四十三庵

蔀の雑記帳

就職難の構造

○参考
大学生が多すぎる


○導入
就職難はけして人事ではないんだけども、それを民主党に何とかして欲しいなどというのはお門違いも甚だしい。
現在大学進学率は50%を超えている。
いくら少子化とはいえ、異常な数字である。
日本はバブル崩壊以降、失われた20年の中でほとんど経済成長をしていない。
仮にバブル絶頂期の雇用水準を現在まで維持していたとしても、
今のように大学生が氾濫する労働市場で、全員が容易に就職できたかどうかは疑問である。


○大学生の氾濫
学歴社会というのは、普通教育水準と賃金水準が比例することになる。
高い教育を受けた人間は、それだけ高度な知能を持っていて、その知能を発揮して他の人間には出来ないような仕事をする。
(医者が好例)
当然高卒よりも大卒の方が、高賃金好待遇で雇われることになる。


バブル絶頂期よりも、大学の数が増えている。
俗に言うFラン大学と呼ばれるような、ほとんど受ければ合格するような大学が現在は存在して、
昔ならば大学に行くことなど到底かなわなかったような学力の層でも、大卒という肩書きを得ることができる。
「大卒」という肩書きそのものには、さほど意味がなくなったのだ。


○高学歴が高賃金を得ることを説明する理論
「教育」は経済の中でどういう働きをしているのか。
高学歴の人間が高賃金を得ることを説明する理論は、二つある。

  1. シグナリング
  2. 人的資本


上は中身はともかく、「東大卒」という肩書きによって、
自分の優秀性を企業に対して証明し、企業は高賃金を与えるというもの。
下は教育そのものが、人間の生産性を向上させるのだ、というもの。
知っての通り日本の高等教育のサックっぷりはなかなかのものなので、
大学が生産性を向上させることもあるまい。(これはこれで問題だけど)
したがって、日本の大学はシグナリング効果の役割のみを持っている。


ところが、上記のように大卒という肩書きを持っていても、
頭の中身は下手すれば高卒以下という層が出始めると、
「大卒」の肩書きはシグナリングにもならない、有名無実のものと化す。


○お仕事
日本に存在する仕事で、高度な知能を要求するものはさほどあるだろうか。
もしそうであれば、日本の経済はとっくに回らなくなっているだろう。
高度な知能が必要とされるような仕事は、ほんの一握りで、
後必要なのは、大多数の、上からの指示に従って動く単純作業である。
高度な知能を必要とする職種には高い賃金を支払わなければ、優秀な人材が確保できないので、払う。
しかし大多数の職種は、いくらでもかわりがいる仕事である。
それならば、高卒もっと言えば途上国の外国人労働者を使いたいというのが、企業の需要である。


数が少ない高賃金の仕事に対して、氾濫した「大卒」が群がっている。
結果は決まりきっていて、大半の者が職にあぶれることになる。
教育の失敗が、雇用の失敗となる訳だ。
(ヨーロッパに似ている。ああ憧れの地中海……オリーブ畑……)


○結論
高賃金を望む「大卒」が多すぎて、企業の需要を大いに上回っているのが現在の労働市場であり、
これが原因で就職難が起きている。
「えり好みするな」(平たく言えば「低賃金で企業様のために奴隷の如く働け」ということ)という、極めて月並な結論になる。
当然反論はあるだろう。
「バブル期は全然努力してない奴でも、のうのうと就職して、『普通の人生』を歩んでいたのに、
どうして我々はそれが出来ないんだ。世代間の不平等だ」
バブル期はどこの企業も頭が腐っていたので、
ほとんど有名無実となったシグナリング効果に従って、「大卒」であればほいほいとっていた。
今、多少頭がまともになったので、中身を審査するようになった。
それが不公平だ、というのもおかしな話ではないだろうか。