四十三庵

蔀の雑記帳

日本の政治について

自民党末期は、安倍→福田→麻生と総理大臣がころころ変わったが、
連日マスコミのバッシングを浴びた。
特に官僚・公務員叩きは苛烈で、
「TVタックル」(テレビ朝日)「朝ズバ!」(TBS)などの番組では、
天下りの問題、無駄な公共団体などが連日特集された。
このマスコミの自民党バッシングが民主党政権政権交代の大きな追い風になった。
「仕分け事業」でムダを炙り出しながら、子供手当だの、
農家の個別補償だのでムダな金を増やしまくる素敵な民主党に、
既得権益打破」「官僚制打破」を夢見て、日本人は投票なさったのです。
その結果がまあ、昨今の政治な訳なんですが……
僕はもう政治に期待することなんて一つもないので、大過なくやってくれればなんでもいい。


○民主主義の政治
政治権力というのは、成熟した文明社会には必ず必要となるが、同時にきわめて危険な存在である。
今現在は投票というシステムで政治家を決めている。
一応政治家は年齢制限さえクリアすれば、誰でも立候補できるというのが建前だが、
選挙活動を行うのにかかる費用だの、実際に選挙に勝つことを考えると、
「誰でも」と言いつつ、ある程度の所得があって、ある程度頭のいい人に限られる。
その辺りの「非明示的な選別」機能も、実は投票システムの優れた点の一つだ。
でも投票した連中が、必ずしも国益に適った行動をするとは限らない。
彼らは選挙で勝てば、その特権的地位を保てるので、
要は有権者へのサービスさえ上手ければ、後は何やってもいい。
国会で寝ててもいいし、献金を受けて資産形成に走るもよし。
実際の政策運営は、優秀な官僚がやってくれる。
官僚は難関の試験をくぐりぬけた一級品の秀才の集まりである。


民主主義制度の政治形態は、

国民→(投票)→政治家→(指示)→官僚→(政策の実行)

という風に運営されている。


○マスコミの役割
この単純なモデルの中では登場しないが、
現代の日本で相当な影響を持っている主体がある。
マスコミだ。
特にテレビ。
ラジオ、新聞、インターネットも使う人間にとってはそれなりに影響力があり、
「正論」「中央公論」「文藝春秋」みたいな雑誌も少しは影響力があるだろう。
しかしテレビにはかなわない。


マスコミの報道によって、ほぼ投票内容は決定されてしまう。
民主党寄りの報道がなされれば、政権交代も実現してしまうし、
民主党叩きが強まれば、また自民党という話になる。
実は先進国で政治的な停滞が起こる一因は、
マスコミの影響で長期政権の持続が困難であるからなのではないか、と僕は思っている。
マスコミの目的がなんなのかはよくわからないけども、
とりあえず現政権を批判するという姿勢は明確だ。
小泉総理はマスコミの使い方が上手かったが、
あれも最初はマスコミは批判するつもりだったのだけれど、
まんま人気が出てしまったので、仕方なく途中から路線をシフトしたに過ぎない。
大体政治なんていうのは、一方の側だけを偏向してとりあげればいくらでも叩けるので、
マスコミにとって叩けない政権などない。
マスコミを入れると、上記のモデルは次のように修正される。

マスコミ→(報道)→国民→(投票)→政治家→(指示)→官僚→(政策の実行)


○投票制度の重大な欠陥
「一人一票」という制度は、一見平等で素晴らしいようだが、
9割がアホで、1割がまあまあ賢いというような構成になっている国(先進国はほとんどそうだが)だと
どういう結果になるだろうか。


アホどもにとって、テレビのニュースを見るというのは、インテリな行為である。
チャラチャラしたモデルとかの女の子が、
「好きな番組はニュースです☆ 意外デショ?」みたいなことを書いてたのを見たことがあるけど、
そりゃあお前みたいなアホをターゲットにしてつくられてるのがテレビニュースだから、
なんの偉いこともないんだけど、自分の頭で考える習慣のない連中に対するテレビ(マスコミ)の影響は絶大だ。
(実際はニュースや新聞なんか眉に唾して読まないとあんまり意味ないんだけど)
蓮舫議員が、この前の選挙でぶっちぎりの得票数だったけれど、
元グラビアアイドル風情がこんな人気をはくすのもマスコミの影響力をよく示している。


そうなると、事実上国民による投票は存在しなくなる。
なぜならマスコミの報道がそのまま選挙結果になるからだ。

マスコミ→(報道)→国民→(投票)→政治家→(指示)→官僚→(政策の実行)

投票制度は形骸化して、マスコミの報道が全てになる。
まさに官僚政治ならぬマスコミ政治になるだろう。
アホみたいな話だけれど、現在の日本の政治が陥っているのはこういう状況だ。