四十三庵

蔀の雑記帳

高校世界史を教える際の視点問題

社会科の教職課程をとっている。
大学受験では日本史選択だったんだけども、教える側に回るということで、
世界史も基礎知識くらいは欲しいと思っていて、色々勉強している。

  • 苦手科目だった世界史

高校の頃、世界史は苦手科目だった。
国史は中一の頃に岩波が出してる「正史 三国志」とか読んでたくらいなので、(古代史は)よくできた。
しかしヨーロッパ、インド辺りはさっぱりダメだった。
カタカナの人物名が全然頭に入ってこなかった。
しかも内容も非常に断片的で、まとまりが悪かった。

  • 今、高校の教科書を読みなおしてみると

だからこそ日本史を選んだ訳だけども、今、山川の世界史教科書を読みなおしてみると、
当時の僕が世界史で混乱したのもよくわかる気がした。*1
日本史と世界史は、同じ歴史科目だけど、実は全然違うことをやっている。
単に「狭く深く」か、「広く浅く」か、という以上の溝が、日本史と世界史の間には存在する。

  • 世界史と言いつつ

日本の大学の伝統的な歴史研究(古くは東京帝国大学)は、次の三分類で括られてきた。

日本史
西洋史
東洋史

多少伝統のある大学であれば、今も変わらずこの三つの分類は生きている。
僕の大学の史学科も、講義は「日本史○○」「西洋史○○」「東洋史○○」という風に分かれている。
大学では何も問題はない。

問題はこれが高校で歴史を教えるということになった場合に生じる。
高校では日本史/世界史という二分類になっている。

もうお気づきだろうか?
高校の世界史は、世界史とは言いながら実質的には「西洋史+東洋史になっているのだ。
高校の教科書は割かし大学の研究成果を反映してつくられている。*2
日本史で99%の高校生が退屈を感じたであろう原始時代の部分も、
あれは考古学の偉い人達の血の滲むような研究成果の反映である。*3
という訳で、大学で研究が進んでいる、研究者が多いホットなテーマが、
教科書のトピックとして採用される傾向がある。
「西洋史+東洋史」だ、と裏事情がわかった上で世界史の教科書を読むと、「なるほどこれは……」と思うはずだ。
ホントにヨーロッパと中国のことは詳細に書いてある。
インドやモンゴルなんかも多少詳しく書いてある時代もあるが、
やはり分量的には、圧倒的にヨーロッパが多くて、その次が中国という印象だ。
相対主義者/多文化主義者に言わせれば、大国中心の世界史観に陥っているから、
もっと小さな国の歴史も書け、という批判は可能なんだろうけども、
ただ今の世界情勢を考えても、欧米が中心に物事を進めてるのは事実であり、
ヨーロッパや中国の記述が多いというのは、大学で多く研究されている分野で、
研究が集中するだけ重要性が高い国である、という解釈もできるので、これ自体は必ずしも悪いことじゃない。
それに、山川の教科書なんか読んでみると、
一応そういう批判にも対処しようという意図はあるのか、
申し訳ばかりに東南アジアコロンブス来航前の南北アメリカなども載っている。

  • 世界史特有の視点問題

日本史では、舞台は基本的に日本であり、時間は過去から未来へと綺麗に流れていく。
視点は固定的で、そこで混乱するということはまずまずない。
細かい知識が多すぎて、興味持てなくなって遊んでるうちに完全についていけなくのが挫折の大半のパターンだ。

ところが世界史では、舞台(国・地域)が変わってしまう。
たとえば古代オリエント世界の割と長い古代史を延々とやった後、ギリシャ・ローマへと舞台が移る。
そうなると時系列は大幅に乱れることになる。
世界史の政治史は量・時間的な制約から、
「ある国のある王朝が誰によって成立して、何たらの戦争でどっかの国によって滅亡しました」
「その次にある国のある王朝が誰によって成立して、何たらの戦争でどっかの国によって滅亡しました」
「そしたらなんとある国のある王朝が誰によって成立して、何たらの戦争でどっかの国によって滅亡しました」
という非常に大味な記述になっている。
いい世界史教師が学校にいたら、この記述を補足してふくらませてくれたのだろうけど、
そういう先生と出会わないで、教科書・参考書で「真面目に」勉強するのであれば、
あまり印象に残らないような書き方になっている。
・舞台・時系列の乱れ
・無味乾燥な記述
この二つがあわさって、世界史という科目は高校生を脱落させることになる。

