四十三庵

蔀の雑記帳

儲からない(日本の)農業〜大規模農業化すれば米豪と競争できるとか主張してる奴はお前がやれ〜

TPPの議論もいよいよ大詰めになってきた感がありますが、このブログでは荒れるのでもう触れないようにします。*1
ほとぼりが冷めた頃に「ほら大したことなかったろう?」という記事を書きたいものですね。

TPP賛成派は屡、

「日本の農業はアメリカ型大規模農業に転換すれば競争力を獲得する!」

と主張するんですが、これは完全なる間違い。
日本の農業は絶対に勝てません。
エンゼルバンク」という漫画でも、「日本支配計画」の中心的事業が、農業ビジネスでした。
この漫画の内容は結構「理想論を現実に適用して大成功」というパターンが多いんですが、
現実的にはそんな上手くいかないだろ、というものも多いです。
農業ビジネスの描写はその最たるものですね。
すごく現実的にあの漫画の続きを書くとするなら、
「日本支配計画」の農業ビジネスはポシャって、海老沢たちは普通に人材紹介業を続ける話になるでしょう。

「すごい・・・! 農業でもちゃんと頭を使えばビジネスとして成立するんだ・・・!」
「ふふ・・・農業がビジネスとして成立する・・・か」
「どうしたんですか? 蔀さん」
「いいか。はっきり言ってやる。日本の農業は絶対にアメリカやオーストラリアの農業と競争なんかできっこない!」
「えっ!?」
(次週に続く)

  • 農業は数少ない完全競争が成り立つ産業


ミクロ経済学の最初にやる需給均衡。
市場に任せれば、需要量と供給量がちょうど釣り合うような効率的な「均衡価格」「均衡数量」が決まる、というお話でした。
これが「完全競争」というもので、現実の市場は様々な要因で大抵これが成り立っていません。
ところが農業という産業は、これが成り立ってしまうのです。

なぜかというと、完全競争が成り立つ重要な条件に、
「市場参加者が価格決定力をもたない」
という条件があります。
普通企業は、ある程度価格決定力を持っているものです。
なぜ価格が決められるかというと、それは自社の商品と他社の商品が区別可能だからです。
トヨタの車と、ホンダの車、日産の車、それぞれ同じ車ですが、違う値段がついているのは、
性能や見た目が違うということ以上に、我々消費者がその「違い」を明らかに区別できるというのが一番大きいのです。

農作物はどうでしょうか?
スーパーにいけばコシヒカリだのササニシキだの袋に書いてありますが、
もしこれ中身を逆にされても、正直僕らにはわかりませんね。
というかわかる人いるんでしょうか。
米と車の決定的な違いがここです。

  • 農業政策やブランド化

農家にとって結構これは致命的な性質でして、農業が儲からない原因の一つ目です。
ただ後述するように、アメリカやオーストラリアみたいな国の農業はこの問題を克服しています。

ほうっておくと、農作物の価格というのは上の需給均衡に完全に従います。
そこで供給を増やせば価格が下がる、減らせば価格が上がる、という風な状態になる訳です。
農家は自分の利益を最大化するために、ほうっておけばつくれるだけ農作物をつくります。
それを日本全国すべての農家がやってしまうと、供給量が増えて、農作物価格は下落します。
その結果、かえって収入が減る……ということもありえます。

ここまで理解すると、自民党時代に行った悪名高い「減反政策」というものの大義名分がわかりますね。
供給が増えると、値崩れが起きて、農家の収入が減るので、わざと作らせなかったのです。
また農協(JA)も、こういう農業の弱い経済学的立場をわかっているので、
農作物の価格を下げないことに血眼になっています。
というかJAの社会的意義というのはほぼそれが全てと言っていいのかもしれません。

民主党はこの「減反政策」をやめて、「戸別補償」を打ち出した訳です。
どちらも農業保護政策にはかわりないんで、僕は経済的には大した違いがある訳ではないと思ってるんですが。

さてさて、この理屈をわかった人は、
「じゃあ農業がブランド化できればいいんじゃないか」
という着想で、「日本の安心安全な農作物というブランド」を確立して、
他のものと差別化しよう、という発想に至ります。

ただ成功する見込みはあまりないだろうし、今の所大きく成功した話もきいたことがありません。
究極的には、「僕らの舌は有機栽培残留農薬を区別できる程優れていない」というところが大きいのでしょうか。
エンゲル係数というのはどうしても所得が増えると減ってく訳で、
食費にかける金なんていうのは賢い家計であれば、最小限に留めるのが普通でしょう。
「すげーまずいけど安い外国産」vs「すごくおいしいけど高い日本産」という構図であればいいんですが、
現実は「美味くはないけど安い外国産」vs「やや美味しいけど高い日本産」の構図なので、
外国産の味・安全性が日本人の許容範囲におさまる限り、大半の家計は外国産を選ぶでしょう。
それがいい、そうあるべきだ、という主張ではないですが、それが現実。

農業のブランド化は茨の道です。

  • 大規模農業という蜃気楼

さて、ブランド化がダメとなると、次に農業改革派が主張するのは、
「農業の大規模化」
です。
TPPの議論でも散々言ってましたね。

アメリカやオーストラリアの農家というのは、政府はさほど保護していませんが、
きちんと生計が立てられているのは、安い価格であっても大規模農業によってたくさんつくるからです。
市場原理に任せたって、こういう風に大量生産すれば、農業だってちゃんとビジネスとして成立するのです。
さあ日本農家、立ち上がろう! たちあがれ日本

