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四十三庵

蔀の雑記帳

証券会社とはなんだったのか(「会社が何故消滅したか 山一證券役員たちの背信」を読んで考えたこと)


この本、ずっと積んだままにしてたけど、読み始めたら面白くて、一日で読んでしまった。
読売新聞が取材して書いた本だけども、証券の知識がなくてもわかりやすく解説してある。
事実関係を整理しただけなんだけども、その分読み手の方が色々考えさせられた。
今回は単に本の要約というより、証券会社の本質みたいなのを考えたい。

簡単な山一破綻のまとめ

山一證券というのは、1997年11月に自主廃業して、倒産した証券会社だ。
この頃の日本の証券業界は、

野村證券
大和証券
日興証券
山一證券

の四社が、四大証券と呼ばれていた。

今の二十代には当然記憶にあるはずもないが、アラサーくらいだとこのテレビCMがぼんやり記憶あったりするのではないだろうか

今の証券会社とこの時代の証券会社は全然違う。
パソコンが普及する前なので、個人投資家なんてほとんどいないし、いたとしても電話で注文出さないといけない時代だ。
高度経済成長の波に乗って、山一證券は急成長した。
元々はホールセール(法人)が強くて、大口の法人顧客をガンガン獲得していった。

証券会社は、どこもそうだけども、
1)個人の資産運用を手助けするか
2)企業の資金調達を手助けするか
3)自己売買で儲かるか
この三つしか儲ける方法がない。
3)はリスキーなので、原則的には1)か2)でリスクを個人や企業に負わせて、自分は安牌に手数料収入を得る。

なので、証券会社が儲かるためには、市況が良くないといけない。
景気が悪いと、1)〜3)全てダメになってしまう。
とりわけ、突然の大不況が襲ってくると、収益へのダメージはデカイ。
山一證券の場合、体質に問題があったのは事実だけれど、トドメを刺したのはバブル崩壊とアジア通貨危機で、
その二つの金融危機に組織が耐えられなかったという話である。

なぜ山一は破綻したのか

この動画に野澤正平元社長の謝罪シーンが少し出てくる。

「社員は悪くありません!!!!!!!悪いのは全部経営陣です!!!!!」

と絶叫する「大企業の社長」の姿は、賛否両論ある。
肯定派は「倒産のときでさえ、社員のことを思っているいい社長」だと考えるし、
否定派は「社長が記者会見でこんな醜態を晒すとは日本人として恥ずかしい」と考える。
この野澤社長ばっかり有名だけれど、実は彼は破綻からたったの、三ヶ月程前に社長に就任させられたに過ぎない。
倒産の直接的原因は、野澤にはない。
そもそも彼は、社長就任の際に、約2000億円規模の簿外債務の存在すら知らされていなかったのだから。

山一證券の行った不正

今も証券会社なんて法律スレスレのことを余裕でやる体質だけれども、昔はもっと悪質だった。
それでも護送船団方式で、金融機関が潰れると金融システムが混乱するということで、本当にやばくなったら公的資金を注入してくれた。
山一は65年にも経営危機に陥り、日銀特融を受けている。
その後は、高度経済成長の波に乗って順調に立ち直り、融資金を全額返済している。

問題はバブルに入ってからだった。
86年には、「三菱重工CB事件」を起こしている。
CBというのは転換社債(ConvertibleBond)のことで、最初は社債として購入するが、
「転換価格」というあらかじめ決められた価格で株に転換することができる。
特にバブル景気のときは株価がグイグイ上がっていた。
転換社債を買えば、転換価格の二倍、三倍に株価がはねあがることがあったので、転換社債は人気があった。

で、三菱重工は四大証券にそれぞれ転換社債の発行を依頼した。
山一證券へは100億円分。
このうち15億円が総会屋にわたった。
残る85億円は誰に割り振られたのか?
検察は、この85億円が政治家にわたったのではないかと嗅ぎつけて、山一を捜査しはじめた。

結局は山一の社長候補で、事実関係を知っていたはずの成田という社員が、
検察の呼び出しを受けた日に自殺したことで、真相は藪の中となる。
証券会社は政官民で美味い汁を吸いまくる構造が出来ていた。

