四十三庵

蔀の雑記帳

勝間和代VSひろゆきの対談について

最初は動画があがってたみたいなんだけど、話題になりすぎて消されてしまった。 奇特な人がわざわざ文字に起こしてくれたみたいで、 「デキビジ 勝間和代 VS ひろゆき を文字におこしてみる」 で、大体の内容は読める。 既に大きな話題になってて、今更僕が細かくつっこまないでも、 皆いっぱいつっこんでくれてるから、気になれば探して。 しかしまあちょっと対談しただけでこんなにたくさんの人が反応してくれるのはうらやましい。 やっぱ規模の経済性ってすごいね。僕もほしい。 で、読めばすぐわかるように、二人の議論はかみ合わない。 異様に噛み合わない。 勝:若年層の人たち、若い人たちが今なかなかですね、こう少子高齢化の中で元気が無いといわれているんですけども、若い人たちが元気になるためにはどうしたらいいですか? ひ:元気にならなきゃいけないんですか? 「質問に質問で返すとテスト0点なの知ってたかマヌケ」という訳で、 ジョジョならこの時点で勝間和代のスタンドが鼻から攻撃してきて、ひろゆき確実には死んでますね。 勝:そこですよね、やっぱり。困ったんですよ。実はテーマとして雇用促進というのを話そうか、若者に対して起業をもう少し促進することをどうやったらいいかということをですね、議論にしようということを予定していたんですが、 ひ:会社側が求人出してばんばん雇えばいいんじゃないですか? 勝:は? ひ:雇用促進ですよね? は?っつってるし。 この後、起業促進の方向に持っていきたい勝間和代に対して、のらりくらりと反論し続けるひろゆき。 なぜか最後は缶ジュースの話になって、 「ベンチャーなんか起さんでも、大企業に任せればええやん」 という結論をたたきつける。勝間和代は半ギレになって、 「お前は馬鹿だから私の素晴らしい理論がわからないんだ。 その気になればお前の命なんて全国のカツマーに命じれば五秒で消せるんだぞ」 ということを婉曲に言い始める。 勝:なんか、すごくね、今日ね、すごくね、私ね、いろんな人とさんざん対談してきたんですけど、はっきり言って、のべ多分100人くらいの中で一番やりにくかったんです。 ひ:(笑) ありがとうございます。 勝:最っ高にやりにくかったんです。 ひ:すいません、なんか社会経験足りなくて。 勝:で、なんか何が原因かなっていうのをこう考えたんですけれども、あのですね、 ひ:僕の能力不足のせいです・・・ 勝:いや、違います。何か言ったときに対して、すごくそのひろゆきさん防衛してそれに対して反撃する、しかもそれを見下すような反撃なんですよ。これが何かね夫婦喧嘩と全く一緒なんですよ。 ひ:(笑) ああ、そうですか。僕は勝間さんのことが好きなんだ! 勝:いや、違う違う違う。夫婦喧嘩とはどういうことかというと、お互いのポジションを取って協力しようというよりは、どっちの方が自分の関係性において良いポジションを取ろうという形でですね、このお互いの揚げ足取りじゃないんですけれども、 ひ:いや、でも僕結構質問していると思うんですけれども、 勝:でもその質問の仕方が明らかに、「僕の言っていることは正しいけれども、あなたの言っていることは間違っている」みたいなこういう(ジェスチャーで上から下へ)ように聞こえるようなニュアンスの質問をお互いにしちゃってるんですよね。 ひ:へぇ? 勝:だからその結果としてですね、どんどんですね、議論が先鋭化していくんですよ。 ひ:お互いにしているってことは、じゃあ勝間さんも実は僕と同じタイプってことですか? 勝:いや、違います違います。それを誘導しちゃうんですよ、それをお互いがやればやるほど。 ひ:へぇ?(苦笑) 勝:なのでその、相手のことを理解した上でちゃんとした事実を中心にこう議論をしていかないと、価値観とニュアンスの中でお互いがお互い言いたいこというとこういう対談になるだなということが私が凄く今日分かりました。 ひ:でも僕事実の話をしていると思うんですけどね。 なぜこの二人の議論は噛み合わなかったのか。 思想そのものが正反対であった、というのは散々いろんな人が指摘してる。 勝間和代は、一言でいえば「スキルアップしてハッピーライフ」。 ひたすら努力して、自分の欠点を修正して、それで高収入を得て、幸せになる。 幸せは、努力した先にしかないものだ、とでもいうように。 ひろゆきの場合、幸せな状態は、人それぞれで、 飯食って寝てれば幸せ、という形もあるだろう、と考える。 働いて幸せならそれもいいし、働かなくて幸せなら、それでもいいじゃん、と。 対談の途中で、勝間さんは、その考えに対して、 OECDの幸福度なんか持ち出して、給料と幸福度の相関なんかも言い出すんだけど、あんまひろゆきには効かない。 思想が反対なのもそうなんだけど、二人の議論がちぐはぐで、 いつもなら対談終わった後は、「勝間節炸裂!」みたいなしたり顔をしてる、 勝間さんがいつもの調子を出せなかったのも、僕は、 二人が反対だからなんじゃなくて、二人が同じだからなんだと思う。 つまり、二人とも、相手のある程度きっちり構築された理論に対して、 一般的には当たり前だと思われてしまうような理論に対して、 どこかに論理の綻びを見つけ出して、そこを短い言葉で、鋭く突く。 そんな「飛び道具」的な論法を使うということでは、二人とも同じなのだ。 で、勝間どんは今回、ひろゆきをゲストとして呼んだ形をとったせいか、 どうしてもある程度理論を構築して、提示して、そこから議論を膨らませる必要があった。 いつもみたいに、飛び道具としてびゅんびゅんできなかったので、 ストレスが溜まって、ちょっと怒っちゃった訳ですね。 いつもなら、「不景気は?が原因です(キリッ」という頭かたい相手に、 「いやでも、それは?ですよね?」みたいに普段は話を進めてけばよかったのに。 ひろゆきはいつもこの論法だし、今回もこの論法。 これだと、相手が微塵の隙もない理論を構築しない限り、優位に立てる。 相手の労力を10とすると、自分はその話をぼーっとききながら、 ツッコミ所を見つければいいんで、労力は1ぐらいですむ。 「飛び道具VS飛び道具」の対談がどうなるかっつったら、 「でも?ですよね?」 「いやいやでも?ですよ。違いますか?」 「なるほど。でも?ですよね?」 「いや?ですよ?」 「いやいや?ですよ?」 これじゃまんま2chの議論だ。 「飛び道具vs飛び道具」の対談では、 どっちかは飛び道具を辞めなきゃいけない。理論をきちんと提示しなきゃいけない。 そうしないと対談の内容が何もなくなる。 しかしはじめは、ホストとして、飛び道具っぷりを懸命に抑えていた勝間たんも、 途中から劣勢になると、もう飛び道具に戻りたくて仕方なくなって、 どんどん飛び道具に戻って行った。 だから、途中から、二人の議論はかみ合わなくなった訳だ。 おまけ この対談を、「ひろゆきの勝間に対する愛」という観点から分析した、非常に斬新な視点。