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四十三庵

蔀の雑記帳

脱原発デモを見ていたら自分が原発推進派だと気づいた

論考

最大「脱原発」デモ 東京・明治公園に6万人
ネトウヨのフジデモとは違って、こちらはNHKでも大々的に特集されて、
朝から大江健三郎の辛気臭い声を何度もきくハメになった。
(ちなみにフジデモは心底どうでもいいと思うので、報道しないのは至極真っ当なんだけども、
それすらネトウヨは電波支配と捉えているようで)

僕はこのデモの報道を見て、感じたのは、強い反発だった。
原発に対してではない。
このデモに参加している連中に対しての反発だった。
そのことを書く。

  • 放射能が何かすら理解せずに怯える市民たち

京都の祭りで福島産の木を燃やすことを拒んだとか、
福島の花火を使うと放射性物質が拡散するからっていって使用禁止になったとか、そういうニュースを見るたび、
「大半の人間は放射能が何かすらわかってないで、怯えてるのだろうな」
ということが浮き彫りになる。
今回のデモ参加者も、そういう手合いは多いはずだ。
僕だって大した知識はないが、花火についた放射性物質が拡散するって、
あまりに馬鹿馬鹿しくって、真面目にとりあうのもおかしな話だと思う。
その反対意見が、何十通か来たそうだ。

彼らの無知は余計に「見えない恐怖」を増幅させるだろう。
3・11から半年たっても、これだけの規模の反対デモが起こるというのは大したことだ。

  • 原発が福島の海沿いに出来たのはそもそもなんでか

福島第一原子力発電所なんていうのは、地図で見てもらえばわかる通り、海沿いに建てられている。
なんでこんなに危険な場所に建てたのだろうか。
たとえば埼玉県*1とかに
建設すれば、こんなことにはならなかったのではないか。
「そもそもなんであんなトコに建てちゃったんだっけ?
まあいいか。とにかく原発はんたーい!」という思考回路で皆反対しているらしい。
普段「歴史なんて何の役にも立たない。大事なのは今」と本気で思ってる奴らの恐ろしさを感じる。

原発を建てる際に土地を選んだときは、安全性を重視した訳ではなかった。
地元住民が受け入れてくれるかどうか、それが一番重要だった。
東京? ムリムリ。
地価は高いし、それ以上に市民反対運動が壮絶なものになるのは確実。
そこで、仕方なく福島だの静岡だの新潟だの、割と田舎の県に、莫大な交付金で黙らせて建設した訳だ。
場所をあんなに海沿いになったのも、住宅街の近くに建てる訳にはいかなかったから。
ふぐしまの方々は、危ないとは思っていたろうけど、
東京の市民団体みたいに、すぐにデモ起こすような習慣はない。
交付金がもらえるというのと、原発が意外と安全、という東電や国の主張に
胸の内の不安をなんとかなだめて、原発共存していった。
原発の安全性に関しては、最近批判がすごいけど、あながち嘘でもなかった。
津波さえなければ、福島県民は交付金ボロ儲けだったかもしれない。
(そういう意味では原発誘致も勝てる見込みの大きいギャンブルだった)

福島が原発引き受けてくれるということで、日本国民は
「石油枯渇も怖いし、これで少しはエネルギー問題に希望が持てる」
などと安心したのだ。

  • デモ参加者に「覚悟」はあるのか?

今回の東日本大震災は、「地震津波原発事故」という三段階に危機が拡大していった。
結局「最悪の事態」に近いことが起きてしまった。
福島近県だけでなく、関東全域に放射性物質が飛ぶということで、危機感が共有された。
その恐怖感が今回のデモの直接的な原因だろう。

「震災で我欲を洗い流す」とか公金流用して家族旅行行かせた我欲まみれの都知事が仰っていたけれど、
要するに都民は何も変わっていないのだ。
石油枯渇で電気なくなるという恐怖で、極めて利己的に原発を福島に建てる。
放射性物質への恐怖で、やっぱり利己的に原発はなくそうと言い出す。
僕ははっきり言ってこのデモ参加者に全然共感できない。
6万人の参加者がいたそうだけど、絶対こいつらの大半が電車で家路についたはずだ。
その電気どっから来てると思ってんだよ?

