四十三庵

蔀の雑記帳

可児滋「デリバティブの落とし穴―破局に学ぶリスクマネジメント」

単なる失敗エピソードを集めた本だろうと思って読んだが、いい意味で裏切られた。
超絶良著。
金融論の教科書は都合五冊ほど読んでいるけど、
これほどデリバティブに関してしっかりした理解が持てる本はなかった。


●第一章 ベアリング銀行破綻
ニック・リーソンはベアリング証券のシンガポール支店のエーストレーダーであった。
もともとバックオフィス出身の、地味な裏方仕事をしていた人間だった。
それが手探り状態だったシンガポール支店の制度を整える等の功績を認められ、
徐々に出世していき、やがて自己勘定でのトレードを任されるまでになる。


彼のあげた莫大な収益は、ベアリング銀行本社をも感嘆させた。
彼の取引は、SIMEX(シンガポール国際金融取引所)の日経225先物、JGB(日本国債先物裁定取引であった。
シンガポールと日本は、基本的に同一の先物を扱っていたが、微妙に値がズレることが度々あった。
そういう時に「安い方」を買って、「高い方」で売って、利ざやを稼ぐのが裁定取引である。
しかし今から考えると、そのような裁定取引はローリスク・ローリターンの取引で、
リーソンが報告していたような高い利益は得られないはずだ。


実はリーソンが高い利益をあげていたのには裏があった。
リーソンは「エラーアカウント88888」に損失の全てを突っ込んでいたのだった。
本来エラーアカウントは、顧客との取引の中で何か過不足が出た時に使うための勘定だったが、
バックオフィスに通じていたリーソンはそれを悪用して、自分の損失を全てそこに突っ込んだ。
そりゃ高い利益が出せるはずである。


そんな「張子の虎」のリーソンを追い詰めたのは、他でもない阪神淡路大震災だった。
損失額;6億1900万ポンド
●第二章 オレンジ郡の資産運用失敗
こちらも「スタープレイヤー」が損失をふくらませて、大損を被ったお話。
ロバート・シトロンというカリフォルニア州オレンジ郡の財務局長が、
リバースレポ取引で資金調達し、それを仕組み債「インバースフローター」で運用した。
(※リバースレポ・・・債券を担保に、資金調達する取引。
インバースフローター・・・FFレートが上がる程金利が下がるデリバティブ証券)


シロトンは利下げ方向に張っていたが、実際にはFRBが利上げを行い、
結果的にはオレンジ郡投資基金は大損を出し、オレンジ郡は破綻することになる。
損失額;16億9000万ドル
●第三章 P&Gの大損失
P&Gはバンカーズトラストと非常に複雑なエキゾチックスワップを締結した。
第二章のシトロン同様、P&G金利の低下を見越していたため、
FRBの利上げによってこのエキゾチックスワップは大損害をもたらし、
バンカーズトラストとは訴訟沙汰になった。(結局和解)
損失額;1億57000万ドル
●第四章 MGRMの巨額損失
MGRMは今までの三つの事案とは違い、リスクヘッジを目的として、
割としっかりとデリバティブを組んでいた。
MGRMは石油卸売業者であった。
小売店に対して、「石油を5〜10年にわたって××ドルで売る」という先渡し契約を結んだ。
この契約は小売店にとっては非常に魅力的で、シェア拡大にはなったが、
もちろん石油が将来値上がりすればとんでもない損失になるため、
MGRMはデリバティブを使ってリスクヘッジを試みた。
先物の買いポディションをとったのだ。
つまり
→値上がり;先渡し契約が損、先物が得
 値下がり;先渡し契約が得、先物が損
という風に、値上がりしようが下がろうが、損失は抑えられるように、デリバティブを使用した。
「これ自体」は正しかった。
しかし問題はいざ値下がりした時に発生したキャッシュフローの枯渇だった。
先渡し契約による収入は、5〜10年の長期スパンのため、時間がかかる。
その一方で、先物追証は「今」必要となる。
10年後になるとトントンになる適切なリスクヘッジだったが、
結果として、この「今」の巨額損失にビビったMG(メタルゲゼルシャフト)のドイツ本社の幹部は、
全てのデリバティブ・先渡し契約を解除してしまった。
MGRMの不運だったのは、アメリカドイツの会計制度にデリバティブリスクヘッジが適切に反映されないこと。
また、先渡し契約:先物=1:1となるようにポートフォリオを組んだが、
実際リスクヘッジを考えるのであれば、先物の比率は半分でよかった。
結局MGRMは石油価格上昇を見込んでいて、投機的な目的もいくらかあったのであろう。
損失額;15億ドル


