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四十三庵

蔀の雑記帳

格安SIMに乗り換えたので検討過程を書く

マネー ライフ

格安SIMに乗り換えたので検討過程を書く。
初心者のために、SIMカードとはなにかとか、SIMフリーの流れとか、
あと格安SIMの仕組みとか書こうかと思ったけれど、
ちょっとそこまで書く気力がないので、簡潔にどういう検討過程だったのかを書く。

カケホーダイプランがいかにクソか

今までSoftBankのホワイトプランでiPhone5Sを使っていた。
本体代金を一括ゼロで買ったので、電話代がなかったら一月6,000円。

僕は2013年くらいのキャッシュバック全盛期に携帯販売員とかやってたんだけども、
カケホーダイプランになってからの携帯の契約プラン事情には疎かった。

調べて見て、ビックリしたのは下記。
・MNP乗換でもそんな安くならない
・ていうかキャッシュバックがない
・一番安いのが端末一括ゼロ
とにかく全体的に高くなっている。

僕はなんとなくdocomoでiPhone7使いたいなあと思っていたんだけども、
docomoはカケホーダイプラン強制となる。
(au、SoftBankならカケホーダイなしが選べるらしいのだが…)

ちょっとプランを調べてみたら、こんな感じだった。

【docomo】
五分以内カケホーダイ&5GB
8,235円/月

【docomo:端末下取り(iPhone5S)アリ】
7,319円/月

たけえ!!!!!

僕の格安SIM導入目的

格安SIM導入にも目的があると思う。
とにかく安く使いたいとか、カケホーダイは高すぎるとか、三大キャリアが嫌いとか。。。
僕の場合、今のiPhone5Sと同じくらいの金額でiPhone7を使いたいというのがコンセプトだった。

そもそもiPhoneにこだわらないのであれば、もっと安くていい選択肢はあると思う。
最近はAndroidも性能自体はiPhoneより上という端末もあるので、悪くないと思う。
僕の場合パソコンがMacBookなのと、Androidの操作感があまり好きじゃないので、iPhoneを使うことを選んだ。

格安SIMはとにかく選択肢がいっぱいあるので、基本方針を決めて、それに合うように選ぶんじゃないと、決められない気がする。
決めるポイントとしては、

・月に電話する頻度
 電話が多いならそもそもキャリアのカケホーダイでもいいかもね
・月の通信量
 1〜2GBでいいのか、7GB近くほしいのか、それ以上か
・キャリア
 格安SIMっつっても三大キャリアの帯域を間借りしてるだけなので、
 docomo系がいいのか、au系/Softbank系がいいのかは選ぶ
・通信速度
 格安SIMの種類によっては速度が遅いものがある。
 基本的に平日の昼休みとか定時後は速度落ちるみたいですね
・家族構成
 一人で使うのか、家族でシェアするのか

とかですかね。ちなみに僕の場合ですが、

・月に電話する頻度
 ほとんどしない
・月の通信量
 7GB近くほしい
・キャリア
 docomo系がいい
・通信速度
 三大キャリア並の速度がほしい
・家族構成
 一人で使う

候補

digital-life.jp
このサイトとかを見ながら選ぶといいんじゃないだろうか。
(ちなみに格安SIM比較で検索するとめちゃくちゃアフィサイトいっぱい出てくる)

シェアとしては、OCNモバイル、IIJ、楽天モバイルの順っぽい。
(2016年3月時点なので、今は多少変動してるかも)
格安SIMの契約数は539.4万回線、シェアは「楽天モバイル」が3位に - ITmedia Mobile

・楽天モバイル
使ってる知り合いが、通信速度が遅いと言っていたのでパス

・IIJ
大手キャリア並の通信速度がありそう。
レビュー等見ると満足度が高いっぽい。
あと会社的に信頼できそう。

・freetel
会社で使ってる人がいて、通信速度は悪くないらしい。
端末のキャッシュバックが熱いので、悪い選択肢ではなさそう。

というわけで、IIJで検討してみることにした。

試算結果

僕は月7GB程度の通信量は欲しかった。
動画とかたまにしか見ないけど、電車でTwitterとかネット検索とかするくらいの使い方なので、
基本的には7GBあれば速度制限いかないくらいでおさまっていた。

