四十三庵

蔀の雑記帳

人文科学のwikipedia蔑視について

人文科学の連中のwikipedia蔑視はすごい。
何かの参考文献にwikipediaの文字があろうものなら、鬼の首でもとったかのように
wikipediaを信用するなんて……」という反応が返ってくる。


基本的にリテラシーの問題であって、自分で読んで「この内容は正しい」と思えば引用するし、
「間違ってる」と思えば引用してはならないのは、wikipediaだろうと本だろうと変わらないんだけども、
どうも人文科学系の人は脳にカビでも生えてるのか、そのことがわからないらしい。
これは偏に、人文科学に正しさの基準というものが極めて曖昧であるから、お墨付きのない資料が参考文献にならないのであろう。
東大研究会出版「南瓜に関する論文集」が参考文献にあれば失禁しながら納得するけども、
wikipedia「カボチャ」だと、失笑しながら馬鹿にしてくる訳だ(たとえ同内容であっても)。
こういうつまんない権威主義が人文科学そのものの質を下げてるんだろうけど、
同時に権威主義こそが人文科学の本流と言ってもいいのかも。
「××について語るなら、○○くらい読まなきゃ」みたいな論法得意だもんな。いやはや。
文学部なんていうのは、いかに自分の低能かつ無内容な言論に箔をつけるかを学ぶという意味では、
優れた修辞学を教授している空間なのかもしれない。
文学部不要論は方々で出てるけども、こんなことをやってるようじゃ不要どころか有害だと思う。


○日本人とwikipedia
人文科学でwikipedia蔑視傾向は特に顕著だが、何も人文科学に限った話ではない。
日本のインテリは、wikipediaを認めたがらない(例外もいるが全体の傾向を考えよ)。
wikipediaを否定することが、自分のインテリジェンスを証明することになると勘違いしているようだ。
知っての通り、wikipediaは誰でも編集できる百科事典である。
日本人の場合、「誰が書いてるかわからないので、信用できない」という腐った論理になる。
当然、「有名な学者の書いた本を盲信するのがインテリジェンスな態度だ!」という結論につながる。
もちろん往々にして、「有名な学者だからと言って、頭から信じてはいけない」などという忠告は方々できかれるけれど、
現実の行動に結びついているとは思えない。
(大体有名な学者が正しいか間違ってるかなんて判断できるレベルにいる連中が、どのくらいいるのだろうか)
僕なんかは、大半の知識は正しいか間違っているか、中立の状態にしておく。
正しくてもいいし、間違っていてもいいと思っている。
(だから僕は理科が出来ない)


そういう知識を、出来るだけ正しくしていくためには、
「これは正しい」と確認できたものだけを集めていくのが一番よい。
「それが学者の本なんだ!!!!」と思った方は、よほど権威主義が骨身に染み付いているのであろう。
本来wikipediaというのは、そういう個々人が持っている「これは正しい」というものを集積していくものであって、
共有知の究極形である。
「誰が書いているかわからないから、間違った記述があるかも」などと抜かすが、
「間違った記述」を見つけたら、そのつどお前が修正していけばいいのである。
前提が間違っている。
日本のインテリは、共有知の形成に貢献しようという公共心が全くないのであろうか?
僕にはそれが疑問で仕方ない。


○日本版wikipediaの低劣さについて
こういうクソインテリどもに限らず、日本人全体が持っている腐った態度は、
日本版wikipediaの記事の質・量ともに押し下げている。


・記事数
日本版wikipediaの記事数は、2010年11月25日時点で717,672。
英語版の記事数は3,485,294。桁が違う。
ただ日本語と英語じゃあ話者の数も桁違いなので、フェアな比較とは言えない。
韓国版は148,389だし、エスペラント(人口言語)版は137,475。
アラビア語版も138,440。ポルトガル語版が635,656。
ロシア語版624,549。中国語版334,203。
割と日本は世界的に比べると、記事数は多い。


・記事の質
日本版;ニルヴァーナ(バンド)
英語版nirvana(band)
数だとなかなか健闘している日本版wikiだが、内容の質に関してはもう圧倒的な差がある。
そりゃnirvanaはアメリカのバンドで、英語版の方が充実してて当然なんだけど、
織田信長
Oda Nobunaga
これを比較して頂きたい。
英語版は簡潔明瞭に書かれているのに対して、日本版は確かに詳しくは書かれているが、
多分好きな奴が書きまくったんだろう、余計なことを随分書きすぎている。
読み物としては面白いが、百科事典に載せる内容ではない。
まあ別にこういう余計な逸話やらなんやらを上手く切り捨てつつ、
必要ある部分だけ抜き出していけば、使えるレベルではあるんだけど。
質的には、「織田信長」に関しては英語版は日本語版とほぼ同等である。


なぜ日本版の質が低いかっつったら、インテリがwikipediaを蔑視して、きちんと編集しないからだ。
学術的な記事に関する有用性が極度に低くなっている。
こんなに違うwikipedia
よって、日本人のwikipediaの使い方は、サブカル方面に偏る。


○結論
何が言いたいかよくわかんなくなってきたけど、要するに
「文句があるならお前が編集しろや」
というお話でした。