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四十三庵

蔀の雑記帳

ショウペンハウエル「自殺について」

哲学者の文章というのは、ムダに長い上に単にわかりづらい文章が多くて辟易するんだけども、
ショウペンハウエルさんの文章は簡潔で、その上文学的でなかなか素敵である。

私の知っている限り、自殺を犯罪と考えているのは、一神教の即ちユダヤ系の宗教の信者達だけである。

という書き出しから始まるこの論考は、キリスト教の自殺否定が、
何の理論的・倫理的・哲学的根拠に基づかない、甚だ論拠曖昧なものでしかないことを喝破する。

むしろ私は、僧侶どもが一体如何なる権能によって、――何らの聖書の典拠も提示しうることなく、否、何らかの確かな哲学的論拠すらもちあわしていることなしに――教壇や著作を通じて、我々の敬愛する多くの人達がなした行為(※注、自殺のこと)に対して名誉ある埋葬を拒んだりするのであるか、この点に関して何としても僧侶どもに弁明を要求すべきである、という意見を有している。

但しこの場合はっきり断っておきたいことは、我々の要求しているのは論拠なのであって、その代りに空虚なたわごとや罵倒の言葉を頂戴することは御免蒙りたいということだ。

  • 自殺について

厚生労働省によれば、
日本では3万人以上が自殺で死んでいる。
まあこれは有名な数字だと思うけれど、これは死因の中で7位となる。
5位が不慮の事故で、6位が老衰である。
日本で長生きしたいと思っているなら、
交通事故に気をつけるのと同じ程度には自殺に気を付けなければ長生きはできない。

僕はそもそも、鬱とか破産とかで、「追いつめられた自殺」と、
自ら人生の終止符として選択した「選択的自殺」は、言葉からそもそも分けて考えなければならないと思っている。
選択的自殺の代表例は、三島由紀夫だ。
前者を自殺と呼んで、校舎を自決と呼んで、区別するのがいいと思っているけど、一般化するかな。。。
自殺はなくすべきだが、自決は否定されるべきではないと思っている。
「遺族の悲しみ」って言うんだけど、だらだら長生きしても、
要介護になって人の手を煩わすのもそれはそれで間違ってると思うんだよね。
人間には一番いい死に時がある訳でさ、それを自らの意思で選ぶのを、
自分が死を恐れて、生きるのを正当化したいがために、否定するのは間違っている。


なんて色々書いてきたんだけど、この本はそもそも本当に借りたかったやつではなくて、
「幸福について」が借りたかったんだけど、貸し出し中だったので、かわりに借りてきたもの。
ショウペンハウエルさんは好みっぽいので、是非そっちも読もうと思います。