四十三庵

蔀の雑記帳

Twitterでやれよ的な話

こんな場末の穴蔵みたいなブログでも、意外と海外からアクセスしてる人が結構な数いる。
海外に住んでる日本人だろうけど、中には完全に言語が英語かなんかの人が迷い込んで、
ページ開いた瞬間に帰っている。

iphoneなどで見ている人もかなり増えているようで、記事の4分の1くらいを占めるようになっている。
つっても、スマホからの見やすさまで考えて文章書いたりはできないんで、読む方ががんばってください。
大学だと周り皆スマホ使ってんだけど、僕はガラケーに固執しますね。
ガラケーアイデンティティーになりつつある。
ていっても大学入る時に0円で買った機種だから、まあまあ古いやつだ。
携帯に求めるのはメールと電話、辞書機能だけで、ネットは非常時に使うくらいだからね。

親で人生の大部分が決まるというのは、ダメ人間の典型的な言い訳だけれども、
仮に全く同じ人間が、親だけ違うとして、理想的な親と、ダメな親という条件だけ変えたら、
そりゃあ理想的な親の方がいいに決まっている。
「競争」というのは、産まれる前からはじまっている。

日本にある富の量(GDP)を一億二千万人に当分するとしたら、
2010年時点で480兆くらいあるので、年収一人四百万で暮らせることになる。
実現はしないだろうし、すべきだとも思わないけど、すごい話だと思いませんかね?
理論的には一人も生活に困らない程度の富が産み出せている国というのは。

  • 音楽

あの花」にハマってるせいで、主題歌のGalileo Galilei(劣化版バンプ「青い栞」を結構きいてる。

  • ネットで書く文章

僕は国語力だけには絶対の自信があって、自分の言語感覚を信頼してるんだけども、
ネットで書く文章というのは、「なんでこんな文章になるのかな」という文が結構ある。
特に昔のを読み返してみると、自分自身でも違和感を禁じえない表現が多い。
かといってじゃあどう直せばすっきりするかというのも思い浮かばない。
「〜という訳。」「〜という話。」という末尾を多用してごまかすけれど、なんか上手く行かないですね。

三島由紀夫豊饒の海」という小説の第四部は、「天人五衰」というタイトルがついています。
第三部「暁の寺」と一、二を争う不人気な部分です。
暁の寺」は、第二章に入っちゃえば、褐色美女が白い水着着た艶かしいエロみたいな描写が続くから、
割と読んでて楽しいんだけど、問題は第一章のインド旅行記。
まーキツイ。
天人五衰」の主人公は安永透(やすながとおる)。
灯台で船を監視する仕事みたいなのをやっていたのだけれど、本多の養子になって、
英才教育を受けて、その天才っぷりを遺憾なく発揮し、東大に合格。

で、どうなるかというと、隠居した本多を橋田壽賀子ドラマ並にいびりだす訳です。
本多は第一部から第四部までずっと出てるキャラで、
第二部では東大法学部卒業して裁判官になるエリートだったのに、
最後には完全に養子からのイジメに成すすべなく怯えてくらす日々を送る。

介護施設行ってると、「天人五衰」の意味がまた違ったものとして感じられる。

  • 折角アクセスが増えたのに

折角アクセスが増えたのに、介護とか白痴化とか、
あんまり人を惹きつけないネタばかりで、申し訳ない。
介護の記事は本当に人気がなくてビックリする。
誰もが目を背けたいし、自分が関係を持つまで考えたくもないのだろう。