四十三庵

蔀の雑記帳

経済成長は必要か?

経済成長不要論みたいなのはよくきく。 そういう議論はもっと進んでいいと思うけど、大抵は不毛な詭弁の応酬で、非生産的である場合が多い。 基本的に経済成長は、できるなら、した方がいい。 GDPの成長も、基本的にはいいことである。 GDPの成長というのは、「付加価値の増加」ということだ。 たとえば、原価200万円の車を、300万で売ったとする。 すると、この車会社のGDPへの貢献は100万円ということになる。 GDPが増加するということは、 ・この車が400万円で売れる ・この車がたくさん売れる というどちらかである。 上の状態は、単なるインフレかもしれない。 単なるインフレであったなら、他の商品の物価を上がるので、 GDPへの貢献ということにはならない。 名目GDPは増加させるが、実質GDPは変化させない。 もし車に新技術でも使って、更に高性能になったので、 400万円でも売れるようになったのであれば、これはGDPへの寄与である。 下のたくさん売れる、というのが通常のGDPが成長する道だ。 今まで1台しか売れてなかったもんが、10台売れるようになったら、付加価値は1000万円になる。 この1000万円で、更に設備投資して、 今まで以上にいい商品を作る設備を導入するとか、 あるいは社員に賃金として支払うとか、社員を増やすとか、とにかく経済の規模は大きくなっていく。 当たり前の話なんだけど、GDPの成長がその国の国民の幸せや生活向上には直結しない。 なんでかっつーと、仮にGDPが100%増加、つまり二倍になったとしても、 その増加分が全て富裕層だけに集中したら、どうだろう。 もちろん一般の中低所得の国民の生活水準は以前のままである。 まあ中国では実際にこんな感じのことが起こっているんだろうけど。 所得分配のやり方次第で、経済成長は大多数の国民を幸せにしない。 理論上は、GDPの成長は国民を幸せにしない。 しかし実際はどうか、というと、 GDPが増加した国っていうのは、低所得者も軒並み生活水準が向上している。 富裕層が富を独占するので、経済成長が無意味だ、 という議論は、確かにありえない話ではないが、現実的ではない。 日本も1960年代から2010年にわたって、GDPが二倍以上に成長しているが、 明らかに60年の低所得者よりも、2010年の低所得者の方がいい生活をしている。 基本的には、経済成長は国民を幸せにする。 だから、経済成長できるもんなら、した方がいいに決まってる。