四十三庵

蔀の雑記帳

死について

Memento mori
第二外国語で、ラテン語を選択した。
一年やっただけで身につくような生半可な言語ではないから、もうほとんど忘れてしまった。
今の所きかれたことはないが、もし、
ラテン語で何か覚えてる言葉ないの?」
ときかれた時のために用意している言葉がある。
(いらぬことに気を回しすぎかもしれない)
それが、
Memento mori
という言葉である。
ミスチルの「花〜Memento mori〜」という暗い曲があるし、知ってる人は知ってるだろうか。
直訳すると、
「死をおもえ」
という意味になる。
これだけではよく意味がわからないが、要するに
「人間はいつか死ぬ。そのことを忘れるな」
という意味である。


ミスチルの櫻井さんなんかはえらく暗い言葉として解釈してタイトルにつけたんだろうけど、
この言葉を使っていたローマ人はさほど暗い言葉だったととらえてはいなかったのではないかと思われる。
というのは、このMemento moriという言葉は、よく宴会なんかで使われたそうだ。
人間は誰しも死ぬ。だから今この時を後悔しないように生きよう!

だから飲もう! 食おう!
という訳。
ローマ人の生活は堕落的で、宴で満腹になると食ったものを吐き出してまた食ったという話だ。


果たしてMemento moriという言葉を、
古代ローマ人のように楽観的にとらえるべきなのか、
ミスチル櫻井のように悲観的にとらえるべきなのか、
それは単なる好みの問題になる。
僕の考えでは、死というのは二面的なものだ。
死は生きる喜びからの断絶であると捉えれば最悪の苦痛だし、
生きる苦しみからの解放であると思えるならそう悪いものではないだろう。


そこで生と死は表裏一体であることにはたと気づく。
生が苦しければ苦しい程、死は甘美な誘惑になる。
生が楽しくて楽しくて仕方ない人間ほど死を恐れる。
僕のような抑圧された人間からすれば、死は救いになりえる。


○先進国の死
明日の自分を想像して、自分が死ぬ可能性を考える人は、今日の日本にはほとんどいないだろう。
医療の進歩、生活水準の向上、公衆衛生の改善、平和。
そういったものが日本人の平均寿命を飛躍的にのばしてしまった。
(今日はここまで)