……とまあ、農業改革派の人々は口だけは出すんですが、
なぜか彼らは「農業はビジネスとして成り立つ」と主張するくせに、自分ではやりません。
逆にやってる人いますかね?
なぜ農業が儲かると主張してるのに、そんなおいしいビジネスを自分でやらないんでしょうか。
答えは「農業で儲ける」よりも、「農業が儲かると主張し続けるビジネス」の方が儲かるからなんですが。

なぜ彼らは実行できないんでしょうか?
大規模農業って、日本じゃできないんですよ。
土地がないから。
この大規模農業が日本ではできない=日本の*2農業は儲からないというのが、
今回の記事で一番重要な主張となります。

  • 大規模農業をやるための土地

大規模農業というのは、見渡す限り広がった農地を、トラクターを使ってガーっと一直線に耕して、
作物植えて、スプリンクラーとかで水やって、農薬撒いて、
実ったらトラクターでガーっと一直線に収穫する、という風なイメージになります。
さあ、アメリカ、オーストラリアならいざしらず、そんな土地が日本のどこにあるんでしょうか?

まず人口密度を見てみましょう。

順位 国・地域 人口 面積(km²) 人口密度(人/km²)
12 韓国 48,332,000 99,678 485
21 日本 127,156,000 377,915 336
53 中国 1,345,750,000 9,596,961 140
142 アメリカ 314,658,000 9,629,091 32.7
191 オーストラリア 21,292,000 7,692,024 2.8

単純に計算してみても、これだけアメリカ・オーストラリアというのは土地に対して人が少ない環境にあります。
ということは、当然日本に比べて家もそんなに密集してません。
一直線にトラクターを走らせることが出来ますね。

日本だとどうでしょう?
これだけ人口密度が高ければ、ちょっと走らせればすぐに民家にぶちあたってしまいます。
まさかバブル期の東京の地上げ家みたいに、
「おい大規模農業やるから立ち退けや」
と田舎の年寄りを退去させてそこを農地にするのでしょうか。
まさか。

仮に人が住んでなかったとしても、そういう場所というのは大抵山や川の近く。
日本ほど大規模農業がやりづらい国もそうそうないでしょう。
中世に来日した宣教師も、
「日本は山がちな地形で、植民地にするメリットはないだろう」
という報告を本国に送っていたそうです。*3

日本が山がちなら、オーストラリアだって砂漠が多くて、
耕作不適地も多いじゃないか、というご指摘があるでしょう。
では現実問題、耕作地の面積を比較してみましょう。

陸地面積(2008) 耕地面積
日本 36,450 4,308
オーストラリア 768,230 44,024
アメリカ合衆国 914,742 170,500

仮に今、日本の農家がこのTPPという国難*4を乗り切るため、
日本の農家が自分の利益を度外視して、大規模農業化のために全ての耕作地を合体させたとしましょう。
それでもオースラリアの9%、アメリカの2.5%という悲しい話になります。
これでどうやって競争するんですかね?

  • 更に立ちはだかる現実的な問題

更に大規模農業化をするんであれば、土地の所有権の問題があります。
共産主義じゃあるまいし、国が強制的に農家から土地を召し上げるなんていうことはできません。
そこで大規模農業をやりたければ、彼らと交渉して、
土地を買うか、借りるかすることになります。

すごくめんどくさいことになることうけあいです。
是非大規模農業を主張している論者にやらせてみましょう。
「だから、大規模農業をしなければ、日本の農家は滅ぶんですよ!?それでいいんですか!?」
「んだおめー、こっだとこまでしゃあしゃあおしかけよってからに。けーれけーれ!」
「いいですか?TPPが締結されればあなた達は……」
「けーれ!」
みたいな不毛なやりとりを全国中継しましょう。
できもしない「解決策」を理路整然と話し合うろくでもないパネルトークより余程生産的だと思います。

  • 僕の見たオーストラリアの農場

高校時代にオーストラリアに「ファームステイ」というのをしました。
農場にホームステイするからファームステイです。
宿泊先の親父さん(身長190くらいありそうで、ラグビーやってそうな体格だけど、眼鏡かけて優しそうな人)に、
農場を案内してもらったんですが、
「ここからここまでが俺の土地」
ということを説明されたんですが、信じられないくらい広い。
日本の公園より余裕で広いです。そこに馬や羊を放牧してるんですが、民家なんてそのお父さんの家以外見当たりません。
街に行くために車で牧場の間の細い道を80キロくらい普通に出して走るんですが、
景色が全然変わらないので、80キロが40キロくらいに体感されます。
道におりてきた鳥とかをバンバンはね飛ばしても全然気にしないで走ってました。

僕が見たのは牧場ですけど、農場も同じスケールだと思うんですよね。
日本の農業は勝てないですよ。あれは。
理屈としてもそれは明らかだし、実感としてもそう感じます。

  • まとめ

・農作物のブランド化は至難の業
・大規模農業化は日本では土地制約から不可能(←これが重要)
・(日本の)農業は儲からない

  • 出典

国の人口密度順リスト
第4章 農林水産業4-1 農用地面積

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儲からないシリーズ。

*1:大体「TPPなんか大したことねーよ」と思ってる人間と、「TPPが日本を滅ぼす!」と本気で信じてる人間が話しあおうったって、温度差ありすぎてまともな議論が成立する訳がないのであって

*2:日本以外にも韓国なども同様

*3:ソースを探したけど見つからなかった。誰か知ってたら教えて

*4:TPP国亡論的表現