四十三庵

蔀の雑記帳

外山滋比古「思考の整理学」

○グライダーと飛行機 ゆとり教育導入は大失敗に終ったが、知識重視から知能重視の教育への転換はけして間違っていない。 ただ社会と現場が対応できなかったという話。 教科書でいくら知識を削っても、入試で必要な知識は大して変わらず、 学校ではゆとり、塾でばっちり詰め込まれて入試に挑むという傾向ができた。 個人的にはゆとり教育もそれ以前の教育も大して変わらない。質的変化が全くない。 まあ強いて変わったところがあるなら、 「考えられない物知り」を輩出する教育から、「考えられない物知らず」を輩出する教育に転換した訳だ。 まあそんな話はどうでもいい。 グライダーとは、外の力によって空を飛ぶ。 飛行機は、自力で空を飛ぶ。 学校に教えられたことしかわからない知能というのが、グライダー。 学校はグライダー人間の養成所になっている。 もちろんグライダー人間がダメだと言うのではないが、グライダー人間ばかりでは困るのである。 更にコンピューターという、完全無欠のグライダーの誕生で、グライダー人間の必要性は薄れている。 そこで著者は、飛行機兼グライダー人間のようなものを理想とする。 グライダーは受動的で、飛行機は能動的である。 現代の学校制度の中では、どうしても人は受け身にならざるをえない。 江戸時代以前の、古い学問の師匠は、弟子にわかりやすく勉学を教えたりしなかった。 弟子は学びたいという気持ちはあるのに、一向に何も学べないので、いらだつ。 そして、やがて自分から、師匠の学問を盗み始める。飛行機人間として、学問を習得する。 ○朝の頭 睡眠は思考を整理するので、朝が一番、物を考えるにはいい時間帯だ。 ○アイデアとの付き合い方 アイデアに対して、人は受動的であるべきだ。 自分がいくらいいアイデアを浮かぼうと力んでもムダ。 いいアイデアがこちらにやってくるのを待たなければいけない。それを発酵と言っている。 アイデアがわくのを待つ、時間が必要である。 一見ムダな時間のようだが、大切な時間である。 寝るのも、思考を整理するにはよい。 実際に睡眠をとるのが有効だというのもそうだが、アイデアを寝かせることも大事だ。 少年期の小説が面白いのは、作者の中で、素材が十分に整理されているからだ。 また、アイデアに向き合う際は、一つのアイデアに集中するのはダメである。 「ひとりでは多すぎる。ひとりでは、すべてを奪ってしまう」(ウィラ・キャザー)という訳だ。 論文などを書く際に、諸説A、B、C、Dを使うとする。 その際に、ただぼんやりA、B、C、Dを援用していては、漫然とした混合物ができあがるだけである。 自己の独創Xが別にあり、それを核としつつ、A、B、C、Dを援用すると、 芯のしっかりした、価値ある論文が書ける。 ○エディターシップ 知識は、別の知識と組み合わさると、全く違ったものになることが往々にしてある。 A、Bという知識があって、 AB≠BAなのである。(これだと行列みたいだ) どの順序で知識を組み合わせるのがよいかを考える、知のエディターシップは重要である。 「詩とは、もっともよき語をもっともよき順序に置いたものである」という詩人の言葉は、 知識に関しても、似たようなことが成り立つだろう。 ○触媒 ある触媒による、化学反応から、アイデアが浮かぶこともある。 ○アナロジー(類推) 未知のものを理解するとき、既に理解したものから類推するのはしばしば有効な手段である。 ○セレンディピティ ある分野の研究をしていて、全然別の研究で有用な発見をすることがある。 それがセレンディピティで、学問以外でもよくある話である。 ○知識の整理 人間の記憶には限りがある。 学んだことは忘れてよい。 忘れていった中で残った記憶が真に重要なのだ。 価値観がしっかりした人間なら、必要な知識は記憶でき、不要な知識は忘れられるので、 読書なんかが非常に有用なものになる。 長い時間がたっても記憶に残っているものは、往々にして重要なものである。 書くことは、思考を整理する上で、有効な手段である。 しゃべることは更によい。 ○インブリーディング(inbreeding) 近親相姦を繰り返した王族の子孫は、大体虚弱体質になって滅びる。 知識も、あまり同じ分野のものばかりで交換されていると弱体化する。 ○三上・三中 欧陽脩は、思考に適した場所として、 馬上 枕上 厠上(トイレのこと) をあげて、三上と言っている。 ちなみに、文章上達の秘訣の三多という言葉も残している。 看多(多くの本を読むこと) 做多(多く文を作ること) 商量大(多く工夫し、推敲すること) 三中というのは作者が考えたのか何なのか知らんが、 無我夢中 散歩中 入浴中 が、いい考えの浮かぶいい状態。 ○ことわざの知恵 ことわざは、何世代も語り継がれたため、知恵が高度に収斂されている。 現代では、ことわざの知恵が軽視されすぎている。