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四十三庵

蔀の雑記帳

藻谷浩介「デフレの正体」

少子高齢化が日本のデフレの根本的な原因なのですぞという主張の本。
著者は「この結論だけをきいて非難するのではなく、この結論に至るまでの、
私の示す客観的な数字を読んでから判断してもらいたいですな」みたいなことを書いているが、
ぶっちゃけ結論は正しいけど、そこに至る論理展開はすかすかなので、
むしろ結論だけきいて判断してもらった方がよっぽど著者にとってはありがたいのでは。


●つっこみ
○やばい経済学
著者はなんか経済学を批判してるんだけど、あんまり経済学の知識がないらしく、
たぶん学部向けのごく基本的なマクロ経済学の教科書を一冊読んだか読んでないかくらいの
知識でもって「経済学」をDisってるから、読んでてちょっとどうかとは思った。
第7講に「経済学徒から予想される反論」として、色々書いてあるんだけど、的外れなような気が。
人口がマクロモデルに組み込まれてないと思ってるらしいが、
それは入門のマクロモデルに組み込まれていないだけの話であって、
中級レベルのモデルであれば人口は当然組み込まれる。
三面等価の原則が成り立って、生産・支出・分配は等しいから、
過剰生産は起きない」という仮想反論についてはもう三面等価を何か誤解しているとしか思えない。
たぶん再反論の内容からして、三面等価っていうよりはセイの法則を言いたいんだと思う。
(※供給が需要を産み出すという古典派経済学の考え。
この考えだと、需給は理論上常に均衡する。
ただケインズ等経済学者からも非現実性は指摘されている)
まあでもセイの法則という言葉をたぶんこの著者は知らないから、
三面等価という言葉を使ってしまったのだと思う。
他にも突っ込みどころは多すぎるが、まあ多分誰かもう突っ込んでるだろう。


○生きる力
経歴を見る限り、東大法学部出て、日本政策投資銀行に入って、
コロンビア大学MBAとって、ちょっとファイナンスをかじったという感じなようで、
そのせいで分析がすかすかなのだと思う。
一番ひどい誤用が、「年寄りの将来の医療消費のための貯蓄が一種のコールオプションである」という文言。
コールオプションというのは、「将来ある価格でその商品を買う権利」という
デリバティブ金融派生商品)であって、年寄りの貯蓄に対して使う言葉ではない。
比喩的に使うにしたって全然間違っている。
コロンビア大学で何を学んできたんだお前はという話で、
僕の読後感では試験の点数をとるのに長けたお受験エリートはお前なんじゃないかと感じました。
割と肝心な
「日本の遺産相続の際の子供の平均年齢60何歳」
という数字の出典が「何かの新聞記事で読みましたが」で苦笑。
「他人に厳しく、自分に甘い」タイプのようで、他人の犯すミスは一切許さないけれど、
自分は出典も示さないまま語っても許される。
上に立つ人間に求められる能力は、「テストでいい点をとりいい学校に入学するスキル」ではなく、

普通に生きて十分に稼いで楽しく家族と暮らしながら人とコミュニケートし力づけ、
社会にも貢献していく力、つまり「生きる力」のことです。
(原文そのまま)

という文章を読んだ時にはじめて「ああこの本は真面目に読んじゃいけなかったのか」と
遅まきながら気付かされました。
東大法学部入って自分は天才だと思ってたけど、
公務員試験受けたら挫折して、それ以来「エリート」を敵視するようになったんでしょうか。
そんな裏事情を推察しながら、wikipedia見たら、

2011年5月、藻谷氏にブログへの書き込みで名誉を傷つけられたとして、札幌市在住の高校教諭の男性が提訴。訴状によると、男性は昨年7月、自身のブログで藻谷氏の著書『デフレの正体』について「経済学的にみて間違いがある」とする批判を掲載し、発行元の角川書店に通知。その後、藻谷氏から「あたまでっかち」「自慢できるのは理論だけ」「死んで子供に財産でも残せ」などと書き込まれ、精神的苦痛を受けたとしている。

