四十三庵

蔀の雑記帳

あの四十三庵がHTTPSで配信開始!

はてなブログのSSL対応は何ヶ月か前に完了していたけれど、
独自ドメインは一向に対応しておらず、
ブログで生活している人々はWordPressに移行しまくっていたけれど、
ブログで生活していないわたくしは半減したアクセス数も放置してそのままにしていた。

blog.stm43.com
↑独自ドメインにしたとき。

↓はてなが独自ドメインのSSL対応をプレスリリースした記事。
http://staff.hatenablog.com/entry/2018/06/13/160000:embed:cte

SSL対応して出た影響として、スマートフォンデザインで入れていたコードが全部死ぬ、という現象が起きた。
リンクが死ぬ、というレベルならともかく、メニューバーが押せなくなってしまった。
なんやこれ、と思っていたら、どうやらjQueryが死んでいた模様。

http://code.jquery.com/jquery-1.9.1.min.js

jQuery参照のためのURLがHTTP形式だったため、弾かれたみたい。
幸い僕が見ていたURLはHTTPSで叩いても読めたため、変換したらSSL対応後もアクセスできた。

別に暗号化しないといけないような情報を読者から集めているブログではないのだけれども、
SSL化は時代の要請ということで、対応できてよかったです。
(了)

就職したらリア充への憎しみみたいなのが消えた

そんなに中身はない記事。
就職したらリア充への憎しみみたいなのが消えた。
大学時代は所謂リア充へのコンプレックスだとか嫉妬だとかがあった。
就職したらそれがなくなった。

一日何の予定もなくて、暇でしょうがないという日は、むしろ貴重になった。
学生の頃は飯も親が出してくれるし、部屋に一日こもっていることだったできた。
実家を出て、働き始めると、そうもいかなくなる。
部屋に引きこもるにしても、飯は自分でつくらなければならないし、
平日溜め込んだ洗濯物があったり、あれやこれやとやらなければいけないことがある。

あと社会人以降の人生において、結婚という要素があって、ゲームの仕組みが変わった感じがする。
最近まとめサイトで見つけて、大好きなコピペを紹介する。

名無しさん必死だな (スプー Sdee-6SmM):2016/02/24(水) 01:08:02.64 ID:68N1Dxuud452 名無しさん 2016年02月24日 00:36
典型的なリア充既婚者の休日生活

7:00 起床 閑静な住宅街を犬(ブランド犬)の散歩→近所に(○○さんの旦那さんカッコいいという噂)
8:00 美人妻の美味しい朝食を家族で食べる→(高級旅館の朝食の出来栄え)
10:00 コストコとイケアでショッピング
12:00 一等地のレストランでランチ
13:00 イオンシネマで映画鑑賞
15:00 三男のリトルリーグの試合観戦
16:00 長女のピアノコンクール鑑賞
18:00 カフェで妻とまったり
19:00 家族に得意料理(ステーキ)を振舞う→家族全員から大絶賛
20:00 家族でマリオカート大会(Wii U)
22:00 テラスで妻と酒飲み 
24:00 ダブルベッドで就寝

恋愛未経験者および独身者はどう足掻いても勝てません
悲しいなゴキニート
http://yakiumin.blog.jp/archives/25844537.html

こういうことや。わかったな?
(了)

押見修造「血の轍」の不可解なシーンを解釈する

押見修造の「血の轍」というマンガの解釈について。
現在三巻まで出ていて、雰囲気がよさそうなので読んだ。


この表紙のキレイな母子だけで怖さを感じさせるのはさすが

あらすじ

amazonから引用すると、

「惡の華」「ハピネス」「ぼくは麻理のなか」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」など、
傑作を次々と世に送り出してきた鬼才・押見修造氏が、ついに辿り着いたテーマ「毒親」!

母・静子からたっぷりの愛情を注がれ、平穏な日常を送る中学二年生の長部静一。
しかし、ある夏の日、その穏やかな家庭は激変する。母・静子によって。狂瀾の奈落へと!

