四十三庵

蔀の雑記帳

女性差別の根底にあるもの

女性差別に憤る女 ttp://masuda.livedoor.biz/archives/51322846.htmlより 日本の大抵の男性は、女性を馬鹿にしている。そして、そのこと自体に全く気づいていない。 何せ、こちとら10年女子校だったからね。付き合いのある男友達は理解のある人ばかりだったし、バイトの先輩は仕事の関係だから、そんなに突っ込んだ発言もしないし。 それが、社会に出たらガラっと変わった。 あなたは差別発言と思っていないんでしょう。でも私はとても苦痛なんです。 あなたはセクハラだと思っていないんでしょう。でも私はとても苦痛なんです。 あなたは多分よかれと思って言ってくれてるんですね。でも私はとても苦痛なんです。 女の子同士なら、自然と気に掛けあって丁寧に接していた部分を、先輩が、上司が、特にお酒の席で、何にも考えずぐしゃっと踏みつぶしてその境界を越えてくる。 それがたまらなく苦痛で、大学で一緒に学んでいた友達に言ってみたら言うんだ。「わかるよー。でもそんなものだよね」 ああ、こんな苦痛な状況が、社会一般では『そんなもの』で済まされる程度の問題なんだって分ったのは、正直そのときだった。 当時は、社会経験が足りなかったんだ。ほんとにね。   それで、今はどうやって生きているかというと、日常では、社会学で学んだ問題意識にほとんど蓋をして、生きていくのに便利なところだけ使って生きてます。とりあえず、世間一般様から見て、頭のおかしい奴だと思われない程度に猫被ってね。 男性メインのビジネスの場に立ち、名誉男性的な立ち位置で、ある意味男性に媚びるようにして生きている私にとって、社会学の知識は、被差別者を踏みつけるのに(効率的に差別者特権を使うのに)とても役立っています。あとは自己防衛のためにね。 こんな生き方が良くないというのは重々承知している。一番申し訳ないと思うのは、今の世を生きにくいと感じている日本女性たちに対してだ。自分の体を資本として、男の『勘違い』を上手く使う、一種の『戦略的本質主義』を振りかざして生きている私は、本質主義から脱して生きたがっている思っている女性にとって、目の上のたんこぶでしかない。(そして巡り巡って、自分のクビも締めてる。承知の上だ。) だから、私は世の女性の味方を標榜している。もちろん、偽善だとも分った上でね。日々ご迷惑をおかけしています。女性の皆さん、特に日本女性の皆さん、本当にごめんなさい。 何度読んでも胸がむかむかする文章だ。 小谷野敦にも通ずる名文。人を不快にさせるために書かれた文章としては究極形。 ○フェミ批判のやりづらさ フェミニズムは論者が違うと主張があれこれ食い違って、批判がしづらい。 たとえば 「男女を女男にしよう、なんていうんだから、フェミニズムは馬鹿げてる」 という批判は、適切でない。 フェミニストの中でも特に馬鹿な奴が言っているだけで、大体のフェミニストは、 「そんなこと言ったことねーよ」と言うだろう。 ○「私が嫌だっていったら嫌なんです!」 最近の日本では当然のように、価値観は人それぞれだから、 その人の価値観に合わせてものを考えなければならない、ということがまかりとおっている。 僕もおおむねその考えに賛成だけれど、すこし適用範囲を広げすぎじゃないかと思う。 「オシャレでミニスカートをはきたいけど、男にじろじろ見られるのは嫌」 という女が居るとして、では世の男性諸君は彼女の脚を見るべきではないのだろうか。あほくさい。 彼女一人で生きているんじゃないんだから、 どこまで許容すべき、我慢すべき不快で、 どこまでが拒否が正当なものと認められる不快であるのかを考えなければならない。 ○「馬鹿にしている」について この文章を書いた彼女も、自分がひとかどの馬鹿であることはわかっているから、 馬鹿にされると腹が立つのだろう。 女に馬鹿が多いことは、僕も、うすうすわかっている。 彼女は「男は気付いていないが」と書いているけれど、僕は意識的に女は馬鹿だと思っている。 自分のことしか考えていないし、貪欲で、見栄っ張りで、 そのくせ怠惰で、加えて愚昧で、多くの場合無能だ。 多くの女は、性格が歪んでいて、倫理的な正しさを求める女は皆無だ。 それなのに、外見が並以上ならば男からちやほやされるから、 そういう悪徳を矯正することなく、年をとっていく。 年をとって、今まで男にもてたことで見逃されてきた欠点があらわになる。 それがオバサン化する、ということだ。 もちろん男が女より圧倒的にいい、ということもないが。 