四十三庵

蔀の雑記帳

森見登美彦「恋文の技術」

八月二十一日

拝啓

昨日は森見登美彦先生の「恋文の技術」を読みました。
僕は恥ずかしながら森見登美彦が好きで、著作のほとんどを読んでおります。
面白いから出来るだけ長く読もうと思うのですが、大概読み始めると一日や二日で読んでしまいます。
これは森見登美彦氏の小説がすかすかだからそうなるのではなく、
内容の面白さが僕を情熱を駆り立てるのだということを付言しておきます。念のため。
僕が森見氏に感服したのは、初期の小説、「太陽の塔」「四畳半神話大系」「夜は短し、歩けよ乙女」等で、
主人公、ヒロインのキャラクター設定が全く同じで、ストーリーも腐れ大学生の不毛な話でほとんど同じというナメっぷり。
生き馬の目を抜く文芸界で、ここまでナメた作家が生き抜いているのは、四畳半のうんだ奇跡としか形容しようがありません。
しかしそんなナメた執筆態度なのに、小説そのものは面白いので、更に驚きます。


この小説は、文通という形式でストーリーがどんどん進んでいく上に、
森見登美彦という小説家、挙句の果てには自分の女性ファンまで出すという暴挙。
自らのマンネリっぷりを打破しようとする努力には敬服致しました。
いつも以上にユーモアのセンスが冴え渡っていて、彼女が出来た友人のおっぱい好きを克服するために、
研究室でおっぱい画像を拡大して映し、凝視しておっぱいを抽象的存在に昇華させるという「方法的おっぱい懐疑」の手法をとったが、
結局おっぱい好きを克服できなかった挙句、「おっぱい万歳」と呟いて、
そこを妹や好きな女性にばっちり見られるという場面が好きです。


そんな感じの小説です。

草々