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四十三庵

蔀の雑記帳

なんでも親のせいにする風潮について

論考

前置き

大学時代は結論を明確にする記事を書こうとしていた。
その目的は、自分のためっていうよりは、「そういうものだ」と思ったからという部分が大きい。
別に明確なロジックがあって、明確な結論がある文章は、それはそれでいいのだけども、
結局なところ議論する対象を、明確な結論が導けるテーマに絞ってしまう向きがあると最近思うようになった。
ここ最近は純粋に文章を書きたいという気持ちがようやく戻ってきた。
というわけで、特に結論はないんだけれども、境内の通り、自分のパーソナリティと親の関係について書いてみようと思う。

前置きはそんなところで。

きっかけ

この記事を書こうと思った直接のきっかけは、「ぼくは麻理のなか」というマンガを読んだからだ。

そんなに興味がある作品ではなかったけれど、Kindleでやすかったので買ったみた。
買ってみてから「惡の華」を描いた押見修造が描いているマンガということを知った。

最近は「君の名は。」が大ヒットになって、トランスジェンダーものの作品も結構イケるにおいがしてるけれど、
このマンガの場合、序盤は引きこもりのどうしようもない童貞大学生が、
いつもコンビニで見かけていた美少女の女子高生と入れ替わるという、よくある都合のいいストーリーとして序盤は進む。
序盤は女の子の体にドキドキしたり、女子更衣室の着替えシーンにドキドキしたり、男の妄想を叶えたような展開として話が進むが、
中盤あたりから、クラスの男からアプローチされて、部屋に上がられて押し倒されかけてファーストキス奪われたり、
その男が女子グループの別の女の子が好きでグループからハブられたり、雲行きが怪しくなってくる。
最終的には、麻理ちゃんが実はすごい心の闇を抱えていて、
そのきっかけが母親がヤバい奴で、一見優しい母親だけども、娘を自分の理想通りに育てることに執着している。
父親は優しいけれど、家庭に無関心なタイプで、麻理のことを救ってはくれない。
あんまり書くとネタバレになるのでこの辺に留めるけども、わりと最悪な気持ちになれるマンガなのでオススメしたい。

親のせいにする本とかマンガとか

人格の発達と親の影響は、かなり強い関係がある。
まあただ難しいところはあって、親がどういう風に教育しても子供は勝手に育つ部分があるので、
親の遺伝的影響やら後天的な教育やらにすべてを求めるのはどうかなという気もする。

「親が悪い」という話を真面目に突き詰めた本が、下記の本だ。

ネットでは結構有名な本かもしれない。
「毒親」というワードはこの本から生まれた。

親との関係からくる人格障害とかは、下記の新書に書いてある。

一、二週間前くらいに読んだけど、身近にいる「変な人」にあてはまるところがあったので、一読して損はないと思う。
自分にもあてはまるところがある。
ていうか、全部の人格障害に全くあてはまらない人ってそうそういないんじゃないだろうか……
現代人なら何かしらこの本に出てくる人格障害の傾向は持っていると思う。


ジャンプでやってた暗殺教室も、主人公の渚ちゃん(男だけど)が毒親持ちで、結構強烈な描写がされていた。

「おやすみプンプン」とかも家庭環境悪かったけど、あれは毒親とはちょっと違うか。
夫婦仲悪かったし、母親は情緒不安定だったけども、毒親とはまた違う感じもする。

親でどこまで説明できるか

フィクションの中で、主人公の人格を語る際に、親がどういう人間で、
どういう風に主人公と関係持ったかってことを描写すると、物語に厚みが出る。
僕としても納得感高いストーリー展開だと思うんだけど、どうなんだろうね。

X JAPANのTOSHIが洗脳されたHome of heartの手口として、
TOSHIの子供の頃のエピソードを話させて、たとえば兄弟にぶたれたとか、親に叩かれたとかそういう話を聞いて、
「そんなひどい虐待を受けたのか!!!!!」と大袈裟に反応して、その結果TOSHIは家族との関係を絶縁して、新興宗教にのめり込むことになった。
現代の家族関係が苦痛っていうのはそうなんだけど、そこから抜け出して救いがあるかというと大抵の場合は更なる地獄みたいな人間関係が待っているだけにも思われる。

終わりです。
(了)