四十三庵

蔀の雑記帳

東京嫌い

○今年から楽天ファン 三位と四位のあたりをふらふらしている頃から楽天に興味をもって、 Yahoo動画を使って、楽天の試合を見るようになった。 今ではすっかり楽天ファン。一番好きな選手は長谷部。 CS進出が決まったのはホントに嬉しいが、勝てるのか不安。 あっさり負けそうな気もする。 田中、岩隈も不調だしね。 ○都民の頭は魚並 東京の大学に通っているんだけれど、本当に東京が嫌で嫌で仕方がない。 まずどこに行っても人がいる。 台風の日に、JRがとまってしまい、歩いて大学に行ってみたら、それでも人が歩いていた。 小道に入っても人がいる。どの店に入っても人がいる。 うんざりだ。 大体東京には都市計画がなさすぎる。 土地が馬鹿に高いから、店を建てるにも狭い店ばかりになる。 変な形の店が、ごちゃごちゃと並ぶので、街並みが非常に汚らしい。 都内のコンビニのほとんどが、なぜか奥行きが長い、変な形をしている。 高層ビルだって、広い土地が買えないから、 仕方なく上に広げるしかないから、ああいう形状になるんだ。 いまや情報技術が発達していて、ほとんど企業が密集する利益なんてなくなっているのに、 日本はいまだに蛾が光に集まるように、蟻が餌に群がるように、 東京に本社を建てようとする。 しかも大学まで首都一極集中ときているから、最悪だ。 企業、大学、国政、おまけに娯楽施設まで東京に集中するから、 働きにいくのも東京に、遊びにいくのも東京にという訳だ。 そりゃ人口が過密になるって。 石原慎太郎が 「むだな税金を使って子孫への負担になる」と首都機能移転に反対して、 「スポーツによって若い世代に希望を」とオリンピック招致に躍起になっていたが、馬鹿くさい。 そしてそんな馬鹿を選び続ける都民も馬鹿だ。 もっとも今の日本人には、他に人材なんていないから、仕方ないといえば仕方ないが。 若者から希望を奪い続けているのは、 政治腐敗だとか、老人の激増だとか、少子化だとか、不況だとか、 そういう未来への不安といったこともそうだけれど、 僕が感覚的に暗い未来を感じるのは、 朝の満員電車に乗っている時の、乗客の暗い顔なんですよ。 毎朝毎朝僕は埼玉から東京へ、クソサラリーマンどもと肩を並べて通学する訳だ。 石原慎太郎は一度でもそういう経験をしたことがあるのだろうか? おそらくはあるまい。 僕は十八年間の短い生涯の中で、これほど気分の悪い経験をしたことはない。 都民の知能は怪しい。 都内だと、ほとんどの生徒は私立中学を目指して、中学受験をするそうだ。 おそらく都立中高では教育が成り立っていないのだろう。 学校に徒歩で通うことすら、難しい状況に陥っている。 幼い頃から大量の情報にさらされ続けた結果、都民の顔は大抵まぬけ面をしている。 親の見栄だか仕事の都合だか知らないが、 「自分の幸福」のために、子孫の幸福を奪える神経は本当にすごい。 都民は金払ってジムに通わなければ、運動することもできない。 従って、慢性的な運動不足に陥る。 運動不足は精神にも悪影響を及ぼす。 かくして都民は知能、体力の発達を妨げられ、情緒不安定となる。 一部には開成高校に行って、東大に現役合格!というような例外もあらわれるが、 ほとんどの人間が教育課程の途中で脱落する。 しかし魚並の脳みその親でも、金だけは持っているので、 なんとか子供にそれなりの学歴を与えようと、塾に通わせ、 湯水のように金をつぎこんで、そこそこの大学を出させる。 かくして、目的意識も何もない、中途半端な自尊心だけ持った都民が生産されていく。 ○日本の活路 日本の未来は暗い、と言われている。 少子高齢化と経済成長の停滞を両輪として、日本の未来悲観説はいまや定説となりつつある。 日本という国はそもそもなぜここまで経済成長したのか、というと、 人材の力によるところが大きい。 