四十三庵

蔀の雑記帳

どうして学校がなくならないのか

○IT狂人
インフォメーションテクノロジーのおかげでインポータントなイノベーションが起きて、
グローバルでトランサクションコストフリーなパーソナルコンピューターのエボリューションが達成されました。
何を言ってるかわからない?
はあ。これだから前近代人はしょうがない。
そんなことでは二十一世紀に対応出来ませんよ?
あなたのような前近代人は二十一世紀では猿も同然です。
時代遅れの教育制度は改革されなければならない。
毎朝毎朝学校にのこのこ通って、数十人を狭い教室に押し込め、教師の退屈な話をきかされ、
無意味なテストを受けて……などという教育システムは、もはや過去の遺物だ。
ITさえあれば、教育システムはもっと効率的になる。
もはや我々は学校に通う必要なんてなくなる。
家にパソコンが一台あればいい。
教師はインターネットを通じて、自分の授業を放映し、
生徒は自分の好きな時間にそれを見て、勉強すればいい。
テストもWEB上。
なんて素晴らしい教育システムなのだろうか!
あなたのような猿を二度と生み出さないためにも、早急にこの教育システムを導入すべきです。


○登校不要論
というのが一般的なはてな民の感覚だろう。
この手の、
「インターネットを使って、学校の授業を全て自宅で受けられるようにした方がいい」
という論を、ここでは仮に登校不要論と呼ぶ。
登校不要論者は何年も前から相当数いるし、大真面目に主張する人を見たこともあるけど、現実的にはあまり進んでいない。
ただ公的制度として進んでいないだけで、塾・大学レベルになると、授業を公開しているトコもいくつかある。
【良質の独学サイト】分野は、数学、統計学、コンピュータ言語、英語、金融・経済など分野は問いません。【eラーニング】
確か市進か東進がウィングネットだか何だか言う名前で、有名講師の授業がパソコンで受けられるというサービスを提供していた。


登校不要論者は、大概自分が「先進的」な人間だと思っているから、
なかなか学校制度が変わらないのは、前近代的な老人が、古い制度にしがみついているからだ、という、
幕末の志士みたいな思考法をする。
因循姑息なる登校論者を排斥し、ITによる理想社会を実現するために、登校廃止は絶対だ。
しかし現実として、登校不要論者の理想的教育システムは、機能するだろうか。


○パソコンは教師になるか
パソコンで勉強する、という人はいて、
たとえば「海外サイト巡ってまとめてたらTOEIC満点とった」なんて人もいる。
しかし自分でやってみるとわかるが、意外と勉強にならない。
「お前が頭悪いからだ。俺は出来る」と言われればそれまでなんだけど、意外とそういう人は多いんじゃないだろうか。
理論的には、上記のリンクをたどって、色んな知識をつけることが可能なんだけど、実際にそれが出来る人間がどれだけの数いるのか?


「対価をとってないから、質が低い」というのは、確かにあると思う。
僕のブログもクソみたいな記事ばかり書いているが、これは金がもらえないからこうなるのであって、
「一つの記事に対して1万円あげますよ」と言われれば、相当気合の入った記事を書きまくるだろう。


ただ、パソコンを通した授業というのは、もっと別の問題がある気がする。
どうもテレビを見る感覚に近いのだ。
わかると思うが、テレビを見る時はあまり集中していない。
内容は三分もすれば忘れて、(本当に)頭の中には何も残らない。
放送大学なんかは、かなり質の高い授業をやってると思うが、それでもあんまり流行らない。
まあ定年間近のジジイがもごもご平坦に喋ってる授業が、退屈で面白くないっていうのはあるだろうけど、
僕が思うに、「機械を通じた授業」という形態に、根本的な問題が潜んでいるのではないか。


前近代的教育システムの持つ効用
目の前で教師が喋っている。
どうやらこれが重要らしい。
教師の話なんて適当に聞き流したり、寝たり、ボーっとしたりしながら、
適度に力を抜きながらきく術を誰もが身につけるものだけど、それでも「機械を通じた授業」よりは集中するらしい。
多分目の前で人間が喋っているのと、機械の音声が流れているのとでは、
処理する脳の部分が異なっているのではないだろうか。
それが原因で、「機械を通じた授業」は、あまり学習効果が高くない。


○対策
登校不要論がクリアしなければならない課題は二つある。
1,学習者がある程度賢明で、学習意欲があること。
2,「機械を通じた授業」に、脳を順応させること。
1はどうしようもなかったりするんだけど、2は子供のころからパソコンで授業受けさせれば出来るかも。