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四十三庵

蔀の雑記帳

三浦佑之「口語訳 古事記」

僕は経済学部だったんで、あんま古典は必要なかったけれど、成績はよかった。
センター試験の古典では、本番で50点満点をとった。
センター試験は最低限の文法事項と、内容の読み取りが出来れば、
選択肢は大味につくってあるので、実は結構点数とりやすい。
二次試験の古典となるとそうはいかないだろうが。
「古典不要論」を唱える人々もいるけど、日本語の原点は古典の中にある訳で、廃止する必要はない。
ただ二次試験で要求されるような、高度な古典読解能力は明らかにムダである。
高校の科目全般に言えることだけどね。

古典文学の中で読みづらいものといえば「源氏物語」だろう。
主語の省略が多く、漫然と読んでいると、誰がどの動作をやっているんだかさっぱりわからなくなる。
敬語の使い方で判別できるようにはなっているが、それでもきつい。

しかしそれよりも読みづらいのは、「古事記」「万葉集」といった、古代の作品だ。
まずひらがなとカタカナが存在しなかった時代の作品であるから、全て漢字があてられている。
研究者でもない限り、当然原文ではとても読めない。
源氏物語」は一応読んで読めないことはないが、「古事記」は原文では絶対に無理だ。

この三浦佑之という研究者が現代語になおした「古事記」がいいぞ、という話をきいて、読んでみることにした。

僕がネトウヨ、という存在を頭から馬鹿にするのは、
「自分が昔そうで、今は違うから、彼らの底の浅い思考がはっきりわかるから」
というだけでなく、そもそも彼らの理想化する「日本人」というのが、非常に薄っぺらいものだからだ。
彼らの言う「日本」という国のイメージは、たかだか明治くらいにつくられた日本のイメージでしかない。
1868年に大政奉還が行われたから、近代国家としての日本は142年程度の歴史しか持っていない。
歴史を見れば、日本という国に、そもそも伝統とか、アイデンティティーとか呼ぶのに足るような、
一貫した「何か」があるとはとても思えない。
古い服を捨てて、新しい服に着替えるように、日本という国はころころそのスタイルを変える国なのだ。

「在日は日本から出て行け!」とネトウヨさんは叫ぶが、
古事記の中にも在日は出てくる。
歴史上では、渡来人という名前で呼ばれる。
「口語訳 古事記」では人代篇其の五に出てくる。
論語千字文を持って、百済からワニシキ(王仁)という人物がやってくる。
これなんかも古代における「在日」だ。
だから、日本は日本人の国だから在日は出て行け、というのは、歴史的に見ても的外れな主張となる。*1

僕は古事記研究の知識は全くないからよくわからないけど、
この三浦さんという著者は、古事記をできるだけ「語り」に近い形で表現したかったらしい。
元々稗田阿礼に暗唱させていたものを、文字に書き留めたのが古事記だったから、
その暗唱していた頃の雰囲気をできるだけ出そうとしているようだ。

ちょっとわざとらしい所もあって、古事記の原文にはない、
明らかに著者の思想と思われるような文章も入っているけど、その分読みやすくはなっている。
注が入っていて、原文にない箇所は「語り部の独白」という風に原文とは区別可能になっている。
この辺の神経質さはさすが研究者。
注が多いので、真面目に読んでくとかなり時間がかかる。

amazonレビューにもあったけども、
著者は「古事記」をなるべく天皇崇拝から遠ざけたい思想の持ち主で,
帝の名前も「〜ミコト」という尊称を全てとってしまっている。
一見中立的なようで、結構著者の解釈・思想が入ってきてはいる。

  • 神話と歴史書

古事記」というのは、神話なのか、歴史書なのか微妙な所がある。
上中下とわかれていて、上巻が神々の話で、「口語訳古事記」では神代篇となっている。
中巻下巻は人間界の話で、これは「口語訳古事記」では人代篇となっている。
人間の話といっても、中巻辺りではまだ神話的な要素がふんだんに残っていて、
ちょうど神話と歴史書の中間のようになっている。

神代篇の冒頭では、イザナギイザナミが近親相姦で日本列島を産む。

イザナキ「お前の体はいかにできているのか」
イザナミ「わたしの体は成り成りして、成り合わないところがひとところあります」
イザナキ「わが身は成り成りして、成り余っているところがひとところある。そこで、このわが身の成り余っているところを、お前の成り
合わないところに刺しふさいで、国土を生み成そうと思う。生むこと、いかに」
(台詞は原文のまま)

最初イザナミの方が先に求めてしまったため、ヒルコ(完全でない胎児)が産まれてしまう。
そこで太占(ふとまに)で占ったら、女が先に求めたのが悪いのだ、という神託が出て、
その通り交わると、まずアハヂノホノサワケ(淡路島)を産む。
それからぽんぽんと日本列島を産んでいく。
国を産み終わると、次に神々を産む。
この神々が日本を色々統治する訳なんだけど、ヒノカグツチという火の神を産んだ時に、
イザナミは産道を焼かれてしまって、病にかかり、それが原因で死んでしまう(正確には神なので「神避る」)。
それで黄泉の国へイザナキが行く、という有名な話が出てくる。
結局見るな、と言われたイザナミの醜い姿が見て、逃げ出してしまう。
怒ったイザナミがイザナキを追いかける。

「(前略)わたくしは、あなたの国の人草を、ひと日に千頭(ちがしら)括り殺してしまいますよ」
「(前略)我は、ひと日に千五百(ちいほ)の産屋を建てようぞ」

という問答があって、イザナミは帰っていった。
こういう訳で、今の世の中では一日に千人が死んで、千五百人が産まれるのだった……というストーリー。
全体的に荒唐無稽なんだけど、変な部分でリアリティーがあるのが神話の面白い所。

後半の方になるとどうしても、帝の子供の名前の羅列になったり、
ストーリーもおとなしくなってきて、少しダレる。
(歴史書に対してダレるもクソもないけど)

日本を語りたいのなら是非、一読を薦めます。

*1:コメント欄に長文の在日特権のコピペ貼るのはやめてね?