四十三庵

蔀の雑記帳

村上龍「コインロッカー・ベイビーズ」

村上龍について 村上龍の文章はよくないイメージがあったんだけど、今読むとそうでもない気がする。 学生新聞で熱心に書いていた奴の文章という感じがする。 吉行淳之介芥川賞の選評で、 「因果なことに才能がある」 と言ったとおりの作家だと思う。 本人は全くそんな気はなく、書いた文章が、読む人間には 何か重大な意味を持っているようにとられることがある。 本人はただ思いついたことを書いただけなのに、それが辛辣な社会風刺になったり、 現代社会への鋭い警告になったりする。 村上龍はそんな文章を書く作家だ。 個人的に、そういう人間を天才と呼ぶのは違う気がする。 才能がある、とは思うが。 天才というのは才能と努力の奇跡的な結合で、他の追随を絶対に許さない存在でないとならない。 まぁ何はともあれ、面白い小説だった。 ○物語について 「限りなく透明に近いブルー」は、百何頁、全て勢いで書ききった小説だったので、 「コインロッカー・ベイビーズ」は大丈夫なのか、と内心疑っていた。 短編だと勢いだけで何とかなるが、長編だと確実にだれる。 だがそんな心配は杞憂だった。 文章表現の幅の狭さは感じるけれど、 それを補ってあまりあるしっかりした小説世界が構築されている。 都市生活の懶惰、廃鉱、佐世保の地方都市、キリスト教系の養護施設、 東京、夢島、函館刑務所、高速道路、離島、海底、棒高跳び、歌、モデル とにかくころころと場面が移り変わる。 読者を退屈させない。 (amazonレビューを見たら退屈だったと書いていた奴がいたけれど、 そいつが異常なだけだと思われる) 心理描写もかなり多い。 語彙の少ない作家が、何か難しい心理の綾を表現しようとするから、 いちいち風変わりな表現になる。 それがまた本人はおそらく意図しなかった、絶妙な効果を生み出している。 つまり、学歴を持たない、社会から頭が悪いと定義された人間の、 今まで文学が間接的、抽象的にしか書けなかった苦悩を、生々しい形で表現することになった。 ○解釈 村上龍の小説なんて、解釈している奴は星の数ほどいるだろうから、 今更僕がつけくわえることなんて大してない。 強いていえば、登場人物がどいつもこいつも自分のことばかり考えている。 自意識は肥大していて、平気で他人を欺き、殴り、犯し、殺す。 都市というのは、巨大な利己の集積なのである。 利己と利己がスクランブル交差点で肩をぶつけるから、当然争いが起きる。 結局都市というのは、金と権力によって、自分の利己を補強して、 相手の利己を押し潰さなければ、気持ちよく生きることは不可能なのである。 マスコミが俗悪である点、東京が地獄のように書かれている点、この二点が非常によい。 ○好み 作中最強の空手使いの、山根が好き。 ○文句 最後の方で、キクが「俺たちはコインロッカー・ベイビーズだぜ!!」というシーンがあって、 文庫版の解説を書いていた奴はえらく気に入ったそうだが、僕はここ嫌いだ。 小説全体の流れが台無しで、主題を陳腐にしてしまったような気さえする。 はたして作者は真剣にこんな台詞を考えたのだろうか。 それとも世代間の感覚の差で、あの世代の人間は、この台詞に何の滑稽味も感じないのだろうか。