四十三庵

蔀の雑記帳

「行動経済学」友野典男、「行動経済学入門」多田洋介

行動経済学とは 経済学部生だったら、行動経済学ぐらいは知ってると思うんだけど、 非経済系の方々には、そんなに知名度ないかもわからないんで、一応解説しておく。 行動経済学(behavioral economicsの訳語)は、経済学の新分野で、 経済学的な理論の、「経済学的に合理的」な人間ではなく、 現実に存在する人間を対象にして、経済を考えようというのがテーマ。 また別の視点から説明すると、経済学と心理学の融合学問と見ることもできる。 僕は、経済学の理論と現実経済とのズレを修正できるのが行動経済学だと思っていた。 経済学って、数学を導入して議論するのだから、絶対現実経済とズレると思うんですよ。 どう考えたって数学の方が厳密なんだから。 具体的に言えば、個人の効用最大化について。 経済学では、個人は効用関数にしたがって、効用を最大化させる。 効用関数なんてそんな複雑な関数じゃないから、高校レベルの微分ができれば、割と簡単に最大化できる。 経済学では、予算制約線と、無差別曲線の交点になる訳。 でも現実ってそうだろうか。 自分の快楽を最大にしようと必死になってる人間は、あんまり世間体がよくない。 小さい話をすれば、ヨーグルト食べる時、蓋についたヨーグルトをきれいに舐めとるのは見苦しいから、しないとか。 効用最大化するなら、絶対にきれいに舐めとらないといけない筈。 これはホントショボい話なんだけど、もっと大きな場面でも、人間は、せこせこ必死で効用最大化していない。 なんで、絶対に経済学の理論と、現実経済はズレるんですよ。 そのズレを行動経済学が埋めてくれると期待してたんだけど、ちょっと期待はずれだったな。 行動経済学は、話としては面白いんだけど、発展する可能性のある学問じゃないんだよなあ。 「まだ発展途上だから、これからどんどん進歩してゆく」なんて言う人がいるけど、 僕はむしろ、伸びしろはほとんどないように感じた。 抱いていた期待が大きすぎたのかもな。 行動経済学の確立によって、今の標準的経済学が根本から崩壊する、くらいのことを期待してたんだけど。 ○二冊の比較 「行動経済学」友野典男と、「行動経済学入門」多田洋介を読んだ。 二冊とも、内容としては、ほとんど変わんない。大同小異。 「行動経済学」の方が、内容はわかりやすい。新書だしね。 ただ新書にしては400ページ近い結構なボリューム。 読みやすいんで、長いとは感じないと思う。 対して、「行動経済学入門」は、もうちょっと学問的にお固く書かれてる。 内容は「行動経済学」とほぼ一緒なんだけど。 行動ファイナンスの話があるのが一番大きな違いかな。 数学がちょっと高度。 この辺が著者が東大卒なのと、早稲田卒の差か。 こちらは200数ページ程度で、簡潔に書かれている。 両方読む必要は全然なかったなあ。 わかりやすいのが好きなら「行動経済学」。 学者っぽいのが好きなら「行動経済学入門」。 以下、両者に共通していた、「行動経済学」の要点をまとめる。 ○人間の非合理性 経済学の想定する経済人には、非現実的すぎるという批判が多い。 かといって、人間が全くの馬鹿かと言うと、そんなこともない。 そこで限定合理性という概念が出てくる。 「それなりに合理的であり、それなりに非合理的である」という考えである。 経済学の想定する経済人は、 ・数学に関して完璧な知識を持っていて、常に適切に数学的知識を駆使して、最適解を見つけ出すことができる。 ・膨大な情報の中から、一番有用な情報を見つけて、それに基づいて選択する。 ・常に理性的で、自分に不利益をもたらすようなことは絶対にしない。 とされる。なるほど、現実的ではない。 行動経済学は、限定合理性を持った人間の経済活動に関する分析を行う。 ・貨幣錯覚 年収200万の人が、400万になれば嬉しいだろう。 しかし、もしインフレ率が200%以上の経済であれば、 実質価値で考えたなら、200万から400万の増加は、昇給でもなんでもない。 実際の所、人間が経済的な判断を下す場合、大概が名目で考えているのがほとんどだ。 ・美人投票 1、各プレイヤーは0から100の中から、1つ数字を選ぶ。 2、各プレイヤーの選択した数字を集計し、平均値Xを算出する。 