四十三庵

蔀の雑記帳

三田紀房「ドラゴン桜」

○好きなものを紹介しようと思う のだけど、往々にして僕は、自分が好きなもんを人に薦めると、失敗する。 森見登美彦の「太陽の塔」を薦めようと思ったんだけど、 「マジ笑えるから」とか、「堅苦しい文体で、くっだらないこと書いてるからそのギャップが面白い」とか、 そんなわかりやすいことを言えばいいのに、 「文章自体は明治とか昭和の文豪っぽい文学的な文章なのに、内容は笑えるし。 主人公大学生なんだけど、作者、京大生で、すごい自由なんだよね。 自由すぎておかしくなったっていうか。 作者この小説の後、全く同じ設定、同じヒロイン像で四つくらい小説出したんだけど」 みたいな言い方をしてしまった。 好きなものって、言いたいことはたくさんある割に、 相手がわかることってあんまないから、どうしてもちぐはぐな言い方になる。 読めばわかるんだけど。 面白い作品を薦めることは難しい(「simple」より) 上の文章は、期待させすぎるといけない、という趣旨だけど、 僕の場合、「期待させる」ことができない。 そういう訳で、これから暇な時間を使って、 僕の好きな漫画とかCDとかが、いかにすばらしいかを書こうと思う。 少しでも期待させることができる文章になればよい。 その一発目が、「ドラゴン桜」なのはどうなんだろう。 ○偏見 僕の中学生の時って、「テニスの王子様」がちょっと流行ってて、 テニス部の部員が多かった。 僕は漫画とかアニメとか、何にせよ、 そういう商業的なもんの影響を受けて行動する連中を、心底見下している。 「ドラゴン桜」が流行った年って、東大受験者が増えたらしく、 そういう話をきくにつけ、僕の「ドラゴン桜」蔑視は深まっていった。 高校の図書館に、「ドラゴン桜」が全巻そろってたんだけど、死んでも読むか、と思っていた。 どうせ内容も大したことなくて、実用性0の勉強法が載ってるだけなんだろう、と。 あの冗談みたいな絵も大嫌いだった。 ○実際 大学に入って、良くも悪くも大学受験を突き放して見れるようになると、 「ドラゴン桜」に対する、敵愾心みたいなものもなくなっていって、ちょっと読んでみるか、という気になった。 これが意外と、読める。 というか、普通に面白い。 絵はヘタクソだし、読んでも頭良くなる訳ではないし、 話もただ馬鹿高校生二人が、ひたすら勉強するだけなんだけど、 弁護士桜木の説教が、妙に説得力があって、引き込まれる。 たとえば、13巻で、「学力向上のみを重視するのは世間の批判を浴びる」ということに対する反論。 「勉強ばかりしていると性格が歪むなどという根拠は全くない」 まあ基本的に桜木は、正義の味方というより、ただの山師で、 こんなことを言う目的も、結局は自分のためなんだけど。 テレビドラマ版だと、桜木は阿部寛が演じてて、結構なハマリ役。 なぜ勉強するのか? ドラマでも、ほぼ漫画と同じ台詞を言ってる。 この漫画の見所は、桜木の啖呵だけでなく、 一巻では見事な馬鹿高校生だった水野と矢島の二人が、 巻が進むにつれて、まともな思考ができるようになり、 なかなか偏差値が伸びないのに苦しみながらも、センター足切りを回避して、東大受験にこぎつける。 本当にただひたすら勉強するだけだが、十分に面白い。 面白いといえば、絵の下手さも面白い。 ホントに尋常じゃないレベルで、この作者の絵は下手だ。 素人が描いたと考えても、下手なレベル。 とにかくデッサンが狂う狂う。 桜木の脚が突如として伸びたり、水野の腕が縮んだりなんていうのは日常茶飯事。 突然遠近法が狂って、遠くにいる人物の顔がやたらでかくなったり、 異様に手が小さくなったり、ちっともかわいく見えない水野が作中では美人設定で猛烈な違和感を覚えたり。 ○まとめ もちろん、作中で出てくる受験テクニック自体は、クソの山です。 メモリーツリーだの、なんだの、全く実用に値しない。 受験に関しても、漫画なので当然っちゃ当然なんだけど、 ある問題を具体的につっこんで扱ったりしないから、別にこれ読んだから、 今まで苦手だった微分がすっきり理解!なんてこともない。 けど、桜木の演説はホントに説得力あるし、一面では真実だと思う。 矢島と水野の成長の仕方も、なかなかしっかり書けてる。 「偏差値30の奴が一年で東大レベルまで行くかよ」とは思うだろうけど、 別に突如主人公の中に眠っていた勉強の才能が開花して……なんていう話ではなく、 地道に小学校のドリルからはじまり、中学レベルを習得し、高校レベルへ行き、 そこからセンター・東大へ、という風に、きちんとステップを踏むので、そこまで荒唐無稽な感じはしない。 水野は母親がカラオケスナックを経営して、夜中まで客が騒いでいるという環境で、 矢島は反対に、金持ちのいい家の中の落ちこぼれという環境。 二人とも、それぞれひどい環境に置かれているが、 そこから東大受験を目標に、這い上がっていって、知的に成長してゆく。 「ドラゴン桜」の何が面白いかって、一番はやっぱこの二人の成長物語なのだろう。 ただの「お受験漫画」ではない。 そんな訳で、今まで馬鹿にしてた人も、騙されたと思って読んでみると、 意外と楽しめるんでないでしょうか。