という生きる力ゼロのエピソードが載っててこれまた苦笑。


○声高に語られるピントのずれた対策たち
本著で語られる対策。

1.生産年齢人口が減るペースを少しでも弱める
2.生産年齢人口に該当する世代の個人所得の総額を維持し増やす
3.個人消費の総額を維持し増やす

具体的には、
1.高齢者から若者へ所得移転を促す
(生産年齢人口の所得アップ→子供増える)
2.女性の就労促進
(共働きのダブルインカムで生産年齢人口の所得アップ→子供増える)
3.観光立国で外国人の滞在期間を長く
(消費増える)
4.ヨーロッパのようなブランド商品へシフト
(価格競争で負けても消費増)
というのが対策になる。
(後、補講で年金改革とかについて述べてるけど、
完全に思いつきで言ってるだけで、まともに考える意味もないかなと思います)


上の1〜3の大きな対策は間違ってないというか、「そりゃそうだろ」というものなんですが、
具体策の1〜4は完全に対策としては微妙。
ただ1,2,4辺りはよく言われることなので一応書いておこうと思います。
(しかしなんでこの著者はこの程度の主張で、自分の主張が独創的で過激だと思い込んでるのか。
そこそこ言われてることばっかりじゃないか?)


1〜3はまあできればやった方がいいんですけど、現実問題としてできない訳ね。
できたとしても大きな目的である「上の1〜3」がどの程度実現するかといったら微妙。
4は完全にやったらダメな対策。

1.高齢者から若者へ所得移転を促す

最初に大前提として認識しとかなきゃいけないのは、
「老人が持ってる金は正当な手段で正当に得た金であって、誰かに奪われる謂れはない」
という、当たり前の事実ですね。
もちろんマクロ経済的には、所得移転した方が円滑に回るんだけど、そんなことは現実問題できない。
財産権というのは近代国家なら法律で認められている権利ですからね。
「そんなこと言うなら藻谷君が、政策投資銀行の幹部としてせこせこ蓄えた金と、
この本の印税とを僕にくれよ」というと、「なんで俺がお前なんかに」という話になる訳ですね。
僕が逆の立場でもそうなるわな。


いくら「お題目」を唱えた所で、この所得移転は無理。非現実的。
若者から高齢者への所得移転であれば、実現しているんだけど、逆は無理。
経済学の「効用最大化」で、よく「人間は自分の利益だけ考えて生きてないもん><」という批判がされますが、
むしろこういう制度問題を考える時は、利己的な個人を想定した方が、よほど現実と整合的だったりします。
なぜ若者→高齢者への所得移転、つまり年金制度は成り立つのか。
「お年寄りを助けることが社会正義だから」でしょうか?
それだけではないはずです。
もし社会正義だから制度として成り立つのであれば、当然高齢者から若者への所得移転も成り立つはずです。
年金制度はこれに加えて、
「自分も将来もらう可能性が高いから」
という、利己的な個人でもメリットがある制度になっているからです。
つまり若者も時がたてば老人になるから。
ところが老人が若者になることは未来永劫ない。
だから高齢者が若者に所得移転するインセンティブはない。
しかも歴史的にこれ程寿命が長くて、高齢者の数が多くなったのは、
日本の二千年くらいの歴史の中ではじめてのことですので、前例がない。
だからまあ直接的な所得移転は不可能。
やるとすれば間接的な所得移転。
所得税・消費税・相続税などの形で徴収した高齢者からの税金を、若年層に補助金として出す。
(あ、「子ども手当」ってありましたね。どうなったんでしたっけ?)


以上が理論的に高齢者から若年層への所得移転が不可能だっつー話でした。
もっと人間の内面的な部分を強調して言えば、基本的に人間は自分より若い人間が嫌いで、
そいつらの幸せとか豊かさのために何かしようなんてなかなか思わないんですよね。
その辺は理屈じゃない。

2.女性の就労促進

これも出来た方がいいんですが、無理。
制度上の課題もさることながら、日本人女性そのものに問題があるんじゃないかな。
僕の今のバイト先は女が八割くらいの職場でやってますが、まーどうしようもない。
とにかくどうでもいいことでいがみ合う、いがみ合う。
このあたりが企業が女を本音では「入れたくない」と思う要素なんでないかと、
日々思いながら勤続している訳ですが、その辺りは主観的な問題。
もっと現実的な問題として、共働きが増えすぎると、確実に首都圏では保育園が足らなくなる。
「いや需要があれば増えるっしょ」と簡単に考えがちなんですが、
保育サービスって恐ろしいくらい儲からないんで、そう簡単には増えないですよ。
待機児童がバカバカ増える。
そんな同僚を見て共働き夫婦は出産に抵抗を感じる。