その後バブルが弾けて、財テクに走った大手企業の運用資金が大赤字になった。
別に「運用は自己責任で…」で通常は済ませるのだが、山一の場合、
営業が「絶対に損はさせない」という形で口約束して、資産運用をさせていた。
もっとも山一だけでなく、これは4大証券すべて同じようなことをしていた。

問題はその後処理で、野村や大和は、赤字にさせた会社に、民事裁判を起こさせた。
これは半分八百長で、裁判を起こすことで敢えて表沙汰にすることで、
かつ「和解金」という形で企業には合法的に損失を補填できる。

山一の場合、この損失を「飛ばし」で処理し続けた。
ペーパーカンパニー作って、含み損の出た金融資産をその会社に(形式的に)売る。
そうすると山一證券の帳簿の上では赤字は出ない。
それでバブルの含み損を約2000億円程処理し続けた。

いずれ株式市場が反転したら何とかなると考えていたみたいだけれども、「神風」は吹かなかった。
むしろバブル崩壊から7年後、アジア通貨危機が発生して、
三洋証券の倒産、北海道拓殖銀行の倒産が相次いで、短期金融市場は冷え込んだ。
折しも山一證券は「飛ばし」がマスコミにすっぱ抜かれていた。

決断できない組織

山一證券は最悪の結末を迎えたが、レポを見る限り、こんな形で自主廃業しなくてもよいタイミングがあった。
富士銀行に見放されそうになったとき、クレディ・スイスの協力を取り付けられる場面があった。
そこで野澤は躊躇して、「今はまだお話できるときではない」と言ってしまった。
その後山一は経営悪化が表面化したとき、クレディ・スイスに資金援助を頼もうとするが時既に遅し。
倒産直前にはメリルリンチにも支援を仰ぐが、結局は無視される。
(メリルリンチは山一倒産後に山一の証券マンを大量に受け入れた)

山一の経営者は万事そんな感じで、会議も今日何を決めたのかよくわからないまま終わるし、
社長は肯定したのか否定したのかよくわからない反応だったという。
山一の経営陣は学閥が強く、東大・一橋卒で固められていた。
野澤の前任で、山一の簿外債務を膨らました行平会長・三木社長の二人も、「自分の責任だ」「自分が決断した」とは認めなかった。

証券会社は変わったのか?

日本社会において証券会社ってなんだったのか、がよくわかる内容だった。
証券会社は儲かるためだったら、情報を隠蔽するし、政府には裏金回しまくるし、大口顧客は特別扱いする。
今は新しい金融商品ができたり、コンプライアンスとか、ネット取引とかで証券会社の役割は大きく変わったように見える。
けれど本質的にはあんまり変わってなくて、儲けるためなら何でもする、というのが証券会社の変わらない姿だと思う。

山一破綻は、日本企業の古い組織体制の問題が表面化したけれども、
外資の破綻であっても、証券会社の破綻パターンはあまり変わらない。
歴史は繰り返すというけども、山一破綻から10年後、リーマン・ブラザーズの破綻も、山一と似たようなパターンをたどることになる。
日本企業の体質特有の問題というよりも、証券会社であれば、この手の危機を起こす可能性はどこにだってある。


証券会社の存在意義はなんだろうか?
証券会社なんて全部潰れたらいいのではないか、と不祥事を見るたびに思ってしまう。
彼らがなくなったら何が困るか?
と考えてみると、個人投資やりたい人は自分で一から金融を勉強しなければいけない。
企業も上場とかあれやこれやを自分の社員にやらせなくてはいけない。
それは結構めんどくさい世の中になる気もする。

ネット化や長引く不況での投資離れが起こっても、金融の専門知識を握っているという点で、証券会社にはやっぱ存在意義がある。
右肩上がりじゃなくなった時代で、証券会社は今までのような営業スタイルでは生き残っていけない。
だからといって不況でも儲けられるようなビジネスモデルではない。
景気のいいときにがっつり個人&法人開拓して、手数料収入増やして、
不況になったときのために全力でショート噛ませて運営すると、景気の波に左右されない証券会社ができる…?

いずれにせよ、自分たちが投資しても稼げる証券会社がこの先生き残っていく気はしている。
(了)