IIJの通信料は、3GB/6GB/10GBの三択。
電話+ネットだと下記のお値段。

ライト(6GB)2,220円
ファミリーシェア(10GB)3,260円
※初期費用3,000円

キャリアに比べると圧倒的に安い。
ただしiPhoneで格安SIMを使うには、通信料金だけじゃなくて、端末代金も大きな要素だ。
そして問題は、SIMフリー端末が圧倒的に割高ということだ。
三大キャリアは二年間使い続けると、月々の割引で端末代金がほぼゼロになるように契約が設定されている。
なので、あまり端末代金は考えなくても良かったりする。
一方で、SIMフリー端末は

iPhone7(128MB):90,504円
※32GBモデル、256GBモデルだとお値段は多少前後する

という結構なお値段がする。
(iPhone6Sとかは円安だった時代で、10万を余裕で超えてたのを考えると今はまだ安いのか)


ベストな手段としては中古で安くSIMフリー端末を手に入れるのがいいんだろうけど、
iPhoneの場合中古市場でもまあまあ高いので、それなら新品を買うか、Android端末に行くのがよいと思う。

この端末代金を24ヶ月分で割ってみる。

3,771円/月

これをIIJの支払いに加算してみると、

月6GBプラン:5,991円
月10GBプラン:7,031円

ということになる。
月10GBプランだともはやカケホーダイプランで下取りアリの場合とあんま変わらない気がする。
月6GBだとちょうど今のSoftBankに払ってる金額と同じくらいになるので、こちらを選択。

購入するとき

ビックカメラの格安SIMコーナーでIIJを契約。
当日MNPが可能。
30分ほどで開通する。

一緒にSIMフリー端末も買おうと思っていたのだが、どうやらビックカメラではキャリアのiPhoneしか売ってないらしい。
銀座のApple Storeへ行って、購入。
11月の三週目くらいに行ったけど、iPhone7 Plusは在庫ぎれだが、ただのiPhone7であれば全色在庫があった。

SIMカード複数枚発行可能と書いてあったので、二枚くらいもらおうと思っていたのだけど、
どうやら同じ電話番号のSIMカードが何枚ももらえるわけじゃなくて、電話番号は変わってしまうらしい。
(よく考えたら、SIMとは電話局が一意に端末を識別するためなんで、重複したら困るんで当たり前なのか)

家に帰ってSIMカード突っ込んだら、電話はできるけどネットがつながらなくて焦る。
故障じゃないか?と思ったが、どうやらプロファイルのインストールという作業が必要らしい。
店員説明してくれよと思ったが、設定手順書みたいなのを一切読まなかった僕も悪い。

使ってみた感想

IIJを使ってみて、今のところ特に不満はない。
通信速度は思っていたよりも安定していて、普通にdocomo並なんじゃないか?と思う。
懸念していた昼休み/定時後の速度低下も感じない。
(ちなみに電話回線に関してはdocomoユーザーと格安SIMユーザーを区別できないらしいので、
docomoの電話回線を普通に使えるらしい)

iPhone5Sを売るかどうかですごい迷っている。
メルカリを見る限り、一万円台で売れるかどうかも怪しい。
(皆要らないんだろう)
キャリアの下取りプランは結構熱いので、この点は考慮に入れた方がよさそう。

携帯販売をやってから三大キャリアがいかにユーザーを舐めたクソかを痛感したので、離れられてよかった。
あと格安SIMを使うメリットとして、解約金の二年縛りが切れるというのも大きい。
IIJの場合、一年以内の解約だと最大一万(利用月が長くなるとだんだん減額されていき、一年過ぎるとゼロになる仕組み)かかるが、
三大キャリアの解約月以外は問答無用で一万払わされる悪徳さと比べたら良心的だろう。
携帯の2年縛りの解約金の正当性についての裁判 - 四十三庵
↑三大キャリアの解約金は明らかに高すぎるんだけども、日本の司法は合法と仰っている。
(僕は未だに意味が飲み込めていないが……)