3、平均値Xに2/3を掛け、これをYとする。 4、プライヤー中、Yに最も近い数字を、1で選択した者が勝者としてY円を得る。 というゲームがあったとする。 もしホントに合理的な人間は、どの数字を選択するだろうか? ではここで一つ、合理的な思考をしてみよう。 もし1の段階で、各プレイヤーが100を選んだとしたら、Yは100×2/3で約66.66。 つまりYは最大でも66.66にしかならない。 そして、他のプレイヤーもそのことがわかっている筈。 なので、1の段階で、他のプレイヤーは66.66以下の数字を選ぶことになる。 となると3では、66.66×2/3=44.44となる。 まだ話は終わらない。 他のプレイヤーも44.44となるのを予測するので、44.44以下の数字を選ぶ。 そしたら、44.44×2/3で……とまあ、無限に100に2/3を掛け続けなければいけない。 こう考えていくと、適切な数字は、100×(2/3)^N(二分の三のN乗)で、 N→∞という極限を考えなければならなくなる。 2/3は0より大きく、1より小さいので、Nが∞に近づくと、0に収束していく。 したがって、適切な数字選択は0になります!なんて合理的! もちろん、現実問題、こうはならん。 なぜかというと、仮に自分が0が最適な選択だとわかっていても、 他のプレイヤーが上のような予測をきちんとしないから。 そうすると、合理的な選択というのも変わってくる。 行動ファイナンスの分野では重要になってくる、非合理的な参加者のせいで、 合理的な参加者まで非合理的な選択を強いられるという状況と似ている。 実際の実験結果によると、ゲーム参加者の選択した平均は約36。 つまりX=36、Y=24であった。いずれも0からは大分離れている。 ・勝者の呪い オークションでは、落札者が絶対に損をする仕組みになっていると言われる。 なぜか。 情報の非対称性から、商品を持っている人間の方が、商品の本当の価値を知っている。 落札者はわからない。 商品を持っている人間は、本当の価値よりも、オークションで付いた値段が高ければ、売り払う。 したがって落札者は、常に自分が払った金よりも、割安な商品をつかまされる訳だ。 ・囚人のジレンマ ゲーム理論の中では一番有名な奴で、今更くだくだ説明するまでもない。 囚人のジレンマ      囚人B 協調  囚人B 裏切り 囚人A 協調 (2年、2年) (15年、1年) 囚人A 裏切り (1年、15年) (10年、10年) (ちょっとズレてるけど) 囚人Aの視点で考えてみよう。 もしBが協調を選んだとする。 そうすっと、Aが黙秘するなら、彼の刑期は2年。自白するなら、1年。よってAは自白した方がよい。 Bが自白した場合。 Aは黙秘したら15年の刑期。自白したら10年。よってAは自白した方がよい。 という訳で、Aがもし合理的なら自白しちゃう訳だが、Bも同じ様なことを考えるので、自白してしまう。 結局、二人仲良く10年臭い飯を食うことになるのだけれど、これがホントに合理的なのか。 だって、二人の刑期の和で考えたら、二人とも自白した場合は20なのに対して、黙秘すれば4ですむ。 合理的な思考な結果、最も非合理的な結果が導かれるという点で、囚人のジレンマは面白い。 しかし実際の実験では、こういう結果はうまれなかった。 30?70%の人間が協調を選んだそうだ。 ・最終提案ゲーム ルール;1000円を見知らぬ人と配分する。 分配の割合はあなたが決めてよいが、相手には拒否権があるので、 金額が気に入らなければ拒否できる。拒否した場合、二人とも1円ももらえない。 この提案ゲームも、もし二人とも経済人であれば、 分配する側は、999円と1円を提案して、相手もそれを受けいれる筈だ。 だって、分配する側は利益を最大にする訳で、少しでも多くしたい。 拒否する側も、もし拒否したら0円なんで、1円もらえるとなれば、一応利益が出る。 これも実際の実験結果は違っていて、分配の金額は300円?500円の提案が一番多かったそうだ。 ○ヒューリスティックとバイアス 人間は、常に論理的に行動している訳ではない。 経験則だとか、山勘だとかを用いて、選択を行うこともある。 