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四十三庵

蔀の雑記帳

映画「ブラック・スワン」の現代における少女が女になる残酷さ〜セックス・ドラッグ・バレーダンス〜

映画

ブラック・スワン」を遅まきながらみました。
映画評論家からも素人からも批判されているのを見たことがないくらいの好評映画で、しかも興行的にも成功しているという、
なかなか稀有な作品だと思うんですが、実際見てみたらやっぱ面白かったです。*1

パッと見、「ガラスの仮面」的な少女漫画チックなストーリーなのかなあと思うんですが、
ところがどっこい、サイコホラー&バレエ映画です。
何言ってるのかわからないと思いますが、実際そうなんだからしょうがない。

ストーリーはwikipediaのリンクに載ってるので見てもらうとして、
何が一番すごいってマトモな人間が一人も出てこないことですよね。
主人公はストーリーが進むに連れてどんどんサイコになって壊れてくんですが、
映画始まった段階で軽い拒食症&自傷癖という状態。
母親はそんな娘を優しく見守ってるのかとおもいきや、超過保護・過干渉のダメ親。
主人公をスワン役に抜擢した振付師も、バレエダンサーを食いまくるおっさん。
ライバル役の女は虎視眈々と主人公の役を狙って、主人公をメシに誘ってドラッグ薦めたりする。

バレエがテーマだから、地味な絵面が続くのかと思いきや、
演出が異常にうまくて、バレエシーンはいっぱい出てくるんですが、上手く退屈しないようになっている。
特にドラッグを服用してクラブで踊ってるトコの映像が、
非常にラリってる感覚と近いような演出になってて、上手いなあと思いました。

監督ダーレン・アロノフスキーがこの映画の脚本書く時何考えてたかは知らないけど、
僕は少女が大人の女になっていく残酷さを描いたんじゃないかと思います。
ドラッグの服用なんかはアメリカだからで、日本ではあんまり多数派ではない*2けども、
純粋素朴でスターを夢見ていた少女が、役をつかんで、
華やかな舞台の裏の人間関係を目の当たりにしたり、嫉妬の標的になったり、
親の期待に押しつぶされたり、そこから逃げようとしてクラブの男とシャブセックスしたり、
今の世の中で女の子が大人になるっていうのは、イコール汚れることと換言してもいい訳ですね。

ただおかげで最後のバレーシーンでは見事にホワイトスワンとブラックスワンを演じ分けて、
というかほとんど妄想にとらわれての行動だった訳で、
人間的に汚れた・壊れたからこそ、芸術の高みに達することが出来る、というのもひとつの真理でしょう。
何かを失わない限り、何かを得ることはできないのです。
それが大きく、高尚なものであればあるほど、失うものも大きくなります。
シグルイ」の世界と一緒ですね。

あ、後自慰シーンとかレズシーンとかかなりがっつり描写されてるので、
間違っても家族や恋人とはみないように。

  • 関連リンク

公式サイト
wikipedia
『ブラック・スワン』95点

*1:経済でブラック・スワンっていうと「確率上めったに起こりえない珍事」のことを指すんだけども

*2:現状