資源もねえ、国土もねえ、そんな日本でも、 きちんと動く自動車を作るような、高度な技術によって、世界経済の中で特異な位置をしめたのだ。 今の日本は、すっかり人材を殺す国になってしまった。 テレビを見て欲しい。 若手芸人と称される、三十代くらいのお笑い芸人を、 「今年大ブレイクの○○さん」として持ち上げて、 視聴者が飽きたら、次のブレイク芸人を探す形態は、すっかり定着してしまった。 ブレイク芸人は、まるで使い捨ての新商品のように、次から次へと作り出されては捨てられてゆく。 ネット上ではゆとり、ゆとりと言って、ゆとり教育を受けた若年層を蔑む傾向がある。 (実際は年齢に関係なく、非常識な発言に対して使われる傾向があるが) しかしまぁゆとり世代は、まだ何もしていない。 あほな犯罪をしでかす奴はいるけれど。 けれどゆとり世代の上の方々、つまり僕の先輩方には、 バブルを崩壊させて日本の経済成長に終止符を打ったという素敵な実績があるではないですか。 もはや日本は、東京を崇める今までの形態では、 成長の余地はないことを、はっきり認識しなければならない。 日本の人口の一割が東京都に住んでいると言われる。 これに騙されてはいけない。 日本人の九割は、東京の外に住んでいるのだ。 ○東京を捨てよ 今までは、 地方の優秀な人材が東京に集まる →その結果、優秀な人材だらけの集団ができ、いい仕事をする →日本繁栄 という構図が成り立った。 しかし現在の東京では、明らかにこんなことは成り立っていない。 官僚批判を見ていてもわかるように、東京の人材選別機能は著しく低下している。 地方の優秀な人材が東京に集まる →しかし人材は活用されず、集団は結果を出せない →東京は繁栄、日本全体で見ると没落 という状況になっている。 満員電車の話をしたけれど、都民の生活は半ば破綻している。 生活が破綻している人間が、能力を発揮できるはずもない。 ○具体的には 東京批判をすると、必ずある反論に、 「お前は田舎の現状を知らないんだ。 田舎の方が教育は崩壊してるし、仕事はないし、 ヤンキーかオタクしかいないし、ジジババばっかだし。 やっぱり東京はすごいよ」というのがある。 僕も地方の力なんていうのは信ずるに足らないものだというのは、薄々気付いている。 何も考えず、地方分権地方分権と唱えても、地方にそんな力はない。 重要なのは、合理性を考えてやることだ。 過疎と過密がよく問題になっているが、経済的な合理性を考えたら、実は仕方ないことだ。 重要な問題点は、 「ほんの少しの都市(東京、大阪、名古屋あたり)に人口が集中する」 ことである。 これを、 「各県の都市に人口が集中する」 形態に変えられないだろうか。 つまり埼玉で言ったら大宮に、宮城で言ったら仙台に、 各地の地方都市に人口が過密するのであれば、東京の殺人的人口過密も解消される。 東京だと、田舎者が東京に職を求め、働くうちに東京に慣れて、結局死ぬまで居座って、 更に人口過密が加速するという事態になるが、 地方都市ならば死ぬまで居座るもよし、故郷に骨を埋めるといっても都道府県内なのだから、 東京から故郷へ帰る程の苦労もない。 理想論だと言われればそれまでだけれど、 今の日本の形態がだらだら続くよりは、理想論の追及の方がましだと思うんだけど。 ○近頃思うこと 台風でJRが全線とまった日に、新宿の近くをとぼとぼ歩きながら考えた。 地震で東京が壊滅したなら、日本は素晴らしくよくなる。 ビルが倒壊して、一面の焦土となればよい。 一時的には、日本の経済力は衰えるだろうし、被害にあう方々はたまったもんじゃないだろう。 しかし東京の瓦礫が、都民の亡骸が、日本の未来の肥やしになるのだとしたら。 もっとも今東京に大地震が来たら、僕も死ぬかもしれない。 まぁそれも構わない。 一つだけ心配なことは、最近の建築技術の進歩で、 ちょっとやそっとの地震だと、ビルは耐えられるんじゃないかということだ。 東京は一度滅びた方がいい。