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四十三庵

蔀の雑記帳

ピーター・バーンスタイン「リスク」はいい経済学のまとめだった

 

この本、以前からほうぼうで薦められていた本で、テーマ的にも非常に興味深かったのに、なかなか積んだまま手が出なかった。
その理由は、あまりに書き方が歴史的過ぎたからだ。
「リスク」というタイトル(原題はAGAINST THE GODS)からして、リスクに対して、
人類がどのように戦ってきたのかを書く本だという予想をもって読み始めると、
導入があって、その後に本題が始まるのだが、それがなんとギリシャ時代から始まる。
これで僕はうっ、となってしまった。

ただ、覚悟を決めて読み進めていくと、フィボナッチやパスカルといった有名人が出てきて、
著者のバーンスタインの描写がなかなか端的なんだけども戯画的に書いてあって、面白く読めるようになった。
教科書的に「◯◯を発見したパスカルは〜」という書き方ではなくて、パスカルの性格・人生なども描写しつつ、
それぞれの偉人のリスクにまつわる歴史的発見を記述する姿勢は、著者の幅広い知識がないと無理なことだろう。
ただ人文系の知識と数学の知識が、全体的には経済系の人間のスタンスでまとめられているので、
単に経済系の本を読もうと思って開くとうっ、となるし、
数学の本だと思ってもうっとなるし、当然歴史の本として読めばうっとなるし、
とにかく最初はうっとなる本なのではないかと思った。

  • なぜ「リスク」はいい経済学のまとめなのか

この本は、リスクに対して、人類がどのように科学的アプローチを行ってきたかを書いた本だ。
著者のバーンスタインは2009年に逝去したそうだ。
ハーバード大卒で、NY連銀や、投資顧問会社で勤務した経歴を持つ人で、バリバリの金融畑の人間だ。

最初はギリシャ人がギャンブル好きだった話からはじまる。
序盤は株式投資というよりは、数学の進歩についての話題が続く。
確率論、統計学の分野の重要人物たちの人生を追いながら、どのように概念が進歩していったかを記述している。
上巻では、フィボナッチ、パスカル、ベルヌーイ、ベイズガウス、ゴールトンなどの、確率論・統計学分野に大きな進歩をもたらした数学者を扱っている。
下巻から突然金融の話が中心になるが、その話題の基礎となる概念を発明したのが彼ら数学者だからだ。
下巻では、大恐慌から現代までの、金融におけるリスクの話題が続く。
マーコビッツポートフォリオ理論からブラック・ショールズ・モデルまで、更にはゲーム理論行動経済学までフォローしてるのはすごいと思った。

経済学部でも、ゲーム理論行動経済学というのは未だに中心的な扱いを受けていない。
しかしながらリスクに対応するためには、この二分野からの示唆は大きい。
そういう意味で、この本はいい経済学のまとめとなっている。
ギリシャに始まり、最新のトピックまできちんと網羅しているからだ。

−確率という不思議な概念
今でこそ我々は当たり前のように確率という概念を使っているが、歴史的に考えたらけして当たり前ではない。
今、我々は六面のサイコロで「1」が出る確率は1/6と知っている。
昔の人間は、神がサイコロの出目を神が支配してると考えていた。

数学が得意な人間でも、「確率論の分野は苦手」という人がいるようだ。
関数や幾何と比べて、確率というのは異質なところがある。
それはおそらく関数や幾何は「確実なもの」を分析対象としているのに対して、確率は「不確実性」を対象としているからだろう。
たとえば、ある直角三角形に三平方の定理が成り立つかどうかは、実際に直角三角形を書いて、確かめることができる。
それに対して確率はどうだろうか?
サイコロの「1」が出る確率は1/6である。
では試しにサイコロを六回振ってみよう。
これで常に1が出るのが一回だけだったならわかりやすいのだが、そうはいかない。
六回振っただけでは、「1」は一回も出ないかもしれない。
一回だけ出るかもしれない。いやもしかしたら六回とも「1」が出てしまうかもしれない。

論理的厳密性を追求している数学において、「かもしれない」などという表現を許す分野は確率論しかない。
数学的思考に長けている人ほど、異質に感じるのではないかと思う。

しかしながら、「確率」という概念の発見によって、リスク(不確実性)が神の与えた運命から科学の分析対象まで下ろすことが出来た。

  • 経済学の二つの大きな流れ

経済学には二つの大きな流れがある。
「全ては理論的に説明できる」と考える流れと、「人間は非合理的なので説明できない」と考える流れだ。

「説明可能」な人々の代表がアダム・スミスや、ジェボンズなど新古典派の経済学者などだ。
彼らが新古典派経済学マーコビッツやブラックのファイナンス理論、フォン・ノイマンゲーム理論を生み出した。

「非合理的」と考える人々の代表が、ケインズだ。
更にはカーネマンらの行動経済学や、リチャード・タラーらの行動ファイナンス理論。

大学の研究では、前者の「説明可能」なものの方が重視されるが、実務上で重要なのは後者の「非合理」派だ。

最後に、証券投資への示唆についてまとめる。

統計学的に考えると、「勝ち組」に賭け続けるのは危険である。
これは17章に書いてある内容なので、詳しくはそちらを参照して欲しい。
ここでは、エッセンスだけを書くに留める。

コカ・コーラ株と、名前の聞いたことがない会社の株。
あなたならどちらを買うだろうか?
多くの人間が、コカ・コーラの株を買いたがる。
誰もが知ってる大企業で、安心できるからだ。
しかしながら、リターンを測定すると、そのような「勝ち組」株のリターンはさほど高くない。
むしろ名前を聞いたことがないような会社の株の方が、成長余力がある分、高いリターンをもたらす可能性が高い。

なぜ皆コカ・コーラに投資してしまうのだろうか?
個人投資家であれば、「自分は大手企業の株を買っている」という安心感、
また「大手企業の株を持っている」というのが、一つの満足感につながっている。
会社のブランド力の差だ。
会社の友達に「俺、コカ・コーラの株主なんだよ」と自慢できるかもしれない。

ファンドマネージャーであっても、コカ・コーラ株に投資せざるをえない。
名前の知らないベンチャーの株に投資して大損失をこうむるのと、
東京電力の暴落に巻き込まれて大損失をこうむるのとでは、同じ損害額であっても、責任が違う。
「すんませんわけ分かんない会社の株買ったら大損しました」というのは本人の無能という評価になるが、
東電の株は安定しているという見込みでポートフォリオに組み込んだのですが、今回3・11という想定外の事象が発生しまして……」と言えば、
「それなら仕方ないかな」と許してもらえるかもしれない。

しかしながら、大手企業がその後十年、二十年稼ぎ続けるというのは、非常に難しい。
20年前はSONY松下電器といえば、誰もが憧れる大企業だったわけだが、今となっては見る影もなくなってしまった。

今は無名だけれど、将来跳ね上がる可能性がある株へ投資することを、「バリュー株投資」と言う。
バーンスタインさんはどうやらこのバリュー株投資の熱心な伝導者らしい。
僕の大学の教授にもバリュー株投資の実行者がいた。
バリュー株投資に関しては、また研究を深めていきたいところである。
(了 1:04)