原発をなくすのであれば、当然次の二つのどちらかを選ばなければいけない。

1.生活レベルを下げる
2.電気料金値上げを受け入れる

1を都民は絶対に選ばない。
電気使いまくって、豊かで満たされた生活をしたい奴だから東京に住んでんだから。
今回のデモだって、大江健三郎山本太郎もそんなこと一言も言ってない。
多分この主張が入ったら、6万人の参加者は2万人以下に減るだろう。

そこで原発廃止をしたいなら、実際は2を選ぶことになる。
今の東電叩きを見れば、確実に電気料金値上げもひどい反対運動が起こることになる。
電気料金が上がれば、あらゆる産業に影響が出る。
「電気料金値上げにともないまして価格を改定させていただきます」
ということで、都民の足となっている電車の運賃も上がるだろう。

もちろん、
「それでもいいじゃないか。原発のリスクの大きさは、その程度のコストを上回っている」
という主張はありうる。
だから僕も3・11以降、ずっと原発は廃止した方がいいのかどうか、迷っていた。

しかしデモ参加者の主張を見て欲しい。
「子供を放射能から守ろう」
原発は要らない」
「NO原発 去るも大難残るも大難」
放射能汚染下での生活もうガマンできね 原発のバカヤロー」
……要するに、このデモ参加者に、「覚悟」はないのだ。
放射能怖いから原発なくして!!!」と言ってるだけの六万人の集団が、明治公園に集結した。
そして散々気炎を上げた後、電車でも乗って、
「いや〜今日はすごかったですな!」とか話しながら帰ったんだろう。

これを見て、僕の中の意見が固まった。
原発は必要なのだ。
今回の事件を機に、安全対策への予算は惜しんではいけない。
真の問題は「コストカット」や「確率」の名のもとに、安全対策への出費が抑えられたことだろう。
費用便益分析に、今回のような大災害は普通想定されない。
だから「普通に」計算してしまうと、過剰な安全対策はムダということになるが、
それはカットしてはいけないムダなのである。

反原発推進派に正義はない。
もちろん国、東京電力の対応は責められるべき点が多々あって、彼らが悪者として非難されるのも当然である。
けれど根本的な原因は何か?
どうして東電も国も原発廃止に踏み切らないのか?
それは我々日本人が必要としている電力がそれだけ多いからだ。
莫大な電力需要を賄うために、原発という「必ず荒廃と犠牲をともなう」ものが必要なのだ。

反原発推進派の主張はまるで、
「悪の東電・政府がコストカットのため原発という悪魔を使い続けて、市民の生命を脅かしている」
「自分たちは被害者だ!」
と言いたげだが、結局その原因はあなた方にあるのだ。
だからデモをやるな、とは言わない。
気がすむまでやればいいけれど、自分たちに正義があるとは思わないで欲しい。

  • 最適解のない問題

内定取り消し、昨年の3・6倍に 〜勉強すればバカになる教育の結果〜
いや上の記事は原発とはあんま関係ないのけど、
原発の問題に対して、東電入社したエリートだの、腰抜かすような優秀な官僚様各位だのが、
なぜこれほど無策なのか。東大が教育機関としてクソだからか、というとそうではなくて、
原発問題なんかは、「最適解のない問題」から。
高学歴エリートの方々*2は、何が上手いかといったらこの最適解のある問題を、
人よりも速く正確に解く能力を鍛えてきてて、
原発問題なんていうのは、その能力は全然役に立たないステージ。
だって電力需要が大きすぎる。
しかし発電手段は全て問題を抱えている。
火力→石油枯渇、価格高騰
水力→ダム建設は限界に
原子力→危険、反対運動
クリーンエネルギー→実用性低し、コスト高
最適解なんて存在しないのだ。
数学の問題で言ったら、「解なし」。
学問であれば、これで終わりですむ。
けど現実の政治は、「最適でないけれどまあまあ納得できる解」を出さないといけない。
すごく泥臭い作業になるし、どういう道を選んでも、誰かしら犠牲となる。
エリートが役に立たないというか、誰がやっても解けない問題を解く作業を、やらされてる訳で。

*1:僕の住んでいる県であり、災害に対してほぼ無敵ともいえる最強の都道府県であり、実質日本の首都であり、今回の震災でも死者一人というぶっちぎりの安全性を示した

*2:あ、僕も仲間に入れてもらえないでしょうか?ダメですか・・・そうですか・・・