四十三庵

蔀の雑記帳

現代の認識(グレゴリー・クラーク「10万年の世界経済史」)


人類の歴史を「富」という観点から見るのであれば、実はものすごく簡単に歴史は説明できる。
1.産業革命以前
2.産業革命以降
この二つの区分しか人類の歴史には存在しない。
江戸時代や鎌倉時代、古代や中世などというくくりは必要ない。

産業革命以前の時期、人類はひたすら「マルサスの罠」*1と戦っていた。
産業革命以前はマルサスが「人口論」で唱えた理論は完全に正しかった。

しかし産業革命で、事情は一変する。

マルサスが「算術級数的*2に増える」(足し算で増えていく)と表現した所得は、
産業革命で飛躍的な伸びを見せ、人口増加を上回った。
そんな時代に我々は生きている。

この認識を持っていない人間は、安易に歴史を現代に適用しがちである。
現代の認識を大きく誤っている。
正しく現代の認識を持つために、非経済学部の人は是非よむべき本。
経済学部なら経済史の講義でもとればこのぐらいの話はきくことになるでしょうが。

10万年の世界経済史/グレゴリー・クラーク
グレゴリー・クラーク著「10万年の世界経済史」
『10万年の世界経済史』を読む(1)
1枚の図でわかる世界経済史(※池田信夫ですのでクリック注意!)
山形浩生のAmazonレビュー上巻 下巻

うーん、大変に困った本で、上下二巻の大作ながら結論は実に平凡で、経済学の常識が直球ストレートでくるだけ。本書が設定する基本的な問題は、なぜ人類一〇万年の歴史で、産業革命のときに急に発展が始まったのか、というもの。おお、この重大問題に答えを出すとはなんと大胆な! で、答えは?

技術革新で労働生産性(または効率)が上がったからだ! みんなががんばって働くようになったからだ!!!

……えーと……はあ、さようですか。で、なぜ突然技術革新してがんばって働くようになったんでしょうか?

わからん!!!!

……クラークさん、それはないでしょう。労働生産性が所得や豊かさに直結するのはいまの経済学のジョーシキ以前で、某あるふぁぶろがーですら(形式的には)知ってることだ。そしてその理由がわかんないというなら、結局この本はなんでしたの?

上巻はまず、産業革命までの経済史。人間の幸せや豊かさはすべて物質環境(摂取カロリーや寿命等々)で決まる、というのを述べてから、人類史は過去十万年にわたってマルサスの罠にとらわれてきた、と述べる。人口が増えると食料生産が追いつかずに死亡率が増えるし、定住して生産力が上がると集住による伝染病リスクが増えて死亡率もあがってまた元の木阿弥だ。これまではその罠から抜け出せなかった、というのが延々と各種のデータで示される。

でも産業革命はそこから抜け出した。なぜ産業革命が起こったのかはよくわからなくて、識字率とか衛生とか知識とかがなんとなく高くなっていたからだけど、でもわかりません……というところで上巻はおしまい。(下巻に続く)

(上巻より続く)

さて産業革命で重要だったのは、知識資本、つまり技術革新で、それによる労働生産性が高まったからだ、と下巻では述べる。はいはい。でも技術革新の重要性は、それこそ昔からロバート・ソローやグリリカスやジョルゲンソンがさんざん言ってきたことだ。

で、産業革命はイギリスだけが、科学技術への投資をいっぱいやったから起きたとのこと。じゃあ、それがなぜイギリスで起きたの? それは、金持ちのほうが子だくさんで、それが社会にそういう価値観を広めたから(それに対して日本や中国の支配階級はそんなに子だくさんではなかった)。

うーん、でも人口構成が変わるのは時間がかかるし、それではなぜ突然産業革命が起きたのかの説明にはならないのでは? そして、これは決して直接的には照明しようがなくて、ただのお話で終わっている。

そしてなぜいま世界に経済格差があるかというと……労働生産性(または効率)が上がったからだ! 金持ちの国はみんなががんばって効率よく働いている!!! 途上国の労働者はサクシュされていると騒ぐが、実は怠けているのだ!! 世銀やIMFは発展の格差を制度や社会システムのせいにするが、そんなのはまちがっている!!

いや、世銀やIMFは、人が怠けず働くための仕組みをどう作るか考えて制度と言っているのですし……じゃああなたはどうしたら人ががんばって働くと思うんですか、クラークさん?

かれはこれに対して、「わからん」とおっしゃるのです。えー、では何もわからんではないですか。

一〇万年前からの世界各地のデータを駆使した分析は、おもしろいといえばおもしろい。上巻の、マルサスの罠にはまった世界の様子は特によみごたえがあるところ。でも肝心の産業革命については、ずいぶん分析も薄いうえ、出てきた答えは実は何ら目新しくない。そして最後は「わからん」というのでは、読んだ人は怒るのではないかな。なぜほかのレビューアがほめているのかは謎ですが、大山鳴動して何とやら、としか言いようのない本。労作ではあるんだが……

そら「なんでまじめに働くようになったのか?」なんてわからんでしょ。
ただ歴史的事実として「まじめに働くようになった」という事実があるだけで。


*1:農業技術向上などの所得水準の向上→人口増加→所得水準の向上を人口増加が上回る(算術級数的に増える所得と幾何級数的に増える人口)→貧困・飢饉・疫病・戦争による人口減少というスパイラル

*2:算術級数→等差数列 幾何級数等比数列の古い言い方のようだ