々を攻める気はない。

Appleのこと

Appleが本当にすごいのは、鴻海という台湾メーカーに製造を委託しながら、その製品のクオリティを保ち続けていることだ。
イノベーションがどうとか言われるけど、実際は泥臭い生産管理プロセスがしっかり機能しているのだと思われる。
(ジョブズの後釜のティム・クックが生産管理部門出身なのも面白い)
もともとジョブズの理想主義を実現するために、Appleはアメリカで自前の工場を持って、全然採算がとれなかった過去があるらしい。

Appleのやり方も、現場をギチギチに締めるタイプの管理らしいので、
働いている人々を思うと、それでいいのかと思うところもあるが、消費者としてはありがたい。
多分日本のメーカーはそこまでやっていないのではないか。

日本メーカーなぜすぐ死んでしまうん?

高度経済成長からバブルまでの、1960年から90年あたりまでは、日本メーカーは世界でも輝きを放っていた。
ただ日本は豊かになったが故に、日本メーカーは死にやすくなった。

60年〜90年の間は、
・日本国内に安い給料で働く若者がたくさんいた
・東アジアの発展が遅れていたし、戦争もあったため、アジアに競合がいなかった
・為替レートが固定で、今考えたらものすごく日本有利なレートになっていた。
 (ただし73年(だっけ?)から変動相場制になったけれど、しばらくは為替の調整は緩やかだった)

とまあ、好条件がそろっていた。

アメリカもそうだけど、経済成長が進むと、ものづくりから、サービス業へのシフトが進んでいく。
(2)経常収支発展段階説から見た所得収支の拡大
高校の政経とかでやるであろう、発展段階説ってやつ。
貿易黒字でどんどん債権を貯めていって、やがて輸入過多になり、その債権を崩しながら、
もはや国内ではものをつくることはなくなる、という段階に至る。

日本もそれに近い状態になりつつある気はしている。

これから

メーカーは厳しいといっても、自動車産業なんかはまだまだ元気なので、一緒くたにしてはいけないと思う。
けど仮に僕がぼんやりと思っている、日本メーカー全体がキツくなる流れがこのまま加速していって、
多くの日本人が金融だとか商社だとか、何かを生産するわけではなくて、
金から金を生み出す職業につくような時代になることがあるのだとしたら、
それはすごく実体のない、不思議で不安な状態だなあと思った。
(了)

「山田孝之の東京都北区赤羽」

映画

本当は「カンヌ映画祭」がはじまる直前に記事を書こうと思っていたけれど、なかなかやる気がでなくて、書けなかった。
ようやく書く。 

「山田孝之がおかしい」と言われ始めたのは、どのぐらいからだろう。
もともとウォーターボーイズとかで美少年俳優として売れて、
電車男とかウシジマくんとかで、役の幅も広げていって、演技力の評価も高まっていった。
ウシジマくんの画像を見たときは、結構イメージ変わったけれど、それもまあある意味では「俳優」という枠の中でのことであって、
ちょっとしたイメージチェンジみたいなものとしてとらえることもできた。

しかし、2014年に深刻なスランプに陥った。
その解決策が赤羽に住むことだった。
これは、そのドキュメンタリー。

どうやって見たか

Amazonビデオで見た。

プライム会員なら無料なので、ぜひ見て欲しい。

あらすじ

2014年、山田孝之は映画「己斬り」*1の撮影をしていた。
時代劇らしく、主人公は侍で、刀でチャンバラするシーンが出て来る。
「己斬り」のラストシーンは、タイトル通り、山田孝之が刀で自害するシーンという構想だった。
撮影は順調に進み、ラストシーン。突然山田は芝居をやめてしまう。監督の山下敦弘がかけよると、

「死ねないですね」

とつぶやく。困惑する山下監督。

「結局、これ作り物の刀じゃないですか。斬れないと思うんですよね」

?????????????????

