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四十三庵

蔀の雑記帳

人間の初期賦存量(格差社会の根元)

論考

こんなゲームを考えて欲しい。
わかりやすいようにドラクエにしよう。

プレイヤー1は、スタートからステータス平均より高め、所持金1000万円でスタート。
プレイヤー2は、スタートからステータス平均、所持金500万円でスタート。
プレイヤー3は、スタートからステータス平均以下、所持金100万円でスタート。

プレイヤー1〜3のどれになるかどうかは完全なるランダムで、自分で選ぶことはできない。
なお大体比率はプレイヤー1になるのが10%、プレイヤー2が84%、プレイヤー3が6%。

恐らくこんなゲームはクソゲーの部類で、アマゾンレビューでは酷評の嵐だろう。
しかし心配しないでほしい。
こんなクソゲー世の中では売られていない。
しかし似たようなものを我々はプレイさせられている。
人生という名のクソゲーだ。

  • 初期賦存量

大体日本人の所得分布はこんなもんだ。

さっきプレイヤー1が10%とか書いたのは、大体この分布によっている。
年収一千万以上の世帯が10%、100万円以下が6%、その他が84%という意味だ。

格差社会と言われるけれど、日本はアメリカに比べれば多少状況はマシで、
アメリカほど新自由主義に染まらなかったので、結果として所得分布の偏りは相対的に抑えられている。
しかしバブル期に「一億総中流」という幻想にどっぷり浸っていた人にとっては、
「日本にも貧困問題が存在する」というごく当然の事実は衝撃だったらしい。

血縁関係に基づく遺伝的能力、財産、人脈などを「初期賦存(ふぞん)量」と呼ぶことにしよう。
この言葉がわかりづらかったら、「初期ステータス」だと思ってもらえればいい。
本来は資源が国にどのぐらい埋蔵しているかを示す用語らしい。
これをここでは人に対して使おうと思う。
後天的な要素を一切排除して、純粋にその人がどの程度恵まれているか、という概念だ。
ざっくり

1.親の所得(より正確に言えばその中から子供に費やされる教育費・遺産など)
2.出身地
3.親からの遺伝的要素(知能、身体能力、容姿、性格、持病)
4.その他の測定不可能な影響

の4つにわけられる。
1は説明するまでもないだろう。
2は、どこの国に産まれるかは勿論、同じ国でも都市部か田舎かで随分違う。
3に遺伝的要素は全て入れてしまった。
4は「その他」だけれど、これも実はかなり重要。
たとえば必ずしも親が高学歴だからといって、子供が同じような学歴を得るとは限らない。
僕の知ってる大学教授の息子は結構残念な感じになっている。
「親からの遺伝が全て」と思ってる人間は、二つの点で間違っている。
一つは、後天的な努力でそれなりに先天的な条件はクリアできる場合がある。
もう一つは、親からの遺伝子そのものがクリティカルな要因なのではない、ということだ。
スポーツ選手の息子が、比較的スポーツ関連に進みやすいのは、
彼らが遺伝的にスポーツの才能が受け継がれているというよりも、
幼少期からスポーツ選手の家で育って、体を鍛える器具や練習にアクセスしやすい、という環境的な要因が実は大きい。
長嶋一茂もカツノリもお世辞にも父親の才能を受け継いでいるとは思えなかったが、
それでもプロになったのは、「親の七光りが最大限活用できる環境で」という打算もあったかもしれないが、
やはりそれ以上に家に野球道具がいっぱいあって、親の会話にも野球の話がたくさん出てきて、
「自分もやりたい」と思ったのが大きかったんだろう。
(本人にきいた訳ではないが)

  • 一人のプレイヤーとして

この流れだと「格差社会を是正しよう!」とかそういう展開になりそうだが、このブログだと残念ながらそういう方向には行かない。
日本のような自由市場経済では、ある程度受け入れなければいけない不平等である。
どうしても受け入れたくなければ、「そういう国」に行けばいい。
しかし共産主義経済が自由主義経済と比べて、明らかに生産活動を停滞させるシステムであることは、
はっきりした結論がでないことで有名な経済学での、数少ないはっきりとした結論である。

1〜4が極端に低い状態で産まれてしまった人もいるだろう。
初期賦存量の差は、後天的な努力で埋めることが、ある程度できる。
プレイヤーとしての我々が出来るのは、人生というクソゲーをプレイするために、
自分の初期賦存量を受け入れて、割りきって、生きていくことしかできない。

  • 出典

平成21年 国民生活基礎調査の概況