現実問題として、日本ではあんまり女性進出が進行していないのに加えて、
今のまま女性進出だけ実現してもかなり悲惨な世の中になるという訳です。

3.観光立国で外国人の滞在期間を長く

読んでてオリジナリティを感じた唯一の主張がこれでしょうか。
ビザ要件の緩和なんかはすべきだと思うけど、
これがどのくらい日本経済に寄与するかつったら微々たるものでしかないと思うよ。
日本の観光地としての魅力は、僕は日本人なのでよくわからないのだけれど、
何をどう考えてもヨーロッパ並の観光資源はないと思うんだけど。

4.ヨーロッパのようなブランド商品へシフト

著者は日本全国を回った割にヨーロッパは行ったことがないのであろう。
ヨーロッパがブランド商品を売ってるから経済が大丈夫?
そんなことはない。
大体ヨーロッパがブランド商品しか売れなくなったのは、
人件費がアホみたいに高止まりしているせいで、発展途上国との価格競争に勝てなくなったからで、
低価格商品がつくれなくなって、ブランドだけが残った状態。
「ジャパンブランド」とやらは、ヨーロッパのオシャレなそれとは違って、
壊れにくい・信頼できるっていうブランドで、全然別のもの。
だからメーカーの企業戦略としては、ブランド的な高価格高性能商品をつくりつつ、
中国韓国との低価格競争もやってくというのが正しい。


●私見
つっこみきれてないくらいのつっこみどころがあったせいで、
やたら長くなってしまいましたが、こんなところでした。
いずれにせよ「少子高齢化」がこれからの日本経済の重要な要素になるという結論は僕も同じく考えています。
対策?
ありません。
何もできない。
ただ「少子高齢化が進んでいく」というシナリオのもとで生きていくしかありません。
海外に脱出しても状況は同じです。
日本が早いだけで、他の先進国も遅かれ早かれそうなります。
地球温暖化と一緒ですね。
僕はもう少子高齢化を織り込んで生きていくつもりです。

(追記)
藻谷浩介その1『デフレの正体』角川oneテーマ21
著者がコメント欄で暴れたのが、このブログですね。
まだ残っているようです。

そんなことはわかってますが
わかってますよ。ですが、対外債権が積みあがっていることすら知らない人が余りに多いので、このように書いているのです。問題は内需が減少する一方のために、対外債権が幾ら積みあがろうと国内投資も増えないということですよね。その原因は、あなた方の言っているコンベンショナルなマクロ経済学で解けるのですか? 日銀がインフレ誘導すれば内需は増加すると? あなたは、7章と8章をどう読んだのか? そんなことはとっくに知ってたのですか? 三面等価なんて、資産が腐る世界では意味がない、そのことをわかって使っていますか? 「自分は経済学を知っている、こいつは勉強していない」、そんなつまらない矮小なプライドでモノをいうなってんですよ。経済学なんてどうでもいいのです。枠組みはどうでもいい。対外資産が積みあがるだけで何の役にも立たない、なんて老人の繰言を言うな! なんとかしようと考えないのか? あんたみたいなあたまでっかちしかいなくなったから、自慢できることが実践ではなくて理論だけだから、日本はだめになるのだ。くやしかったら、自分の実践を少しでも語ってみろ。対外資産の増加を国内に少しでも還元する努力をしてみろ。そうでなければ外国に引っ越せ。あるいは早く死んで子供に財産でも残せ。そういうことです。
言い直します。それだけ理解力があるのであれば、実践力もあるはずだ。早く正道に戻ってください。
2010-07-16 藻谷浩介 URL edit

さすが「生きる力」を持った人の発言は重みがありますね〜(棒

(更に追記)
ブログにコメント 「デフレの正体」著者に賠償命令

 「デフレの正体」の著者として知られる日本政策投資銀行参事役・藻谷浩介さん(47)によるブログへのコメントで名誉を傷つけられたとして、札幌市厚別区の男性が慰謝料60万円を求めた訴訟の判決が21日、札幌地裁であった。石橋俊一裁判官は、藻谷さんに10万円の支払いを命じた。

 争いになったのは、男性が運営するインターネットサイトの中の「高校生からのマクロ・ミクロ経済学入門」と題するブログに、藻谷さんが昨年7月に書いたコメント。判決によると、男性がブログで「デフレの正体」の感想を記したのに対し、藻谷さんは「早く死んで子供に財産を残せ」とコメントした。判決は「論評の域を超えて男性を揶揄(やゆ)し、侮辱した」と名誉毀損(きそん)を認めた。

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