  • 僕が考えた合理的な世界史教授法

問題は、舞台と時系列が乱れてしまうことにある。
人間の脳は基本的に体系だってないものを理解・記憶することはできないような構造になっている。

そこで僕なりに山川の「詳説 世界史」を分析したところ、
実は世界史の舞台になっている国・地域はそんなに多くない。
舞台となっている地域は次の7つに分類できる。

1.ヨーロッパ
2.中東(エジプト含む)
3.インド
4.アメリカ
5.中国
6.東南アジア・朝鮮
7.モンゴル(チンギスハン以降の時期)

ちなみにこの1〜7のうち、
1〜4が西洋史、5〜7が東洋史のカバー範囲。
(中東、インドはちょっと微妙かもしれない)

そしてこの「舞台となっている7つの地域」を使って分類してみると、
山川世界史の全17章は次のように舞台がわけられる。
教科書がある方は是非見てみて欲しい。
ない方は公式サイトで目次がダウンロードできるので、それを見てくれてもいい。

舞台
第一章 1.中東 2〜3.ヨーロッパ
第二章 1.インド 2.東南アジア 3.中国 4.南北アメリカ
第三章 1〜3.中国
第四章 1〜3.モンゴル
第五章 1〜4.中東
第六章 1〜4.ヨーロッパ
第七章 1〜2 なし
第八章 1.中国・東南アジア 2.中国 3〜4.中東
第九章 1〜4.ヨーロッパ
第十章 1〜3.ヨーロッパ
第十一章 1〜4.欧米
第十二章 1〜4.欧米
第十三章 1〜3.中東、東南アジア
第十四章 1〜3.欧米、中東、東南アジア
第十五章〜十七章 世界

※(第七章は海路・陸路の交通の発展について書いた短い章。
十五章から第一次・第二次世界大戦となり、最早舞台で区切るのは不可能に。まさしく「世界史」になる。
手抜きではありません。念のため)
「西洋史+東洋史」と先に書いたけれど、そう思って眺めるとまさしくそんな感じがする。
特に第九章からは専ら話題は欧米に集中する。
大航海時代帝国主義産業革命→二十世紀の二度の世界大戦→現代というところで、
欧米の世界における存在感はあまりにも巨大であるから、無理もないことではある。

しかしこれは、九章からは視点がヨーロッパ視点に統一される、ということでもある。
恐らく世界史選択者は授業が後半に進むとなんか内容が頭に入りやすくなった覚えはないだろうか。
これは視点が固定されて、ヨーロッパ中心に物語が進んでいくようになったからだと思われる。
実は視点・時系列の混乱は第8章以前に起こる問題なのだ。

そこで僕が提案するのは、「舞台固定型」の世界史授業づくりだ。
第八章以前というのは、恐らく一年間くらいかけてやるのが標準的なボリュームだと思う。
文理・コース選択によっても色々変わるけれども、多分高校一年か二年の時に習う内容だと思う。
であれば、教科書の前後関係は無視しても、受験には差し支えないところだろう。
そこで、次のような形で授業スケジュールを組むといいのではないだろうか。
(例)
●一年目(第一章〜第十一章)*4
0.現在の世界地図を見せて、世界情勢をさらっとやって、モチベーションを高めつつ、五大陸の位置を把握させる。
  (国当てテストをやってもいいかも)
1.ヨーロッパ(八章までの内容を通時的にやる。以下同じ)
2.中東
3.インド
(4.南北アメリカ-インカ帝国アステカ帝国くらいの話しかないけどね……)
5.中国
6.モンゴル
7.東南アジア・朝鮮
8.再びヨーロッパ(教科書第九章以降)
●二年目(第十二章〜第十七章)
教科書を終わらす。

これならば時間軸の乱れによって、生徒がしなくてもいい混乱をするのが防げるはず。
どうでしょうか?

*1:ちなみに世の中には高三・浪人期が人生で知能のピークで後は下降の一途をたどる方が多いそうだが、僕の場合明らかに大学入ってからの方が理解力は上がった

*2:社会科に限らず、全ての教科書にはどっかの偉い大学教授のありがたい監修がついている

*3:こんな視点も高校時代にはなかったなあ……

*4:日本史選択の僕が世界史の授業を受けたのは二年の一年間だけだったが、おぼろげな記憶では産業革命辺りまでやったと思う。ジェニファーの飛び杼とか訳もわからず覚えてた記憶がある