四十三庵

蔀の雑記帳

正しさの暴力性

現代の学校教育は科学的正当性に基づいている。
当たり前のように思っているけれど、昔の学校はそうではなかった。
ヨーロッパの学校では聖書の内容が必ず教授されていたし、明治から戦前の日本の学校では教育勅語を暗唱させられた。
科学よりも神が正しいと考えられていたし、科学の正当性も神の無謬性に依拠していたそうだ。


それがいつからか、科学の正当性が学校教育のキモとなった。
神や天皇を絶対的権威として、時に科学よりも優越させた時代に比べたら、進歩していると思う。


しかしながら、科学のロジックを理解できない人間にとっては、科学の正しさというのは、あるいは暴力的なのかもしれない。
教室で繰り返させる授業は、拷問に他ならず、テストは怠惰の罰としての意味合いしか持たない。
所謂落ちこぼれ*1が、往々にして暴力的であるのも、頷けるかもしれない。

*1:単に授業内容がわからずテストの点が低いというだけの意味