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四十三庵

蔀の雑記帳

就活ぶっこわせデモが間違っているところ

新宿で学生らが「就活ぶっ壊せデモ」開催…見物人「就職できなかった連中がわめいても…」

学生の就職活動、いわゆる「就活」のシステムに異議を唱える「就活ぶっこわせデモ」が2011年11月23日(勤労感謝の日)、東京・新宿で行われた。デモには学生ら100人超(記者調べ)が参加し、「大学は就活予備校じゃない」「学生に勉強する時間を」「ゆとり(世代)にゆとりを」などと訴えた。

このデモは、首都圏の大学生が中心となった実行委員会が企画したもので、政治団体など団体での参加を認めず、デモ行進時に掲げるプラカードも基本的には手作りのものに限られる。23日、JR新宿駅前に集まった学生らは記者の調べで100人超。新宿の繁華街を練り歩き、「学生に勉強する時間を」「(就職に必要とされる)『人間力』ってなんだ」「"就活メイク"ってなんだ。"就活に強いボールペン"ってなんだ」「リクナビつぶれろ、マイナビつぶれろ」「(採用活動の)早期化反対」「大学は就活予備校じゃない」などとシュプレヒコールをあげた。

参加者のひとりで、契約社員として働く男性(20歳)は、「ニコニコニュースを見てこのデモを知った。自分自身も就活を経験しており、理不尽な面については以前から問題意識としてあった」と参加の動機を語った。また別の社会人男性(27歳)は、「学生たちが手作りでやっているという感じがよい」と、参加しての感想を述べた。

デモは、祝日でにぎわう新宿で道行く人々の注目を集めたが、なかには「就職できなかった連中がわめいても仕方がない」(20代・男性)「何を訴えているのかよくわからなかった。就職できない人たちっぽいよねと妻と話していた」(40代・会社員)と厳しい声もあった。

先週くらいに話題になった就活ぶっこわせデモ。
世間の目は冷ややかである。
就活が狂った文化であることは誰だって知っていて、
誰だって就活がベストな制度なんてことは思っていない。
マイナビのあの広告を見て、「こいつら狂ってる」と思わない奴なんていない。
しかし就活ぶっ壊せデモに共鳴する人間は少ない。

なぜなのかといえば、彼らはシステム全体の破壊を主張してないからだ。
確かに「就活というシステム」はぶっこわせ、と主張している。
彼らの主張にあるように、大学三年生後期から就職活動をしだすのは日本くらいで、欧米ではそういうことはない。
日本人だから「就活」などという茶番にとりくまなければならないのだ。

その一方で、日本人は生まれた頃から何不自由なく生活できる環境にいる。
もし仮に内定がでないで無職のまま過ごしていたら、生活保護を申請すれば死ぬことはない。
更に大半の大学生には、就活に失敗して内定なしで卒業しても、
「親の稼ぎに寄生する」という最高のセーフティーネットが存在する。
親の稼ぎに寄生してるNEETがネット上で生活保護を叩くという光景を見たければ、ν速にでも行けばいい。
とにかく、セーフティーネットは整っている。

権利と義務の関係で考えるなら、就活という理不尽なイベントは大学生の「義務」であり、
就活に失敗しても生活保護がもらえたり、親に扶養し続けてもらえたりするのは「権利」である。
そういう部分では日本の社会制度はよくできていて、
「人並に生きたい」などと思わなければ、どんなに無能でコミュ障でも、飯に困ることはない。
そういうシステムになっている。

就活ぶっこわせデモをやっている人々の主張をよくきいてみよう。

「学生に勉強する時間を」
リクナビつぶれろ、マイナビつぶれろ」
「(採用活動の)早期化反対」
「大学は就活予備校じゃない」

これらは一言で集約できる。

「俺達に、もっと楽に就職させろ」

こういうことだ。
要するに彼らの主張は、「バブル期の就活に戻せ!」というだけの主張なのだ。
おそらくは経済・経営への理解は一ミリもない、徹頭徹尾自分の視点でしかものが見れない人間が集まったデモ。
そんなものは、最初から共感が得られるはずもない。

その昔、学生運動はシステムそのものをマルクスの思想なんかを使って破壊しようとする運動で、若者を惹きつけたけれども、
「就活ぶっこわせデモ」は「自分が得する部分はシステムそのままで、どうしても嫌な部分があるんで、そこだけ変更しろやおら」
という主張をしてるだけであるから、往年の「体制批判家」であった中年へのウケも悪い。

就活ぶっ壊せデモが冷ややかな目で見られたのは、残念ながら当然のことだったのだ。

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