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四十三庵

蔀の雑記帳

「山田孝之の東京都北区赤羽」

本当は「カンヌ映画祭」がはじまる直前に記事を書こうと思っていたけれど、なかなかやる気がでなくて、書けなかった。
ようやく書く。 

「山田孝之がおかしい」と言われ始めたのは、どのぐらいからだろう。
もともとウォーターボーイズとかで美少年俳優として売れて、
電車男とかウシジマくんとかで、役の幅も広げていって、演技力の評価も高まっていった。
ウシジマくんの画像を見たときは、結構イメージ変わったけれど、それもまあある意味では「俳優」という枠の中でのことであって、
ちょっとしたイメージチェンジみたいなものとしてとらえることもできた。

しかし、2014年に深刻なスランプに陥った。
その解決策が赤羽に住むことだった。
これは、そのドキュメンタリー。

どうやって見たか

Amazonビデオで見た。

プライム会員なら無料なので、ぜひ見て欲しい。

あらすじ

2014年、山田孝之は映画「己斬り」*1の撮影をしていた。
時代劇らしく、主人公は侍で、刀でチャンバラするシーンが出て来る。
「己斬り」のラストシーンは、タイトル通り、山田孝之が刀で自害するシーンという構想だった。
撮影は順調に進み、ラストシーン。突然山田は芝居をやめてしまう。監督の山下敦弘がかけよると、

「死ねないですね」

とつぶやく。困惑する山下監督。

「結局、これ作り物の刀じゃないですか。斬れないと思うんですよね」

?????????????????

「そうだね。うん」

とりあえず大人の対応をする山下監督。

「でもさ、一応、ほら、絵としては、慎之助は自害したって見えるから……物語上は慎之助は死ぬってことになっててさ」

「いや、だから、死ねないじゃないですか。僕、慎之助じゃないですか」

「ん〜〜〜〜〜、そうだね。山田くんは慎之助ではあるんだけど。そうだね。だから、う〜ん……ちょっと奥(スタッフ)うるさい! う〜んとね。慎之助が、死んだっていう体でいいや。それでやらしてもらうっていうか。あ、いや、体(てい)っていうのは違うな……」

結局休憩に入り、監督は二人きりで山田と話すが、山田は折れない。

「刀(真剣)を用意してもらうか、タイトル・結末を変えるか」

「……ちょっと両方とも厳しい」

結局この映画が世に出ることはなかった。
撮影中止後、山田は清野とおる「東京区北区赤羽」を山下監督に紹介する。

「どうでした?」

「ああ、面白かったよ」

「それだけですか?」

「え?」

「何も感じなかったですか?」

山田は漫画の中の赤羽の、確固たる自分を持った人たちの描写を見て、何か強いものを感じたようだった。

「赤羽に住もうと思ってるんです。ぼく」

この作品は何なのか?

テーマは自分探しなんだと思う。
俳優としてずっと自分の軸を作らずに、役に没頭してきた山田が、三十代で感じた壁。
どんなに上手くキャラになりきっても、本当に自害することはできない。
自害というのは極端な例で、暴力シーンでもセックスシーンでもなんでもいいのだろうきっと。
俳優として、表現者として、壁にぶちあたったのではないだろうか。

感想

この映像は、全体的に狂った雰囲気が漂っている。
時折ツッコミ不在のギャグ漫画を読んでいるような気分にすらなる。
たとえば山田が赤羽のお賽銭箱に、迷わず一万円を入れるところとか、
グッチのTシャツにダッサいワッペン入れるとことか。

赤羽という街の空気感みたいなのを先に把握しておかないと、見ていてテーマがブレてしまうと思うから、
数話でもよいので、清野とおるの漫画を読んでから臨むと、純粋に山田孝之の赤羽ドキュメンタリーを楽しめるかもしれない。

成功者の抱える闇みたいなもの

思いつく例をあげると、CHAGE and ASKAのASKAや岡村靖幸の薬物であったり、
XのToshiの洗脳騒動だったり、なんで金も地位もある有名人がそういうのに引っかかるのかなと思うけれど、
そこには成功者だけが抱える闇みたいなものがあるのだと思う。

結局成功というのは、人間の心を完全に救済することはないらしい。
成功者になってしまえば、その辺りを理解してくれる人もいないし、周りは敵だらけになる。
孤独感。虚無感。
「三十代の危機」と言ってもいいのかもしれない。
アメリカでは、成功者のためのメンタルカウンセリングがあるらしいが、日本にはそんなものないので、各自の自己責任ということになる。
山田孝之の場合、それを解決するために赤羽に住んだ。
ドキュメンタリーの展開も、完全なコーピングであるように思えた。
第一話で適応障害を起こして、色んな人との出会いで少しずつ山田の表情に人間らしさが戻ってきて、
赤羽の変わった人を集めて自作の映画をつくったり、曲を作ったり、UFOをあげたりする。

視点

このドキュメンタリー見ててすごいなあと思ったのは、
色んな人間の視点が入り乱れて作られていることだ。
けして山田孝之の視点で物事が語られていない。
山田はスランプに悩む人気俳優で、彼の悩みがこのドキュメンタリーの中心にある。

けれど芸能人様が、赤羽の「下」の連中と付き合って、自分の心の傷を癒すための道具にしているという構造はある。
このドキュメンタリーの中で、山田孝之は二度キツめの説教を受ける。
見方によっては、底辺のおっさんが山田を理不尽に怒鳴っているだけにも見えるし、
ものすごく鋭い指摘をしているようにも見えるだろう。

ちなみに僕は、後者に解釈した。
この説教をされているとき、山田はかわいそうなくらいシュンとしているのだが、
大多数の赤羽の人間なら、このおっさんの方に感情移入するのではないだろうか。

自分探しについて

このドキュメンタリーは、視聴当時の僕に何か訴えかけるものがあった。
ミスチル全盛期くらいが、自分探しブームの終わりだったと思う。

自分探しを極めると不幸になるというか、自分の中の空洞を漁り続ける作業になる気がしているのだけれど、
それでもどこかでそういう時期は必要になるのも事実なのかもしれない。
自分が何を目指していて、何を求めているのか。

さいごに

山田孝之はこのドキュメンタリーを撮っているとき、妻も子供も婚外子も居たはずだが、それはどうしたんだろうかね。
(了)

*1:この映画の撮影自体はフィクションっぽい。ドキュメンタリーのために作られた幻の映画というところか