四十三庵

蔀の雑記帳

リーマン・ショックを起こした金融マンたちの群像劇

2000年代、アメリカの五大投資銀行はこんなランクだった。

1.ゴールドマン・サックス
2.モルガン・スタンレー
3.メリルリンチ
4.リーマン・ブラザーズ
5.ベア・スターンズ

ご存知の通り、リーマン・ブラザーズという投資銀行は倒産して、リーマン・ショックの原因となった。
しかしなぜ、リーマン・ブラザーズは倒産しなければならなかったのか。
リーマンの経営陣は何をしていたのか?
政府はなぜベア・スターンズは救済して、リーマンは見捨てたのか?

そんな疑問に答えてくれるのが、この「リーマン・ショックコンフィデンシャル」という本だった。
ドキュメンタリーだが、小説のように構成されているので、物語のように読める。

たとえば、リーマンのCEOリチャード・ファルドの立身出世のエピソードが紹介されている。
事実は小説よりも奇なり、というが、ファルドの出世話なんかは小説を読んでいるようだった。
貧しい家庭に生まれ、何とか大学を卒業して、
投資銀行で書類を複写するバイト(当時はコピー機なんてなかった)をやっているうちに、
才能を認められて、金融界でのし上がっていった。
ゴールドマン・サックスモルガン・スタンレーの上流家庭の紳士淑女の集まりとは違う、
証券業界の持つ独特の猛々しさをファルドはそのまま持っていた。

リーマン・ブラザーズは、実はリーマン前にもクレジットカード大手のアメリカン・エキスプレスの傘下に入っていた。
ファルドはそこからリスクの高い不動産関連証券をテコにして、業績を立て直し、リーマンを救ったカリスマCEOだった。

  • 企業組織の経営陣は古代王朝に似ている

しかし、成功はときに人を盲目にする。
彼は側近のジョー・グレゴリーをCOO(最高執行責任者)として重用した。
これは明らかな人事ミスで、グレゴリーの権力によって、
社内で有能な人間が遠ざけられ、無能な人間が重用されることとなった。
その最たるものが、カラン・エリンという女性CFOだった。
彼女は金融は素人だったが、グレゴリーとの関係によってCFOになった。

これは中国の皇帝や、日本の将軍なんかにもよく見られた構図で、権力者が陥りやすい、
側近を自分のお気に入りで固めてしまうことだ。
権力者はただでさえ周りの細かい情報が部下経由でしか入ってこなくなる。
側近が自分に都合のいいご機嫌取りしかいなくなると、周りで危機が起こっていても、それを軽視して、対策が遅れてしまう。
中国の王朝だったら、敵に攻め込まれて、王朝が滅亡して、次の王朝が出来るんだけども、
企業の場合は損失を出したり、最悪でも倒産したりするだけなので、まだ平和だ。

  • Too Big To Fail問題

リーマンという一企業の倒産が経済に甚大な影響をもたらした。
巨大な金融機関は、「大きすぎて潰せない」(Too Big To Fail)という問題を抱えている。
そのため、レバレッジを効かせて、リスクが高い投資で成功すれば高収益で高いボーナスを得て、
失敗すれば政府に救済されるだけ、というモラルハザードが起こりうる。

したがって、リーマンショックの問題は単なる民間の金融機関だけの問題ではなく、政府部門も巻き込んだ話となる。
具体的には、FRB、NY連銀、財務省、国会が絡んでくる。

リーマン・ブラザーズ公的資金が注入されるべきだったかどうかは未だに議論があるが、
この本を読めば「なぜリーマンが救済されなかったのか」はわかる。
リーマンが破綻する前に、実は水面下で色々な救済策が画策されていた。
しかし、ファルドが持ち前の交渉力を発揮しようとして、
交渉条件を厳しくしすぎたせいで契約がまとまらなかったり、
既にベア・スターンズファニーメイフレディマックへの救済を行っていて、それが叩かれていたという政治的事情もあったりして、実を結ばなかった。

  • 大企業が一瞬で倒産する金融業界のスピード感

たとえばSONYパナソニック(こっちは最近持ち直してきたが)も、毎年巨額の赤字を出していた。
けれども、数年は持ちこたえている。
サブプライム問題」の表面化から、リーマンがモーゲージ債やCDOで損失を出し始めて、
だいたい一年でリーマンは破綻している。
この違いは、メーカーと金融という業態の違いによるものだ。

普通に生活しているとわかりづらいが、金融事業者は毎日他の金融機関から短期の借入を行っている。
コール市場という、金融機関しか参加しない金融市場があり、
そこでA銀行やB保険のダブついた資金を、C証券が借りて、翌日には返すという風なことを行っている。
なぜこんなことをしているのかというと、金融機関は自分たちの手元資金をどこかに投資していて、
実は手元にはあまりキャッシュがない状況が結構あるからだ。
金融系の大企業であっても、日々コール市場を通じて短期の借入・貸出を行っている。

リーマンが一年程で破綻したメカニズムも、ここにある。
「予言の自己実現」と呼ばれる現象で、「リーマンが破綻するかもしれない」という噂が広まる。
当然、リーマンと取引をしている顧客は、自分の資産をリーマンのファンドから引き出そうとする。
更に、リーマンに融資している金融機関は追加の担保を要求する。
リーマンは顧客が金を引き出していく中で、追加担保を捻出しなければならなかった。
しかも自分たちの保有している金融資産は、市場の悪化で目減りしている。
仮にリーマンの経営に問題がなかったとしても、(ないわけでなかったが…)
「リーマンがヤバい」という噂を市場参加者が信じてしまったら、本当にリーマンがヤバくなるという現象が起こる。

資金不足になったリーマンは、他の金融機関から借りるしかなくなる。
ところが。
「信用」を失った金融機関が、他の金融機関から資金調達するのは困難だ。
仮に資金調達出来たとしても、条件は悪くなる。
結局いつか資金繰りに行き詰まって、経営破綻ということになる。

このメカニズムが働いて、日本でも、皆が名前を知っている大手金融機関が、あっという間に倒産している。
山一證券北海道拓殖銀行日本長期信用銀行日本債券信用銀行の破綻がそれにあたる。
その辺りが「金融は虚業」と言われる所以なのだろう。

  • 金を動かすのは人

金融の世界でトップにのぼりつめた人間なので、優秀でない訳はない。
しかし、リーマンショックの前の事情を鑑みるに、彼らは競争に打ち勝つリーダーとしては優秀だったが、
金融危機を避けるために協調するリーダーとしては不的確だった。
結局は投資銀行のトップの契約のときに発揮する、少しでも条件をよくしようとする交渉力が、リーマンへの救済策を潰してしまったように思える。

リーマン・ショックを、人間の行動という観点からとらえたいのであれば、オススメの一冊だ。

(関連)
リーマンショックとはなんだったのか
昔書いたリーマン・ショックの解説記事。
(了)