四十三庵

蔀の雑記帳

抽象論について

就活を通じて感じた記事三つ目。

説明会の社員の話しぶりきくと、抽象論が多いのを感じました。
「『働く』とはどういうことでしょうか?」
「わたしにとって働くっていうのは、自己実現だとか、給料だとか、そういうものを超えて、一つの社会貢献です。」
「『学生』と『社会人』の違いはなんでしょうか?」
「『責任』の違いじゃないかな」*1
文系の営業とかは舌先三寸で勝負するっつートコがあるんで、仕方ないのかもしれないですが、
個人的にはビジネストークでこの手の抽象論しても何の役に立つのかなあと思うわけです。

極力このブログでも抽象論は排除する方針でやってたんですが、最近は抽象論も大事なのかなあと宗旨変えしつつあります。

  • 抽象論の無責任さ

なぜ僕が抽象論を排除していたかというと、抽象論が無責任極まりないからです。
たとえば
「あなたは身長160cmで体重70kg以上だからダイエットした方がいいでしょう」
というアドバイスは完全なる具体論で、役に立ちます。
でもこれ、相手の身長・体重が特定の数字にない人に対しては、何の役にも立たない指摘になりますね。
これを不特定多数の相手にあてはまるように、じわじわ抽象化を進めて行ってみましょう。

「身長が一定以下で体重一定以上なら、ダイエットした方がよい」

「自分で太ってるという認識があるなら、ダイエットした方がよい」

「『自分』が『自分』であるために、ダイエットした方がよい」

「ダイエットは『自分』を保つ行為だと思うから、みんな、ダイエットした方がよい」

最後の表現を使えば、痩せてる人間でもダイエットすべきだ、みたいな表現になりますね。
抽象論というのはそういう風に「誰でもあてはまるように」お茶を濁した、非常に無責任な表現です。

J-POPで「愛」とか「夢」とかそういうテーマの歌が売れて、
「税理士資格をとってフリーターから脱出しよう」とか「子供の頃から勉強しまくって医者になって一生安泰を目指そう」とか、
そういう歌が売れないのは、その手の具体論だと当てはまらない人が圧倒的多数だからです。

  • わたしが宗旨替えした訳

今でも実際抽象論は無責任だからあんましたくないという気持ちはあるんですが、最近はやや宗旨替えして、
そういう話もできないと生きていく上ではダメなんだろうなあと思うようになりました。

1)具体論しかしないと浅く見られる
なんか具体論しかしないと思想的に浅く見えるみたいですね。
企業経営者が「ヴィジョンを語れ」とか言って、訳わかんないことを新聞・雑誌のインタビューで吹いてるのは、
深い人間に見られるようにしたいからでしょう。

2)具体論は感情を害すが、抽象論は感情を害さない。
「お前デブだから痩せろ」と言われると人間反発を感じるようですが、同じ事言ってても
「人間にとって、『美しさ』って根本的なものなんだよ。『美しさ』は第一に『体型』にあらわれるよね。
ちょっとずつでいいんだ。ちょっとずつで。自分の『理想』に近づいていこう」
とちょっと抽象的に言ってやると、結果、オブラートに包めていいみたいですね。

3)時にはお茶を濁すことも必要
会社説明会で話してるときに、
「なぜこの会社選ばれたんですか?」
ときかれて、
「いや〜他の会社全部落ちて、ここしか内定なかったんで^^;」
と正直に答えるよりも、
「自分の『やりたいこと』に一番合う所だったし、社員の方々も私のことを『必要』としてくれたから」
とか言うとカッコよくなりますね。

上手く生きていくために、上手く抽象論を使っていきましょう。(了)

*1:この手の質問して抽象論を誘導するクソどもが一番厄介な存在であるのは論を俟たない