四十三庵

蔀の雑記帳

三島由紀夫「サド侯爵夫人・わが友ヒットラー」

○サド侯爵夫人
三島由紀夫は戯曲もいくつか書いてるが、その中でも最高傑作と目されるのが、「サド侯爵夫人」である。
てっきり僕はサド侯爵が出てくるもんだとばっかり思ってたが、
サド侯爵の夫人と、その周辺の女達の会話オンリー。
革命前の、フランス貴族の優雅な会話の中で、三島由紀夫の破綻すれすれの美文が躍動する。


悪徳というものは、はじめからすべて備わっていて何一つ欠けたもののない、自分の領地なのでございますよ。
牧の小屋もあれば風車もある。小川もあれば湖もある。
いいえ、そんな平和な眺めばかりではなくて、硫黄の火を噴く谷もあれば荒野もある。
獣の棲む森もあれば古井戸もある。
……よございますか。それは生まれながらに天から授かった広い領土で、
あとでどんな意外に見えることに出会おうと、それは領土の外から何かが来たのではありません。
 子供のころ、いいえ、少し成長してからも、私の経験から申すことですから間違いはございませんが、
親や世間から与えられた遠眼鏡を、(ト鞭を使って)こんな風に逆さに使ってみております。
けなげにも世間の道徳やしきたりの命ずるままに、逆さに眺めた遠眼鏡は、
家のまわりのきれいな芝草や花を、なおのこと小さく見せるだけ。
子供は安心して、小さな無害な領土の美しさに安住しております。
いずれ大きくなったら、芝をひろげ、花をふやし、世間の人と同じように安楽に暮らそうという望みさえ抱きはじめます。

鐘の音、澱んだ水の上をつたわる鐘の音、鳩ほどにおびただしい橋の数、……それから月だわ。
赤い月が運河からのぼってきて、私たちの寝床を照らしたときに、百人の処女の新床(にいどこ)のように真赤になったわ。百人の……


サド侯爵はご存知の通り、サディズムの語源となった人だけど、
本人はサディズムどころか、それこそ変態性癖のルーブル美術館みたいな人であった。
あまりに不品行が過ぎるので、そのかどで投獄されたり、精神病院送りになったり、挙句の果てには死刑宣告を受けたりしている。
サド侯爵の夫人は、夫が獄中で暮らす間も離縁しなかったし、
死刑回避のために手を尽くしたり、何かと夫のために尽くしていたが、晩年に夫が釈放されると、あっさり離縁してしまった。
この戯曲は、その「謎」を合理的に解釈するためにつくられたそうだ。
面白いです。
僕は高校の頃にシェイクスピアを読んだことあるけど、それよりも面白かった。


○わが友ヒットラー
三島由紀夫ヒトラーというと、いかにも危なそうな雰囲気が漂うけど、読んでみるとそんなに過激な内容でもない。
ヒトラーが、友人であったレームという軍人を粛清するレーム事件(長いナイフの夜)を描いた作品。
三島由紀夫は、国家総動員体制の確立には、極左のみならず極右も斬らねばならぬというのは、
政治的鉄則だと思われる、そして中道政治を装って、国民を安心させ、一気にベルトコンベアに載せるのだ、
日本は左翼弾圧から、昭和十一年の二・二六事件まで、極左極右を斬るのに十年かかったが、
ヒトラーはそれを一夜でやったのだ、善悪はともかく、ヒトラーはまぎれもなく政治的天才である、
とこの事件を評している。
エルンスト・レーム
グレゴール・シュトラッサー
グスタフ・クルップ


「サド侯爵夫人」が女だけの芝居だったので、「わがヒト」(もしドラみたいな感覚で)は、男だけの芝居となっている。


どうでもいいんだけど、このドイツの大企業、クルップ社の提供で建てられた「クルップ・ホール」っていうのが上智大学にあるらしい。