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四十三庵

蔀の雑記帳

映画「バトル・オブ・シリコンバレー」に見るパソコン黎明期〜microsoft vs apple〜

ライフ IT

我々の普段何気なく使っている、パソコンという言葉。
これはパーソナルコンピューターの略です。
そんなに新しい機械ではありません。
歴史上最初に発売されたパソコンが「Altair 8800」(アルテア

それまでコンピューターというのは、企業や政府が使うもので、高価かつ巨大なシロモノでした。
マウスもキーボードもない、「デカイ電卓」程度の機能でした。
それでも1974年の発売当初は凄まじい衝撃でした。
それに加えて、組み立てキットで $397、組立済み $498 という破格の安さ。
最初の2〜3週間で4000台を超える注文が殺到したそうです。

「バトルオブシリコンバレー」は、そんなパソコンの覇権を巡る二人の男、二つの企業の話です。
綿密な取材がされていて、事実も多いですが、あくまでフィクションで、
完全なドキュメンタリーではありません。

スティーブ・ジョブズ (Steve Jobs)
スティ−ブ・ウォズニアック

左がウォズニアック、右がジョブス。
ウォズニアックが「appleⅠ」「appleⅡ」を主に開発した技術者です。

ビル・ゲイツ (Bill Gates)

スティ−ブ・バルマ−

ポ−ル・アレン

この二つの企業が、パソコンの普及というIT史上の革命期に争うことになります。
よく知っているとおり、結末はappleはOSの普及率でmaicrosoftに敗北します。
今、ほとんどのPCに入っているのは、Macではなく、Windowsです。
何が起こったのか?
映画のストーリーに従って整理してきましょう。

1976年、apple社は「appleⅠ」を開発させます。
これは上に書いたウォズニアックが、「この技術を使えばアルテアよりもはやいパソコンがつくれるぞ」と開発したものです。
appleⅠ」は発売後数ヶ月は売上が苦しんだものの、その後売れ始め、8000ドルの利益となりました。
(その後の成功を考えるとちっぽけな利益ですが)

1977年、HPを辞めて、appleでの開発に集中したウォズがつくりだしたのが、「appleⅡ」です。
appleⅠ」はapple創業者三人が私財を使って開発した、200台ほどしか生産されていませんでした。
しかし「appleⅡ」はジョブズがマイク・マークラという投資家から92,000ドルの融資を勝ち取り、
ナショナル・セミコンダクター社からマイケル・スコットを引き抜き社長に据えるなど、
かなり大きくなった生産体制のもとで製造されました。
技術面ではウォズ、経営面ではジョブズの活躍があり、「appleⅡ」は爆発的ヒットを飛ばし、
スティーズジョブズは一躍時の人となりました。

1977年4月に価格1,298ドルで発売された「appleⅡ」は、1980年には設置台数で10万台、1984年には設置ベースで200万台の
爆発的な売れ行きとなります。
appleは80年に株式公開を果たし、ジョブズは2億ドル超の資産を得ることになりました。
これが70年代終わりの話。

  • 「Lisa」大コケ

ジョブズIBMが大嫌いでした。

「海軍に入るより、海賊であれ」

という言葉の、海軍というのは、IBMなどの大企業を指しています。
IBMは70年代以前はコンピューターのトップ企業でしたが、
「個人がパソコンを持つニーズはない」ということで、パソコンには長らく参入して来ませんでした。
しかし「appleⅡ」の成功を見て、1981年になると、IBMが「IBM PC」を発売します。
いよいよ巨人が乗り込んできて、林檎を踏み潰そうとしてきたのです。

着実にシェアが奪われる中、ジョブズは「appleⅡ」の次世代機として、「Lisa」を発売します。

これが1983年に発売されて、大コケします。
機能的には当時のパソコン業界の中で屈指の性能であったようですが、
1万ドル弱という価格設定(1983年1月発売当初。当時の日本円で約233万円)が祟って、ほとんど売れませんでした。

1989年に、アップルコンピュータ社は、不売在庫による税金控除を受けるため、売れ残ったLisa約2700台を破砕しユタ州ローガン市の埋立処分場に埋立処分した

という悲しい最後をたどります。

  • Machintosh発売

Lisaプロジェクトと同時進行的に行われていたMachintoshプロジェクトは、難航しましたが、
1984年にようやく発売にこぎつけます。

これが今も尚発売され続けているMacの初代です。

しかしジョブズの社内での横暴な振る舞いは、同僚の反感を相当買っていました。
映画の中では、恋人の子供をなかなか認知せず、
会社の駐車場で揉め事になり、そのイライラから、ちょっと息抜きしてコンピューターで遊んでいた同僚に、
「遊んでるんじゃねーよ。俺は有能な芸術家を雇ったつもりだったのに、とんだ給料泥棒どもだな!」
などとイビるシーンが出てきます。

ジョブズはそのカリスマ性と同時に、多くの敵を生み出し、結局appleから追放されてしまいます。
(後に戻ってくるんですが)

アルテアを手にとって、「これよりもいいものがつくれるぞ」と思ったのがappleでしたが、
maicrosoftもそのアルテアを手に取ったところがスタートラインとなります。
彼らは、アルテアのBASIC言語を自分たちが書こうと、MITS社にアプローチし、成功します。
その後、apple vs IBMの時代になると、
彼らはIBMに自分たちのDOS (Disk Operating System) を売り込みます。
ただ面白いのは、IBMとの交渉の際、MicrosoftDOSなんて開発してなくて、
シアトル・コンピュータ・プロダクツという会社から、DOSを買い取って、これをIBMに売ってるんですね。
地味なナードのイメージの強いゲイツですが、結構こういうところはアコギです。
マイクロソフトDOSはその後「MS-DOS」として、PCに標準装備されることとなり、Microsoftは急成長していきます。

そしてmicrosoftに天下をとらせたのが、1985年の「Microsoft Windows」の発売。
MS-DOSGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)形式で動かせるソフトとして発売されましたが、
84年に先行発売していた同じくGUI形式の「Mac」シリーズを駆逐して、急速に普及しました。
GUIとは何かというと、それまでのコンピューターはプログラミング言語がただ無機質に表示されるだけの、
かなり無機質なものだったんですが、これが現在のようにデスコトップ上のアイコンをクリックしてうんたらかんたらという風な、
直感的に操作できるように表示するシステムのことです。


  • まとめ

間違いなくappleの方が優れた技術を持っていて、才能・魅力がありました。
しかし最終的な勝者はmicrosoftでした。
IBMと戦ったapple、利用したmicrosoftという所も真逆でした。
映画のラストシーンでは、ビル・ゲイツがこんなセリフを吐きます。

「隣に金持ちが住んでいる。ゼロックスはドアを開けっ放しにしてるんだ。*1
君はテレビを盗みに入った。すると先客がいた。略奪品は僕のものだ。
すると君は叫ぶ。『フェアじゃない。僕が先に盗みたかった』。手遅れさ」
「僕らのほうが優れている……」
「そんなことは問題じゃない」

絵面のせいなのか、ちょっと地味ですけど、いい映画でしたね。

(関連)
「バトル オブ シリコンバレー」をみやがれ!
「Apple I」から「iPhone 4」までApple製品の進化の歴史をまとめた画像45枚
今回の記事で転載した画像はここか、wikipediaからのものです。

*1:ジョブズmac開発のインスピレーションをパロアルト研究所というゼロックス社の研究所にいった時に得たという