●第五章 伝説のヘッジファンドLTCM
LTCMはまさにドリームチームだった。
ソロモンブラザーズの元エースジョン・メリウエザーが中心となって創設。
理論部門ではマイロン・ショールズとロバート・マートン
(二人共ノーベル経済学賞受賞者)
最新式のコンピューターを駆使して、ソロモンブラザーズ時代の優秀なトレーダー集団、
MITでPh.Dをとった高学歴等々、200名ほどの「ベスト&ブライテスト」集団であった。


彼らの投資理論は一言で言えば「裁定取引」。
過去のトレンドから「乖離」した数値を示している商品は、
いずれトレンドに「収斂」していく、という考えだった。
ファイナンス理論に関してはショールズ、マートンというこれ以上ない二人を抱え、
その計算は最新式のコンピューターとMIT卒業生達が正確かつ迅速に行う。
実務面では債券裁定取引でソロモンブラザーズ時代にウォール街で名を馳せたメリウエザー達。
複雑なデリバティブ取引や国を超えたグローバル取引も何のその。
LTCMは1995年に42.8%、96年に40.8%の利益を生み出した。
運用資本は70億ドル以上。
まさに理想的機関投資家であったLTCMだったが、運用資金が大きくなりすぎたのと、
他社もLTCM裁定取引戦略を真似しはじめたせいで、
なかなか裁定機会が得難くなり、そのためなかなか利益が出せなくなってきた。
1997年にはリターンが17.1%。
損こそ出していないものの、ドリームチームLTCMとしてはかなり忸怩たる数字であった。
そこでLTCMはどんどんレバレッジを強める「利大損大」戦略に踏み込んでいき、
1997年のアジア通貨危機、1998年135億ドル規模のロシア国債デフォルトで、
債券市場は大混乱となり、価格が暴落したのはもちろん、
流動性が大きく低下した(価格そのものよりもこちらの方が図体が大きくなりすぎたLTCMには辛かった)。
結果、1998年にはLTCMの損失額は46.7億ドルに達した。
97年次の資本規模が47億ドルであったから、ほぼマイナス100%という大損失であった。
●第六章 エンロンの破綻
革新企業の面の皮を被った詐欺企業「エンロン」。
総合エネルギー商社が本業だが、様々な事業に乗り出して、その実像はつかみづらい。
結局ひどい不正会計が発覚して、倒産した最低の企業だが、creativeであったのは事実らしくって、
天候デリバティブ」などの先駆的なデリバティブを開発し、
また自社内に「エンロンオンライン」という取引所を解説するなど、
その(金融部門に関する)先駆性は評価できる。
この章だけデリバティブでミスって損失出した話じゃないね。
エンロンオンラインはNYMEX(ニューヨークマーカンタイル取引所)が130億ドル/日に対し、
エンロンオンラインは2000年頃には4.5億ドル/日と、公式取引所の15%に達して、
過当競争状態にあったオンライン取引所の中でも一歩抜きん出た。
ただまあ利益は出てなくて、本業のエネルギー事業の収益でこの手の革新的な事業の赤字を埋めて、
それでも賄い切れない赤字は子会社に会計上移しちゃって・・・・ということ。
(参考)
「エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?」
●まとめ
第一章〜第三章は「アホがデリバティブに手を出すとこんな失敗しまっせ」という例。
特に第一章、第二章は似非天才トレーダーが出した大損失の例。
明らかに異常に成績のいい人には気をつけましょうというお話。
ここまでは笑い話だが、
第四章、第五章は適切なリスクヘッジ・適切な運用をしたにもかかわらず大損害を出した例。


単に失敗エピソードを読んで娯楽として吸収するつもりが、
今まで理屈でしかわからなかったデリバティブがこの本のおかげで腑に落ちた。