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四十三庵

蔀の雑記帳

経済と経済学についての僕の考え

  • 経済と経済学

経済学が胡散臭い・信用ならない学問だと思う方は結構いると思う。
僕自身も経済学部入ったときに、経済を知りたかったっていうのと、
「胡散臭い胡散臭いって言われてるけど実際どうなんだろ?」という懐疑的な思いがあった。

たとえば「リーマンショックを防げなかった(予測できなかった)から経済学は後付けの机上の空論だ」という批判がよくある。
それはまあ「明日の日経平均が経済学で読めるか?」という話になって、
ミクロとマクロの教科書ぱらぱらめくってもらえばすぐわかると思うが、そんなことはできない。
あらゆる学問がそうであるように、完全に現実をトレースできるモデルなどというのは存在しない。
「患者が死んだから医学は役に立たない」
「骨折れたから物理学は役に立たない」
という批判と同じである。
(ただ経済学のモデルの妥当性は疑わしすぎるのではないか、という批判はご尤も。後述)

だからといって、全く何も言えない、というほど経済学が経済から乖離しているわけではない。
最近はユーロ危機が関心を集めているが、ユーロは発足当初から経済学者は「構造的欠陥を抱えている」として、批判してきた。
ユーロ誕生から、リーマンショックまでの7〜8年くらいは、彼らの批判は大外れして、
「ま〜た経済学は」という扱いになってしまい、誰も構造的欠陥を大声で主張する人はいなくなってしまった。
けれどユーロ危機で分かる通り、実は経済学者の批判は妥当であった。

つまり経済学と経済は、完全に乖離している訳ではない。
しかし微妙にズレている、と僕は考えている。

経済←(ズレ)→経済学

  • 経済学の理論と実証

ただ経済学のモデルの妥当性は疑わしすぎるのではないか、という批判はご尤も。
ミクロ、マクロを学んで、
「なるほど経済ってこういうモンだったのか!」
と思う奴はいまい。
経済学の現実妥当性に対して、二つの方向性がある。
一つは計量経済学で、現実のデータと照合してモデルの妥当性を点検することである。
(ただ今僕も結構軽量は勉強進めたけど、結局は経済のデータが不完全すぎて結構アレだったり)
もう一つの方向性としては行動経済学がある。
心理学と経済学の学際分野で、ちょっと脚光を浴びた。
経済学に不満がある人は結構納得する内容じゃないかと思うけど、
アレだとマクロモデル立てるのが多分不可能という重大な欠陥がある。

何はともあれ、理論と実証のバランスをとるのが、経済学の現実性を担保する上で重要となる。
現状、計量経済学が実証の役割を担っている。

・経済学
理論←→実証
(ミクロ・マクロ)←→(計量)

実体経済を読むためにも、二つの方向性がある。
官公庁の出している統計や会計情報を読んで全体を把握するか、
日経だの経済誌だの自分の身の周りの人々だのから個別事象を把握するか。
経済学でいうマクロとミクロだと考えるといいか。

・経済
全体←→個別
(統計・会計)←→(ニュース・知り合い)

  • まとめ

以上の関係を一つの図にまとめると、こんな感じ。

この「四十三庵」というブログの主目的は、この「経済」の側にあるのですね。
経済学を扱うこともまあありますが。(了)