「そうだね。うん」

とりあえず大人の対応をする山下監督。

「でもさ、一応、ほら、絵としては、慎之助は自害したって見えるから……物語上は慎之助は死ぬってことになっててさ」

「いや、だから、死ねないじゃないですか。僕、慎之助じゃないですか」

「ん〜〜〜〜〜、そうだね。山田くんは慎之助ではあるんだけど。そうだね。だから、う〜ん……ちょっと奥(スタッフ)うるさい! う〜んとね。慎之助が、死んだっていう体でいいや。それでやらしてもらうっていうか。あ、いや、体(てい)っていうのは違うな……」

結局休憩に入り、監督は二人きりで山田と話すが、山田は折れない。

「刀(真剣)を用意してもらうか、タイトル・結末を変えるか」

「……ちょっと両方とも厳しい」

結局この映画が世に出ることはなかった。
撮影中止後、山田は清野とおる「東京区北区赤羽」を山下監督に紹介する。

「どうでした?」

「ああ、面白かったよ」

「それだけですか?」

「え?」

「何も感じなかったですか?」

山田は漫画の中の赤羽の、確固たる自分を持った人たちの描写を見て、何か強いものを感じたようだった。

「赤羽に住もうと思ってるんです。ぼく」

この作品は何なのか?

テーマは自分探しなんだと思う。
俳優としてずっと自分の軸を作らずに、役に没頭してきた山田が、三十代で感じた壁。
どんなに上手くキャラになりきっても、本当に自害することはできない。
自害というのは極端な例で、暴力シーンでもセックスシーンでもなんでもいいのだろうきっと。
俳優として、表現者として、壁にぶちあたったのではないだろうか。

感想

この映像は、全体的に狂った雰囲気が漂っている。
時折ツッコミ不在のギャグ漫画を読んでいるような気分にすらなる。
たとえば山田が赤羽のお賽銭箱に、迷わず一万円を入れるところとか、
グッチのTシャツにダッサいワッペン入れるとことか。

赤羽という街の空気感みたいなのを先に把握しておかないと、見ていてテーマがブレてしまうと思うから、
数話でもよいので、清野とおるの漫画を読んでから臨むと、純粋に山田孝之の赤羽ドキュメンタリーを楽しめるかもしれない。

成功者の抱える闇みたいなもの

思いつく例をあげると、CHAGE and ASKAのASKAや岡村靖幸の薬物であったり、
XのToshiの洗脳騒動だったり、なんで金も地位もある有名人がそういうのに引っかかるのかなと思うけれど、
そこには成功者だけが抱える闇みたいなものがあるのだと思う。

結局成功というのは、人間の心を完全に救済することはないらしい。
成功者になってしまえば、その辺りを理解してくれる人もいないし、周りは敵だらけになる。
孤独感。虚無感。
「三十代の危機」と言ってもいいのかもしれない。
アメリカでは、成功者のためのメンタルカウンセリングがあるらしいが、日本にはそんなものないので、各自の自己責任ということになる。
山田孝之の場合、それを解決するために赤羽に住んだ。
ドキュメンタリーの展開も、完全なコーピングであるように思えた。
第一話で適応障害を起こして、色んな人との出会いで少しずつ山田の表情に人間らしさが戻ってきて、
赤羽の変わった人を集めて自作の映画をつくったり、曲を作ったり、UFOをあげたりする。

視点

このドキュメンタリー見ててすごいなあと思ったのは、
色んな人間の視点が入り乱れて作られていることだ。
けして山田孝之の視点で物事が語られていない。
山田はスランプに悩む人気俳優で、彼の悩みがこのドキュメンタリーの中心にある。

けれど芸能人様が、赤羽の「下」の連中と付き合って、自分の心の傷を癒すための道具にしているという構造はある。
このドキュメンタリーの中で、山田孝之は二度キツめの説教を受ける。
見方によっては、底辺のおっさんが山田を理不尽に怒鳴っているだけにも見えるし、
ものすごく鋭い指摘をしているようにも見えるだろう。

ちなみに僕は、後者に解釈した。
この説教をされているとき、山田はかわいそうなくらいシュンとしているのだが、
大多数の赤羽の人間なら、このおっさんの方に感情移入するのではないだろうか。

自分探しについて

このドキュメンタリーは、視聴当時の僕に何か訴えかけるものがあった。
ミスチル全盛期くらいが、自分探しブームの終わりだったと思う。

自分探しを極めると不幸になるというか、自分の中の空洞を漁り続ける作業になる気がしているのだけれど、
それでもどこかでそういう時期は必要になるのも事実なのかもしれない。
自分が何を目指していて、何を求めているのか。

さいごに

山田孝之はこのドキュメンタリーを撮っているとき、妻も子供も婚外子も居たはずだが、それはどうしたんだろうかね。
(了)

*1:この映画の撮影自体はフィクションっぽい。ドキュメンタリーのために作られた幻の映画というところか