ヒューリスティックは、問題の解決や事柄の判断に対して使われる、 非論理的ではあるけれど、便宜的に用いられる方法である。 で、バイアスというのは、そのヒューリスティックを用いる際に発生する、合理的な解からのズレ。 ・利用可能性ヒューリスティック 人間の脳味噌の処理能力なんてたかが知れてるので、 世の中にある膨大な情報の、ほんの一部分しか使わないで、我々は行動を選択する。 その時に使われるヒューリスティックが、利用可能性ヒューリスティクだ。 例えば、進研ゼミの勧誘漫画で、「この問題…ゼミでやった問題だ!」というのがあるが、あれのことだ。 ・後知恵バイアス 利用可能性ヒューリスティックのもたらすのが、後知恵バイアスだ。 結果がわかってから、自分が事前にその情報はわかっていたように思い込むのが、後知恵バイアス。 例えば、進研ゼミをとってる奴が、「ゼミでやって問題だ!」と思って解いたら、 実は全然違う問題で、無残にバツがつけられた答案を手にした時、 「ほらなんかおかしいと思ったんだよな?。ゼミは信頼できないな?」などと思うこと。 ・代表性ヒューリスティック 集団の中の、一つを見て、その代表の特徴が、その集団の特徴だと判断するのが、 代表性ヒューリスティックである。 「うぇ?い!早稲田でーす☆」みたいな、テニサーのチャラ男大学生を見て、 「ああ早稲田大学はクソだな」と判断する、という風なもの。 ・少数の法則 統計学大数の法則というのがあって、標本数が多ければ多いほど、 統計サンプルは信頼できるものになる、というもの。 その逆が、少数の法則で、標本が少ないほどサンプルは信頼できない、ということ。 上記の早稲田の例で言えば、早稲田には大多数のクソどもの中に、優秀な学生も、いくらかいる訳。 したがって、代表性ヒューリスティックは、少数の法則から、バイアスが生じることになる。 ・ギャンブラーの誤謬 ギャンブルで負けまくると、何となく次は勝ちそうな気がするものだ。 コインの裏表をあてるギャンブルを考えよう。 表 表 表 表 表 と五連続で表が出た場合、次にあなたは裏表、どちらに賭けるだろうか。 「さすがに六連続表はないだろうから」と裏にかけるという者は、ギャンブラーの誤謬に陥っている。 確率論できちんと考えると、六連続表だろうがなんだろうが、 コインを投げて表が出る確率は1/2、裏が出る確率も1/2。 ・平均への回帰 数学的に考えれば、異常値はいずれ修正されていって、平均に近づいていく。 コインを投げて、表が五連続で出ても、百回試行を行えば、いずれ表と裏の出る回数の比は1:1に近づいていく。 ・代表性ヒューリスティックから生じるバイアス 上の三つから、代表性ヒューリスティックは確率の過大評価、過小評価というバイアスを引き起こす。 ・「アンカリングと調整」というヒューリスティック 人が不確実な事象を予測する時、よく使われるのが、アンカリングと調整という方法である。 船がアンカー(錨)をおろすように、はじめにテキトーな値を設定して、 そこから調整して、正しい答えにたどりつこうとする。 アンカーの設定は、意識的であったり、無意識的であったりする。 例えば、ある商品の値札に、20000円の上に×が書かれて、10000円と書かれていたら、 値段判断についてのアンカーは20000円になるので、10000円は安いと判断される。 これをアンカリング効果という。 ・確証バイアス いったんアンカーを決めると、そのアンカーに近いような情報にしか反応しなくなるのを、 確証バイアスという。 ・感情ヒューリスティック 感情にもとづいて決定を下すのも、一つのヒューリスティックである。 ・ヒューリスティックは悪者か? 以上のように、ヒューリスティックは様々なバイアスを伴うが、 迅速で簡素であることから、様々な利点もある。 人工知能開発で、「フレーム問題」というのがある。 ロボットは決められたプログラムの範囲内でしか判断できない。 「プレートの上に乗ったモノを運べ」というプログラムを組んだロボットは、 もしプレートの上に爆弾が一緒に乗っていたとしても、そのプレートを運ぶ。 上に乗ったモノと一緒に、ロボットは爆発に巻き込まれてしまう訳だ。 人間だったらありえない。 これは、ロボットの知能のフレームが、プレートの上に乗ったモノを運ぶという範囲に限定していて、 爆弾に関してはフレームの外になっていた訳だ。 