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四十三庵

蔀の雑記帳

学習塾のモラルハザード

仕事 マネー

さて、前回の「大学一年生のためのアルバイトガイド」で、「塾講師はやめとけ」と書きました。
そもそも学習塾というのは、「教育」と「ビジネス」(=金儲け)という、相反するものを両立させている組織です。
教育と金儲け。
この水と油みたいなものを両立させているのが、学習塾なのです。
もっというと私立学校もそうです。

  • 理想の学習塾

なぜ親が子供を塾に通わせるのでしょうか?
学校だけだと、出来の悪い子供の学力が心配だからですね。
学習塾も「ひとつ上が、見えてくる。」みたいに、学力向上を売り文句にしていますね。

つまり学習塾の目的は、「学力」を向上させることなのです。

生徒も親も省略すると、極めて単純な構図になります。
生徒と親が含まれると、ちょっと複雑になります。

親は学習塾に金を出す。そのかわりに教育サービスを買うことで、自分が子供に教育しないですむ。
子供は塾の教育で、学力を得る、と、そんな構図。
しかしこれは理想的な塾のありかた、の図。
現実の学習塾はこうなっていません。

上の構図には、「親」「生徒」「塾」という三人のプレイヤーが登場します。
しかし各プレイヤーは、実際の所「学力」を目標として行動していません。

親も親で、子供の学力を上げて欲しいとは思ってるけれども、
自分の息子のことは一番よくわかってますから、親として表には出さないけれど、
「まあこんなもんかな」というラインはわきまえているものです。

学力があがらないとわかっていても、子供を塾に通わせるのは、
周りの親も通わせているし、もしかしたら上がるかもしれないという淡い期待。
将来子供が大人になったときに、「人並の教育は施してやった」と胸をはるための大義名分のための浪費。

神社へのお賽銭に近い感覚です。

  • 生徒

学力って平たく言えばテストの点・偏差値なんですけど、実際塾でちょっと勉強したくらいで簡単に上がるものでもありません。
一番学力で効くのは、本人の元々の能力でしょう。
それは先天的なもので、除外するとしたら、次に一番にくるのが勉強時間です。
よく進研ゼミなんかでは、長時間ガリ勉してるライバルに、チャレンジやって短時間に効率的な勉強をした主人公が打ち克ちますが、
同じ質の勉強を、長時間やってる生徒と短時間しかやらない生徒だったら、長時間やってる生徒の方が当然学力は上がります。

しかし多くの中高生は、学力はあげたいと思っていても、勉強時間は増やしたくないと思っています。
もっというと勉強時間増やすぐらいだったら学力今のままでもいいや、くらいなことは思っています。

最初に書いたとおり、塾は教育機関ですが、その前にれっきとした営利企業です。
河合塾なんかは一年で450億くらいの粗収入があるようですが、「学校法人」として、
「教育」の提供を第一義におき、営利を第一目的にしない点を強調しているようです。
(参考)
しかし、大手学習塾になると株式上場を果たしている、立派な株式会社で、
公式サイトにいけば財務情報も見れますので、ちょっと知恵のある高校生であれば、
自分の通ってる塾が利益出してるか損失出してるか見れます。
大手が“勝ち組”“負け組”に二極分化 市場縮小で加速する業界再編と淘汰

企業の一番の目的は、「利潤」です。
おや、ここで一つ問題が出ますね。
最初塾の目的は「学力」向上だったのに、ここで「利潤」という新たな目的が出てきてしまいました。
どうしたらいいでしょうか?
生徒の学力が上がらなくても、塾の経営者・講師は死にませんが、
会社の利潤が出なくて倒産したら路頭に迷う事になりますね。
じゃあ上手いこと学力はうやむやに誤魔化して、利潤はきちっとあげよう、というのが塾の立場です。
一部の「良心的」な塾を除きます。いやホントにこれは強調しますが)

  • 現実の学習塾

3つのプレイヤーが、実は学力を求めていないことが明らかになった所で、
さっきの構図を書きなおしましょう。これが現実です。

親は塾に金を払うことで「教育を受けさせている」気分に浸れる。
子供は親に塾へと通わされるけれど、塾に行けば友達に会ったり、講師の人も雑談ばっかで学校の授業より面白いから、まあいい。
塾は金が入ればそれでいい。

教育業というよりは、もう完全なサービス業だと思ったほうがいいのです。

  • 人気講師と不人気講師

僕が河合塾に冬期講習・夏期講習に通ってた時代も、人気講師と不人気講師がいました。
僕が見た人気の英語講師がいました。
最前列に普段の生徒か、浪人生かと思われる「信者」が何人か座って、授業前に軽く話していました。
彼のトークは確かに面白かった。

「内海ちゃんがまた打たれてね〜。まあもう期待してないんだけど」
「夏期講習はアンケートやってるんだけど、その評価がさ〜。『とてもよい』『よい』『ふつう』。ここまではいいじゃん?
でもそっから、『わるい』とかになるわけよ。『わるい』とかつけられるとさ、普通に悪口でしょ? キツイじゃん?
まあ『わるい』ぐらいならまだ耐えるけどさ、『とてもわるい』とかつけられちゃったらさ、耐えられないよ俺。
だからね、事務の人に言ったわけよ。『ふつう』まででいいんじゃないかって。『どうして現場に血が流れるんだ!』ってね」
(あ、字に起こすと全然面白くない)

で、英語の授業は何をするかっていうと、淡々とテキスト読んで、パラグラフリーディングの指導をするだけ。
まずパラグラフに番号を書かせる。
そして1から読んでいく。
重要な表現が出てくると、「ここ、マーカーでチェック!」とか言う。
わかりやすくはあったが、果たしてこれで読んだことになるのか。英語力はつくのか。
最前列にいた「信者」たちはどこに行ったのだろう。僕は知りません。