最新のiPhoneを使い続けたいユーザーなら、格安SIM買って、
一年ごとにSIMフリー端末買い換えてもいいかもですね。
単に節約のために格安SIM導入でもいいですが、そういう使い方もあるということで。
(了)

電子媒体の文章が本に比べてちゃんと読まれない問題

IT 論考

ブログにしても、電子書籍にしてもそうなんだけども、
電子媒体の文章は、本に比べると真剣に読まれない。
読まれないし、僕自身も紙の本の方が熟読する。

これは割と昔から指摘されていて、2003年には↓にて言及があった。
-憂鬱なプログラマによるオブジェクト指向日記 過去ログ-
13年たった今、スマートフォンやらタブレットやら電子書籍やらの登場で状況は変わっている気もする。

なぜ電子媒体の文章が熟読できないのか、仮説をいくつか考えてみた。

1.学校教育が紙ベースだから

未来の世代はわからないけれども、我々は未だに紙で教育を受けている。
作文を書けと言われたら原稿用紙に鉛筆だし、テストの答案も紙に書く。
教科書も紙の本だ。

そういう教育を受けた故に、
紙の文字→熟読
電子媒体→サラッと読む
という習慣がついたのではないか。

2.まともな文章は紙ベースであることが多いから

熟読に足る文章が電子媒体にあまりないのではないか、という説。

あまりWebには、真面目な文章を書かない。
書いても反応は薄い。
あんま長文や重い文は書かない傾向がある。
たとえば今の世の中で夏目漱石や森鴎外がブログを開設したとしても、あまりPVは稼げないだろう。
(森鴎外は存命のときから読者が少なすぎて新聞連載がギリギリだったらしいが……)

3.電子媒体は読みづらい体裁が多いから

紙の本というのは、横書きにせよ縦書きにせよ、
1ページ目があって、紙を順番にめくっていくと、最終ページにたどりつく。
一方ブログなんかだと、そもそも始まりがどこなのかわからなかったりする。
それを見つけても、次の記事に行くにはどういったらいいかわからなかったり、集中力が削がれてしまう。

さらに、ページの場所がわかったとしても、もともとがHTMLベースで読みづらい。
どんなにスタイルシート使ってオシャレにしてあっても、単純に紙の本と同レベルに読みやすいデザインになっているかは疑問だ。

4.電子媒体が読書に向かないから

パソコンやスマホのディスプレイというのは、そもそも文字を読みづらいのではないかという説。
ただこれに関しては、Kindle Paperwhiteとかが最近は発売されている。
仮説3、4はこれを使えばほぼ解消じゃないかなーと思う。

見た目はもうほとんど紙の本なのではないか。

5.本と電子媒体は客層が違うから

本読めない人は結構いる。
そういう人でもインターネットは使って、文章を読むので、傾向として熟読しないんじゃないかという仮説。

まとめ

以上、1〜5まで仮説をあげてみました。
僕自身が最近Kindleをかなりちゃんと使うようになって、
Kindleでちゃんと読めば、ほとんど紙の本と読書体験としては変わらないなって思う。
(端末としては、iPhoneやiPadで読んでいます)
画面のサイズが小さすぎるとちょっとストレスというのはあるけれど、ディスプレイが一定サイズなら、ちゃんと熟読できる。
電子書籍とまではいかないまでも、熟読する感じの文章として設計されたWEBでテキスト書くサムシングは欲しいかも。
ブログはやっぱり軽めの文章を書く媒体な気がする。

関連記事

blog.stm43.com

(了)

銀杏BOYZとSyrup16g、両ファンの相容れなさについての考察

音楽

https://pbs.twimg.com/profile_images/433179493125988352/iizXJggL.jpeg
http://cdn-stf.line-apps.com/linenews-issue-232/item-44351/pc/5ec3a989.png

僕は音楽の趣味で、人間性は九割ぐらい測れると思っている人間で、
あるバンドを好きということは、ほぼほぼその人間性の宣言に等しいと考えている。

僕は銀杏BOYZはそもそもそんな好きじゃなくて、Syrup16gはかなり好きなんだけども、
昔付き合った人が銀杏BOYZが好きだったので、聴いてみようかなと思ってアルバムを三枚くらい聴いた。
曲自体は好きなんだけども、高円寺系が好きじゃないっていうのもあり、心酔するには至らない感じだった。