では人工知能を作る際は、どこまでフレームに含めなくてはならないのか。 それが「フレーム問題」である。 人間のヒューリスティックは、フレーム問題に大きく支配されるロボットが持てないものだ。 ○プロスペクト理論 標準的経済学では、「期待効用理論」にもとづいて、効用関数を使って、人の効用を測る。 個人は効用を最大化するという仮定され、 効用は、(事象が生じる確率)×(事象がもたらす効用)で算出される。 プロスペクト理論は、行動経済学が提唱する、新たな効用の測り方である。 価値関数と確率加重関数を用いて算出する。 ・価値関数 標準的経済学の効用関数に対応するのが、「価値関数」。 横軸は利得(損失)をとり、縦軸は価値をとる。 価値関数 価値関数をv(p)と表すと、1000円得ることでうまれる効用が、v(1000)=aで、 1000円失うことでうまれる不効用が、v(-1000)=b。 関数の形には、当然、個人差がある。 価値関数には、三つの特徴がある。 ・参照点依存性 価値関数には、「現在の状態」を示す、参照点によって、効用の増減が変化する。 たとえば、3000万円もらっている政治家の所得が、3001万円の所得に変化しても、効用はそんなに増えない。 しかし、無職だった浮浪者が、公共政策で1万円支給されたなら、効用は大幅に増える。 同じ「1万円の増加」のもたらす効用は、参照点の位置に依存している。 ・感応度逓減性 値が小さい時は、利得(損失)の変化に対して、効用は大きく変化する。 値が大きい時は、利得(損失)の変化に対して、効用の反応は鈍い。 上の政治家と浮浪者の例でも、感応度逓減製はわかると思われる。 ・損失回避性 たとえば、1000円の利得と、1000円の損失、それぞれがもたらす効用(不効用)を考えよう。 この場合、 │+1000円のもたらす効用│<│-1000円のもたらす不効用│ が成り立つ。 人間は同額なら、得するよりも損した方が大きく反応するものなのだ。 大体、2倍から2.5倍、大きく反応すると計測されている。 ・リスクに対する態度 人間は、事象の起こる確率が大きい時は、利得に関してリスク回避的、損失に関してリスク追及的になる。 事象の起こる確率が小さい時は、利得に関してリスク追求的、損失に関してリスク回避的となる。 たとえば、「1000円あげます」と言うのと、「50%で1300円あげます」と言うのなら、 人は利得に関してリスク回避的なので、「1000円あげます」を選ぶし、 逆に「1000円もらいます」と言うのと、「50%で1300円もらいます」と言うのなら、後者を選ぶ訳だ。 これが、「5%で1000円あげます」と言うのと、「1%で1300円あげます」と言うのなら、 後者を選ぶし、「もらいます」なら、前者を選ぶ。 この辺から、なぜ人間が損する確率が高いのに、ギャンブルに金つぎ込むのかも説明できそうだ。 ・確率加重関数 標準的経済学では、個人は経済人なので、確率を数学に基づいて正確に判断できる。 しかし上のヒューリスティックとバイアスで見たように、人間が確率を判断する時は、主観が入る。 確率加重関数は、その辺のバイアスを反映したものとなっている。 確率加重関数 人間は、確率が高い時は、数学的に正しい数値よりも過小評価して、低い時は過大評価する傾向がある。 少年マンガでよく、天才キャラが、「君の負ける確率は、99.9%だ」と言うのに対して、 熱血主人公が「でも0.1%は勝てるんだ!!!」 ド      ン とかいう展開になるけれど、これが高い確率の過小評価の好例。 また、確率が0.35の時、大体数学的に正しい確率0.35と、 人間の主観的な確率0.35が一致すると計測されている。 そして、確率加重関数も、感応度逓減性がある。 ちなみに、確率加重関数では、 ある事象が起こる確率p ある事象が起こらない確率1-p を加えれば1になる、という性質が成り立たない。 つまり、w(p)+w(1-p)<1 で、劣化法性と呼ばれる。 なぜ数学的な確率と主観的な確率がずれるのか、と言うと、 ジョナサン・バロンの指摘によれば、 人間は確率を数値として受け取るのではなく、 「確実」(p=1) 「可能性がある」(0