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四十三庵

蔀の雑記帳

憲法ノート

1.憲法の改正の「限界」と日本国憲法制定の際の諸問題を述べよ

 シェイエスは「憲法につくられた力」と「憲法をつくる力」に二分し、カール・シュミット憲法律と憲法の基本原則に二分した。憲法改正において改正できるのは前者の「憲法につくられた力」や「憲法律」であり、後者の「憲法をつくる力」や「憲法の基本原則」は改正することができない。前者は国会の規定や諸法律であり、後者は「憲法改正権」に他ならない。
 憲法改正権は憲法から産まれた力であり、憲法の根底にある基本原則は改正することができない。もし根底にある「憲法の基本原則」を改正するのであれば、それは最早改正ではなく、「革命」である。大日本帝国憲法から日本国憲法への移行の際には、形式上は明治憲法の改正という形になっているが、それが「憲法の基本原則」が改正されていると解釈すれば、日本国憲法憲法改正の限界を超えて制定された憲法であり、これが日本国憲法無効論の根拠となっている。
 この日本国憲法無効論に対して、日本は太平洋戦争終戦の際にポツダム宣言を受諾しており、「無条件降伏と民主主義の徹底」という国際法上の要求を飲んでいる、これによって日本の憲法に「革命」が起きたのだと考える学説を「八月革命説」という。ポツダム宣言受託により国家の主権は天皇から国民へと移行しており、新たに主権を持った国民が日本国憲法を制定したこれにより明治憲法から日本国憲法の移行を一応は正当化できる。

2.国民主権論の二つの思想と日本の規定について述べよ

 国民主権論には大別して二つの系譜がある。Nation主権とpeuple主権である。Nation主権は代表的な論者はシェイエスで、peuple主権はルソーである。両者はどちらも「国民に主権がある」という民主主義の根底となる思想であるが、根本的に違うのは「国民」の定義である。Nation主権によれば、主権は全体としての国民(Nation)に由来するため、実際に主権を持つのは選挙などによって国民の中から選別された代表者であるが、peuple主権によれば、主権は個々の国民一人一人(Peuple)に由来するため、直接投票などの手段によって国民一人一人が主権を行使すべきである。よって具体的な政治制度に関しては、Nation主権は間接民主制へ、peuple主権は直接民主制へと反映されていくことになる。
 現状日本では間接民主制がとられていて、Nation主権が主流となっている。しかしPeuple主権も国民主権論上重用な理念であり、間接民主制においても人民投票(レファレンダム)を一部採用すべきという考えもあるが、現状日本の法律上(代表である)国会議員立法権を行使するという規定が存在するため、人民投票は法的拘束力を持たないとする考えが主流である。しかしイギリスに「勧告的人民投票」という制度がある。これは、投票結果は法的拘束力は持たないものの、国民投票結果が民意の反映となっており、無視した場合、国会は次回の選挙で影響を受けるために実質的に政治的効力を持つというものである。このような形でNation主権に基づいた間接民主制のもとでも、Peuple主権的な思想を活かすことができる。

3.男女平等における形式的平等と実質的平等について述べよ

 日本国憲法14上に法の下の平等が定められていて、「人種、信条、性別、社会的身分」によって法的な差別を受けないことが規定されている。男女平等はこの14条より法的正当性を持ち、行政権とともに立法権をも規定している。
 国際的には女子差別撤廃条約国連総会で採択され、日本も「男女雇用機会均等法」を制定して、それに批准した。その中に「母性を尊重する」という文言があり、これが法律上の男女平等がけして単なる形式的平等に堕すものではないことが示されている。つまり男女の労働条件を完全に同一にした場合、女性は出産や育児の機会を奪われることになる。女子差別撤廃条約男女雇用機会均等法において示されている男女平等はそのような形式的平等ではなく、実質的平等である。賃金や昇進、業務内容などにおける女性に対する劣等的地位を改める一方、育児休暇や出産休暇の取得なども義務付けることで、男女の性差に配慮しながら、実質的な男女平等を目指すものである。
 日本の法律には男女平等に関して様々な問題がある。1)結婚年齢が男性18歳女性16歳であること 2)六ヶ月の再婚禁止機関 3)夫婦同姓 4)非嫡出子の相続権が嫡出子の半分であること などである。

4.政教分離について目的効果論の内容を述べ、それが津地鎮祭の判決にどうあらわれているか述べよ

 目的効果論とは政教分離についての一つの尺度を示す理論である。ある政治的行為が政教分離に違反すると認められるとき、その行為は必ず特定の宗教に便宜を与える目的があり、また特定の宗教への信仰を促進する効果が認められねばならない。
 津地鎮祭訴訟は一審では地鎮祭は習俗的行為であるとして合憲、二審では地鎮祭は宗教的行為であるとして違憲という判決が下ったが、結局最高裁ではこの目的効果論によって合憲という判決が下った。地鎮祭は宗教行為ではあるが、目的は工事の安全を願うことであり、効果も神道への利益供与とは見做せないという理由である。
 現在主流となっているアメリカ最高裁の基準では、目的、効果に加えて、もう一つ「過度のかかわり合いの禁止」を加えた三つ基準によって判断するのが主流であり、日本の判例でも愛媛玉串料訴訟の違憲判決にその三つの基準が反映された。

5.表現の自由に優越的地位が置かれている理由を述べよ

 表現の自由には自己実現の価値、自己統治の価値があるため、「二重の基準」と呼ばれる厳格な基準に基づいて優越的な地位が許されている。「二重の基準」とは、(1)規制は最小限 (2)厳格な違憲基準の二つである。特に「厳格な違憲基準」については審査基準があり、(2-1).明白かつ現在の危険 (2-2).漠然性のゆえに無効の法理の二つををも満たさねばならない。前者の「明白かつ現在の危険」とは、(2-1-1)実質的害悪が明白かつ現在に存在する (2-1-2)実質的害悪が重要である。(2-1-3)当該規制手段が害悪回避に必要不可欠である という三つの基準に細分化出来る。また「漠然性のゆえに無効の法理」は曖昧模糊とした規制の存在によって個人の創作活動・表現活動が公表前に規制に抵触する危険性を恐れて発表を自粛してしまう「萎縮効果」の回避を狙いとするものである。また「事前抑制の禁止」により、表現の前に公権力によって抑制することは禁止されている。

6.生存権についての三つの学説を述べ、朝日訴訟の判決にどう反映されているか述べよ

 憲法25条に規定された生存権には三つの理論がある。プログラム規定説、抽象的権利説、具体的権利説である。プログラム規定説は憲法25条の規定は政治的マニュフェスト、つまり政府が達成すべき努力目標であって、具体的な権利・義務を発生させないという考えである。抽象的権利説は、現在法学で主流の見解であり、内容は憲法25条の生存権の規定は効力を持つが、それは生存権を規定した法律・制度の効力による、間接的なものであるという考えである。この考えによれば、法律の規定が存在しなければ、生存権は保障されないことになる。具体的権利説は、憲法25条が効力を持ち、なおかつ直接適用ができるとする考えである。
 朝日訴訟最高裁判決では、抽象的権利説を判決の趣旨として述べながら、結論部になるとプログラム規定説を採用するものとなった。つまり判決では憲法25条の生存権が「生活保護法」によって効力を間接的に持っているとしながらも、判決の結論では「厚生大臣の専門技術的裁量に委ねる」とした、詭弁的判決となった。

7.教育権についての二つの学説を述べよ

 国家教育権説と国民教育権説。(試験前にここまで書いた) (了)