そんな銀杏BOYZのボーカルの峯田和伸さんが、今度NHK朝ドラの主演クラスで出演ということを昨日知った。
もう完全に文化人ですね。
おめでとうございます。
僕の知り合いの元銀杏信者は峯田さんに絶望していますが、きっと俳優業での成功は確かなものになるでしょう。
メンヘラを踏み台にして、輝く世界へ羽ばたいていってください。

そんな成功著しい峯田和伸様とは対象的に、Syrup16gの五十嵐隆は、バンドを再結成して、再結成後二枚目のアルバムを出そうとしている。

昨日ふと、銀杏好きな人間とシロップ好きな人間は相容れないなと思ったので、そのことについてもう少し詳しく書きたい。

銀杏とシロップの共通点

そもそもこの二つのバンドを比較しているのは見たことがないけれど、意外と共通点はあると思っている。
ファン層が基本的には社会に上手く適応できていない人間が中心であるという点で、二つのバンドは似通っていた。

あいつらが簡単になっちまう30回のセックスよりも
「グミ・チョコレート・パイン」を青春時代に1回読むってことの方が
僕にとっては価値があるのさ
現実なんて見るもんか
現実なんて見るもんか
#銀杏BOYZ「十七歳(・・・Cutie girls don't love me and punk.)」

君は死んだほうがいい
外の世界はどんな風?
後悔や四季や、あと流星のきらめく世界
#Syrup16g「デイパス」

違うところ

しかし両バンドの姿勢と、そのファンには、決定的な相違があるような気がしている。
それが何なのか、未だに正確なところはつかめていない。
とりあえず思い浮かぶままに書いていってみる。

まず違うのが、自己に対するスタンスだ。
銀杏は基本的に自己肯定であり、他者肯定のスタンスだ。
ダメな自分、ダメな他社に対する無尽蔵の肯定感と、その肯定感を否定する人間への攻撃性。
それが「光の中に立っていてね」より前のアルバムの音楽性だった。
(「光の中に立っていてね」以降はそうではない)
クラスの好きな子の縦笛を舐める自分も「ストーカーなんかではない」。

一方シロップはあんまり他者を肯定することも否定することもないが、基本的には自己否定のスタンスは一貫している。

最新ビデオの棚の前で2時間以上も立ち尽くして何も借りれない
何を借りればいい

冷たい人だねって君は背中向けた
僕はむしろ君の太陽になろうとしてた

一人きりでいるのが長すぎて
急に話しかけられると声出ないよね.
基本 地面ばかり見て歩くから
たまに人と視線合うとキョドっちまうよね

三つめは再結成後の曲なので、銀杏に比べるとあんま変わってない気がする。

外の世界に対するスタンスの違いも大きい。
銀杏はあくまで外へ外へ出ていくエネルギーがあった。
わかりやすい、誰にでもわかる言葉で、恥ずかしいような思いを歌詞にした曲がある。
シロップにはそんなものはない。
シロップの世界観があまり外へ向かっていかないのはなぜなのか、それは前述の自己否定につながる。
自己肯定感が低すぎるので、外の世界と積極的に関わっていく世界観にならないのだ。

銀杏について思うこと

峯田和伸自身は、山形から上京してきて、東京に居場所がなかった人間だったのかもしれない。
東京のオシャレで、即物的な文化にも馴染めず、鬱屈としていた人々を高円寺に集めて、銀杏BOYZというバンドは人気を博した。
人気を博したと言っても、それはミュージックステーションに新曲出すたびに出るとかそういう人気ではなくて、
あくまでサブカルチャーの中での人気ということではあるけれども。

峯田和伸もきっと色々あったんだろうと思う。
「光のなかに立っていてね」「BEACH」のアルバムを出すまでには、九年間ブランクがあった。
活動休止で九年間あけたわけではなくて、新しいアルバムを作ろうとして九年かかったのだった。
結局ニューアルバム出すのと同時にメンバーは峯田以外全員辞めた。
峯田は独身だが、メンバーは結婚して、子供もいるらしい。
きっと元メンバーは峯田の今の俳優としての成功を大して羨ましくも思ってないんじゃないか、という気もする。

