四十三庵

蔀の雑記帳

ペスタロッチー「隠者の夕暮れ・シュタンツだより」

 教育者のバイブル的存在らしいので、読んでみた。
ちなみに教育学の教授曰く、昔のヨーロッパの教師の三大必読書が、


・ペスタロッチ「隠者の夕暮れ」
・ルソー「エミール」
・フレーベル「人の教育」


であるそうだ。「エミール」は内容的には僕の思想と合っているような印象を受けるが、
いかんせん馬鹿みたいに長いので、少し尻込みしている。



「隠者の夕暮れ」は、基本的に箇条書きで書かれていて、


一 玉座の上にあっても木の葉の屋根の蔭に住まっても同じ人間、その本質からみた人間、一体彼は何であるか。(以下略)
二 汝ら人間を使役し〜(以下略)


のように、番号だけで分けてあって、基本的に脈絡がない。
ペスタロさんの思想が脈絡なく、散文的に、しかしそれ故に鋭く、書かれている。


 ペスタロさんは、人間が本来持っている真理を探究する力を重視して、
学校教育なんかによる、強制的な知能習得を批判している。
むしろ本人の成長の速度に合わせ、じっくりと導いてゆくべきだ、という主張がある。
そして、家庭的な教育が重要であり、学校教育は家庭教育の延長、ないし補助であるべきだということ。
そして、神への信仰が、家庭の安らぎ、国家の秩序など全ての基礎となっていること(この辺は実にヨーロッパ的)。


んで、「シュタンツだより」は、シュタンツに孤児院を開いたペスタロさんの奮闘記。
まあペスタロさんは教育者として素晴らしいし、何より理想論を唱えつつ、
現実の子供たち、つまり目の前にいる乞食同然のガキどもに対してどう対処すればいいかをきちんと考える所が偉い。
しかしツッコミ所が二つある。
まず彼の勉強観について。
彼の勉強観は、昔の多くの知識人がそうであるように、記憶力に基礎を置いている。
古くは、セネカだかキケロだかが、
「少年の知恵はまず記憶力にあらわれる」
といったような言葉を残していたように、昔の知識人は大変記憶力を重視していた。
東洋でもこの点は同じで、日本にも「博覧強記」「生き字引」などという言葉があるように、「記憶力」=「知恵」であった。
ペスタロさんもこの例にもれず、
「そして特に私は注意力と熟慮とそして確乎たる記憶力との練習は、
判断したり推論したりする術の練習に先行しなければならないと考えた」
と書いている。
しかしこれは現代の「知」のあり方とは大きくはずれたものだ。
知っての通り、パソコンという最強記憶媒体がある以上、人間の記憶する必要は半減した。
記憶力=知能はもはや現代では成り立たない。
そして第二のツッコミ所は、ちょっと笑えるけど、注釈の部分。
「四十四 ところがもし子供に頑固な態度や粗野な態度があらわれると、わたしは厳格な態度にでて体罰を加えた」
という部分に、
「ペスタロッチーが体罰を加えたからといって、世の普通の教師が体罰を加える権利があるなどと思ったら、
それは恐るべき妄想である。ペスタロッチーは愛の化身であれば神人でもあったのだ」
という注釈があって、苦笑した。
略年表を見たら、ペスタロさんは結構学校経営に失敗してる。


まあそんな感じの本。短いけど、読み応えはある。ぼーっと読んでるとすぐ何いってんのかわからなくなるので、疲れる。