四十三庵

蔀の雑記帳

情報技術の過大評価

○情報技術はイノベーションの中では今の所最弱 高校の現代文で頻繁に出てくる評論で、 「情報技術の発展で、地域の絆がうんたらかんたら」 「情報技術の発展で、人と人との関係がうんたらかんたら」 という話題が扱われている。 大学受験を経験した人間なら、少し食傷気味のテーマだろう。 僕は、情報技術がそんなに世の中を変えたとは思えない。 まして、人間関係がそんなに激変したとは、とても思えない。 確かに便利にはなった。 一昔前だったら、デートの約束は相手の家に胸ドキドキさせながら電話掛けて、 「あ、もしもし、○○さんのお宅ですか。××さんはいますか。 あ、いや、僕は、その、ただの友達ですよ。えへへ。はい。お願いします」 なんてもじもじしながら親とやりとりしなければならなかったが、 今は携帯のアドレスきいて、メールすりゃ、余計な緊張はない。 ホントに便利だ。 ビジネスにも、情報技術は大いに役立っている。 取引先に書類送るんでも、わざわざ人をやらなくても、 スキャンして、PDF化して、メールに添付して送ってやれば、それですむ。 確かに、情報技術は21世紀の大きなイノベーション(技術革新)と言えそうだ。 ところが、今までにあった、大きなイノベーションと比較した場合、 まだまだ情報技術の影響というのは、大きくない。 鉄道が三日とまった場合を考えてみよう。 大変な混乱が起こる。 一日とまっただけで大ニュースになる。 飛行機が三日とまった場合。 これも大変な混乱だ。 つい最近も火山噴火で、ヨーロッパの空港がダメになって、大混乱がおきた。 自動車、電気、電球、ガス、天然ガス原子力。 いずれも三日なくなったら、大変な混乱が起こるものばかりだ。 これに比べると、ネットはどうだろう? 確かに三日停止すれば、困る人は大勢いる。 IT関係の連中、個人投資家、その他大勢。 しかし、もしネットが使えなくなったら、彼らはどうするか。 IT関係はダメかもしれないが、個人投資家だったら、電話で取引するように戻るだけ。 そう、情報技術には、 「あれば大変便利だが、なくなっても多少不便なだけで、何とかなる」 という大きな特徴がある。 精神面に及ぼした影響だって、そんな大したもんじゃない。 (参考) よく引きこもりが、親にパソコンとりあげられて、親殺すというニュースがあるけど、 統計的に見れば、ごくごくわずかな人数でしかない。 「いやいや少数でもそういう人間が出ることに、情報技術の本質的な問題が?」と言いたい人もいるだろうけど、 それって評論家お得意の、 「太平洋戦争時の日本がおしすすめた軍国主義につながる画一性の強要」 に他ならないのでは。 では、以下なぜ情報技術は過大評価されるのかについて。 ○現代に残された数少ない成長分野 一番の原因は、現代が「期待しない時代」であること。 ほとんどの進歩は20世紀でほぼ頭打ち。 そんな中、ほぼ唯一の例外が、情報技術。 皆、何かに期待したいんですね。 ○情報技術の将来性 散々過大評価、過大評価と書いてるけど、情報技術の魅力そのものが、 その過大評価を招いている面もある。 手塚治虫が描いたような21世紀像と、現代はあまりにも程遠い。 車もしばらく空を走る予定もなさそうだ。 そんなだらしない現状で、唯一手塚治虫の描いた未来図に近い、 あるいは手塚治虫の想像力を超えてるのが、情報技術。 (まあでも「火の鳥」なんかでは、コンピューターが人間を支配してたりしたから、超えたとは言いがたいか) ○流行の最先端にいるような面をしたい人々 特にビジネス界ね。 流行の最先端にいたい訳です。 最先端技術に適応している存在とみなされたい訳です。 「ネットの普及がもたらした革命に気づけない人はヤバいですね^^;」 なんて、したり顔で言うと、低脳ビジネスパーソンは気持ちよくて射精しそうになる訳です。 ○評論家の飯の種 火のない所に煙を立てるのが評論家のお仕事。 彼らが情報技術なんて、多くの人間が理解していないものを放っておく訳がない。 当然悪者にしたてあげて、 「情報技術の進展で、人が人でなくなる」 「情報技術の進展に、我々はどう対処すべきなのか」 なんてテーマで、本売って、講演して、がっぽり稼ぐ訳です。 中には「私は本気で主張しているんだ!」と言う先生もいらっしゃるかもしれませんが、 頭の残念具合で言えば、金目当ての連中より残念でございます。 ○まとめ 情報技術は過大評価されてるので、気をつけましょう。