ここからが僕の中の銀杏についての結論みたいなものなんだけど、
銀杏のメンバーも、銀杏に熱狂していたファンも、結局は自分しか見てなかったんだと思う。
銀杏はあらゆる人間を肯定しているというスタンスで音楽をやっていて、それに共感する人間がファンになった。
(僕はあんま共感できなかった)
けれども、今となっては、結局みんな自分しか見てなかったんじゃないかと僕は思う。
そして、それは多分に東京っぽい結論ではある。
自分を肯定するために、他者を肯定することが必要で、
少なくとも銀杏のライブの肯定に浸ることで、あらゆるものが肯定できて、
それが最終的に自分を肯定することにつながったのではないかと思っている。
ファンにとってもそうだったけれども、峯田和伸にとってもそれは同じはずで、
自分のどうしようもなく醜い部分も肯定して、彼はNHKドラマに出演することになった。
見ようによっては社会に馴染めなかった人間が、社会に馴染めない人間を食い物にして、上り詰めていった物語にも見える。
僕はそういう風に解釈している。
こんな書き方したらめちゃくちゃ叩かれるんだろうけれども、敢えて書くと、
高円寺のライブハウスに集まっていたファンは誰ひとりとしてお互いを見ていなくて、
結局は自分を一番愛せる方法を探していて、峯田和伸もその一人だったのだと思う。

シロップについて思うこと

つい最近、僕自身も僕の人生の限界が近くて、それから逃れるように「生還」のDVDを見た。

峯田和伸が初期銀杏の童貞キャラから最近突然サブカル俳優キャラになったのに比べると、五十嵐隆はあまりにも変わっていなかった。
強いて言えば演奏が上手くなったくらいだ。
(昔のシロップのライブ動画を見ると、ギターソロが弾けなくて途中で諦める五十嵐隆の映像がある)

シロップのボーカルは、高校生くらいまではエリートコースだった。
埼玉県生まれで、浦和高校に入る。
埼玉県のトップ公立高校*1で、毎年東大に十人程度は入る。
けど、文化祭で酒飲んだら教師に嫌な対応をされたので、中退。
別に高校中退すること自体はいいけれども、このエピソード自体があまり共感を呼ばないのがよい。
たとえばNirvanaのKurtとか、Eminemとかは学業サボって音楽やってたら、
成績悪くなりすぎて留年しまくったので、やめることになったという流れだけれども、五十嵐の場合はよくわからない。
よくわからないのは、考えてることが難しいというよりも、
そもそもきちんと伝えようとする意思が希薄だからというのに尽きる。
音楽にしてもインタビューにしても、きちんと説明していない。
誰にでもわかるくらい簡単な言葉で、「夢で逢えたら」とか「BABY BABY」とか歌ってた銀杏に比べて、その違いはある。

銀杏はそもそもパンクの精神だったけれど、シロップは音楽的な系譜としてはNirvanaとかグランジの影響が強い。
(世界から見ると、存在してないも同然なんだろうけども)
内向性を、激しい曲に乗せて開放するスタイルは、やっぱりNirvanaとかの強い影響を感じる。
けれど、五十嵐隆がKurtからの影響を強く受けていることをちゃんと言っているのはあんまり見たことない。
Hell-see期のインタビューで、一瞬「内向性の開放っていうか、カートとかスミスとか、そういうバンドの……」みたいなことを言っているのぐらいだった。

結局シロップ五十嵐が救われるためには、Nirvanaみたいに売れて、人気絶頂で自殺するしかなかったんだろうけれども、
幸か不幸かシロップはそこまでヒットしなかった。
(RadioheadはNirvanaと同じくらい売れたけれど、トム・ヨークがそんなに死にたくなかったので、
High and Dryで「Kill yourself for recognition」(評価のために自殺しろ)という皮肉な歌詞を入れたりした)
「破滅の美学なんかを利用していざとなれば死ぬつもりだった」五十嵐が、結局死ねなくて、今も続けているバンドがシロップなのだと思っている。
(了)

*1:埼玉では私立はアレ