僕は、埼玉の私立の中堅進学校に通っていた。 普通科だった。普通科では、男女比が7:3くらいだったが、 特進になると一気に男が多くなり、男女比が8:2くらいになる。 東大の入学者だって、別に男の得点が+20点されている訳でもなく、 女の受ける試験が特別難しい訳でもないのに、男女比は圧倒的に男が多い。 日常的に接する女から考えて見ても、明らかに頭の悪い者が多い。 まぁこれはただの印象論になるし、 「じゃあそんなに男様は頭がいいのか」 というとそんなこともない。 ただ、僕の経験上、頭の悪い女は、とても多い。 「女は馬鹿っぽい方がもてるので、頭よくても、馬鹿なふりをするんだよ」 といわれるかもしれない。 「察しの良い娘が 頭悪そうに喋る」 という歌もありますし。 でもそれを加味して考えても、やっぱり頭は悪い印象になる。 ○なぜ女は馬鹿なのか(あるいは馬鹿に見えるのか) 遺伝的に女は馬鹿なのだ!なんていうと女性差別なんでしょうが、 実際僕は遺伝的なもの、生物学的なものは関係ないと思います。 男が理論的で、女が感情的だとか、 男は理系、女は文系が得意だとかいう二分法も、 すこしはそういう傾向はあるのだろうけど、そこまで大きいものとは思えない。 なぜ女が馬鹿という印象になるのか。 東大の合格者数が少ないのか。 それは女にとって、頭をよく見せるインセンティブ(誘因)が、男より低いから。 最近は学歴の力が弱まりつつあるとはいえ、やっぱり東大卒なんていう肩書きがあると、 世の中渡っていく時に色々有利。 女にとって、東大卒なんていう肩書きは、学者にでもならない限り、ただの足枷にしかならない。 東大卒アイドルなんていうのもいるけれど、 あまり彼女らをかわいいと言っている奴はみない。 まして「結婚したい!」なんて猛者はそうそういない。 ○差別の残す歪み クルーグマンの「ミクロ経済学」は非常にわかりやすくて、面白い本だった。 まぁ無駄なページが多くて分厚いのが難点だが。 それに「アパルトヘイトの経済学」というコラムがあって、 アパルトヘイトの説明は避けるけど、要するに白人が南アフリカで白人優遇政策をとって、 黒人差別を進めたという話です。ホント白人はろくなことしねーな。 で、現在では白人優遇政策は撤廃されているけれど、依然として、 白人の方が裕福で、黒人が貧しいのは変わらない。 これはなぜか。黒人が遺伝的に馬鹿だからなのか。 答えは、親の黒人が貧しく、満足な教育を受けないまま成長するため、貧困が受け継がれいくから。 だから白人優遇政策が撤廃されても、黒人はそうやすやすとは富を手にできない。 日本に住んでいると、教育と就職が強い関係を持っているのを忘れそうになるけど、 アメリカでは「いい大学入った奴がいい仕事につく」のは当たり前の過程であるような印象。 この論理が、そっくりそのまま女性差別にも使えるだろう。 女の愚昧もまた、受け継がれているのだ。 ○真の女性差別解決とは 僕は、真の女性差別の解消は、東大の合格者数が1:1になることだと思う。 もちろん、大学受験だけが指標となる訳ではないけど、 一番わかりやすい解決法だと思うがね。 フェミの一番の欠点が、解決を社会に求める、つまり他人に求めることだ。 「女性差別を解消したいから、皆がんばって!」 なんてたわ言を真顔で強弁するから、嫌われる。 差別の最終的な解消は、自分自身で行うしかない。この場合は、女性自身で。 かなり単純化すれば、差別の解消に必要な条件は二つ。 一、ある程度の社会的理解 二、被差別者の努力 女性差別にはすでに条件一がある。 欠けているのは条件二だけだ。 ○フェミが嫌われる理由 それなのに、フェミが攻撃するのは常に男。 「男が?だからいけない。そうすれば全ての日本に住む女性のために云々」 本当の男女平等の論理は、男も女も徹底的にこきおろすくらいでないと、成立しないはずなのだが。 フェミがこの弱点から脱却できない限り、僕は永遠にフェミを攻撃し続けるだろう。 ○僕の立場 僕の立場は男女平等論者である。 フェミは単に女性の地位向上を目指すだけで、男女平等には関心がないという認識を持っている。 まぁ女とか思想がフェミ傾向の方々から見れば 「お前のどこが男女平等論者なんだ」と思われるんだろうけど、 男女平等は男か女、どちらかに格別の利益をもたらすものとはどうしても思えない。 女に都合のいい男女平等を唱えることはできない。 ○付言 「今の世を生きにくいと感じている日本女性たち」なんてあるが、 今の日本を生きやすいと感じている日本人なんていると本気で思っているのか。