四十三庵

蔀の雑記帳

なぜ格付け会社は市場の暴君たるのか ムーディーズ元幹部が語る

なぜ格付け会社は市場の暴君たるのか
ムーディーズ元幹部が語る


 ピュリツァー賞を3度受賞したニューヨーク・タイムズの有名なコラムニスト、トーマス・フリードマン氏は1995年、格付け会社をこんなふうに表現した。「私たちは2つのスーパーパワーが存在する世界で生活している。それはアメリカ合衆国格付け会社である。アメリカ合衆国は爆弾投下することによって他国を破壊し、格付け会社国債を格下げすることによって国を破壊させる。どちらがより強力なのか分からない」。

 そして2011年、アイルランドギリシャポルトガル、スペイン、イタリア、日本、米国などの国債の格下げがトップニュースとして世界をかけめぐる。サブプライムローン問題で信用を落としたはずの格付け会社が、なぜこれほどの影響力を保持しているのだろうか。その理由は、格付けを代替する金融インフラが存在しないためである。


 私は米格付け会社ムーディーズで20年近くにわたり、格付けの仕事をしてきた。その間、様々な場面に立ち会い、時には格付け会社の市場に対する影響力の強さに畏怖の念を感じた。


 格付けは、「債務が当初に約定された通りに支払われなくなる蓋然性」、すなわち「デフォルト(債務不履行)までの距離」に対する格付け会社の意見である。発行体の“事業リスクと財務体質のバランス”を中心に格付け委員会で議論され、多数決によって格付けが決定される。このバランスが変化した時、格付けも変更される。一般的に格付け委員会は4〜5人で構成されるが、分析の難易度や市場に対する影響度(例えば、国債)を考慮して、参加者が10人以上になることもある。格付けアナリストは、金融機関出身者が多い。待遇は投資銀行と商業銀行の中間くらいになる。


 金融・資本市場において、格付けは様々な場面で利用されている。格付けの存在なしに市場は機能しないと言っても過言ではない。投資家は格付けを参考に、債券の信用リスクとそれに見合う妥当な金利水準を判断する。格付けはいわば、信用リスクを議論する市場の共通基準であり、共通言語である。発行体も格付けを取得せずには資本市場へアクセスできない。


 格付けは機関投資家の投資ポートフォリオの一般的な統治ツールとしても使われている。例えば、格付けA以上を最低で資産全体の70%、BBB以上を最低で95%、その他を最大5%まで保有するというように、債券投資をする際の銘柄選択ルールが決められている。格付けに変更があれば、保有債券を売却せざるを得ない場合も出てくる。


金融機関の多くも、与信審査・リスク管理プロセスにおいて格付けを重要な情報として利用している。債務者の信用低下から銀行の利益を守るため(特に欧米市場において)融資契約に格付けトリガーを組み込むことも多い。格付けトリガーとは、債務者の格付けが一定レベルまで低下してトリガーに抵触すると、借入金利が調整されたり、新規融資の引き出しが制限されたり、担保の差し入れが強制されたり、期限前返済が求められたりする。日本市場でも格付けトリガーの利用が増えている。


 行政当局による格付け利用も普及している。米国において、格付けは50本以上の連邦法・規制および100本以上の州法・規制に引用されている。金融機関や金融商品取引業者の自己資本規制、年金、保険会社の資産運用の安全性確保、起債可能企業の認定、政府補助対象プロジェクトの適格要件など、格付けは各国において様々な行政、規制目的で利用されている。国際的な銀行自己資本規制であるバーゼルIIは、その代表例である。格付けは準公的な役割を果たしていると言えよう。


 以上のように、格付けは中立性・客観性のある信用リスク評価ツールとして、幅広く利用されている。しかしながら、格付け会社のパフォーマンスは常に安定しているわけではない。1970年のペン・セントラル、1997年のアジア通貨危機、2001年のエンロンおよびITバブル崩壊、2007年のサブプライムローン問題など、大型倒産や信用危機発生時に、格付け会社がそのシグナルをタイムリーに市場に発信できなかったことはしばしばある。


 しかし、利用者は格付け会社の失敗を非難することがあっても、格付けの使用をやめることはほとんどない。逆に格付け会社のパフォーマンスが悪い時期に、格付けに対する需要が上昇する、一見矛盾した現象が過去に幾度となく繰り返されている。


なぜか。投資家も金融機関も行政当局も活動を続ける限り、信用リスク評価をサポートする機能が必要である。信頼に足りる信用リスク分析体制を自分で構築する手もあるが、多大なコストをかけなければならない上、格付け会社よりも良いパフォーマンスを挙げられる保証はない。確かに格付け会社は失敗するときもあるが、格付けを代替する現実的な選択肢がない以上、投資判断やリスク管理をサポートする情報として使い続けるしかない。


 サブプライムローン問題で格付け会社はその信用を大きく失墜させたが、それでも市場参加者が自社の信用リスク評価機能を本格的に増強、拡張した話はほとんど聞こえてこない。行政当局も格付け会社依存からの脱却を模索したが、いまだその有力な代替選択肢が見つかっていない。


 格付けが金融インフラとして機能している限り、その影響力が本質的に低下することはない。格付け会社に対する規制強化はその答えではない。

格付けは誰も信じていない。
しかし格付けの与える影響は皆信じている。
――蔀