読む者の目を釘付けにせずにはおけない、渾身の最新作!!

他のブログでも、このあらすじストーリー何も説明してねえじゃん!とツッコまれてたけども、
確かに書いてある内容からストーリー把握するの不可能だね。
ジャンル的にはホームドラマみたいな分類になんのかな?

押見修造作品は「惡の華」と「ぼくは麻理のなか」しか読んだことないんだけど、
「ぼくは麻理のなか」の後半の絵柄みたいな、
スクリーントーン一切使わない独特の絵柄で書かれている。
あと台詞が異様に少なくて、何気ない日常シーンにも緊迫感が漲っている。
麻理の家族も、母親が外面はまともな母親だけれど、異常性を内に秘めていて、
それが娘への抑圧になっているという家族の話だったけれども、「血の轍」はそれを突き詰めた感じになるのかな。

「毒親」がテーマ!みたいな紹介だからもっと露骨にヤバい人が出てくるのかなと思ってたら、
そういうわかりやすさはなくて、セリフがしぼられているせいもあって、
表情や行動から登場人物の内面を想像しなければいけない。
それはむしろ日常の人間に近いのかもしれない。
三巻まで行くと、それまでひたすら良妻賢母感を出していた静子さんが、
攻撃性をむき出しにするので、ヤバそうな感じが伝わってくるが、一巻二巻が特にわかりづらい。
今後もしかしたら「あのシーンはああいうことだったのか!」というのがわかるようになるのかも

不可解なシーンについて、いくつか解釈した。

死んだ猫は何を意味してるのか?

冒頭から、何度も何度も道端の猫の死骸のエピソードが繰り返し描かれる。
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↑アルカイックスマイル

特にこのシーンについての説明らしきものはない。
当初「母親が実は猫を殺した……?」とか色々考えてみたんだけど、下記のブログの解釈がよさそう
kawa-soe.hatenablog.com
家猫を外に出したとき、世界のことを何も知らないので、すぐに車に轢かれて死んでしまう。
つまり猫=子供。
子供が轢かれないようにちゃんと守らないといけない。
「どうして?」と問う子供に対して、静子は特に答えを出さず、優しい笑みを浮かべる。
その笑みは多分聖母の微笑みとして描かれていて、実際その瞬間の静子は母性で溢れているのだと思う。
冒頭のシーンは、「あなたの命は私が守る」という眼差しなのだと思う。

第一話の終わりで、そのエピソードを夢で見た主人公は、母親にその話をする。

「もう、」
「あれから10年も経ったんかい。」

と懐かしく振り返ったあと、静子は静一の両手の頬を優しくおさえて、
性的なものすら感じさせるような眼差しで静一を見る。
さすがに中一の男の子なので、バッと母親の手を振り払って、拒絶する。
このシーンもギリギリの不穏さがあって、
「このぐらい過保護な母親っているよな……」と思わなくもないので、日常シーンの描写として許容される範囲ではある。
ただ作品のテーマ的に、こんなシーンからも不穏さが漂ってくる。

母親のちょっと気持ち悪い愛情表現から逃れて、部屋に帰ろうとする主人公に、静子は問いかける。

「でも、」
「でもあの猫…」
「どうして死んでたんかねえ。」

「さあ…」
「車にひかれたんじゃねぇん?」

「そっか…」
「そうだいねぇ。」

その答えに静子はどこか満足そうな笑みを浮かべている。
主人公が生まれてから13年間、静子はそういう世界の悪意から主人公を守ってきた。
つまり私があなたを守ってこなかったら、あなたは車に轢かれて死んでいたのかもしれない。
猫の死因について、13歳になった息子が的確に答えたことで、
3歳の頃と違って、自分が母親から守られてきたことを自覚している、と静子は感じて、満たされたのではないだろうか。

静子はなぜしげちゃんを殺したのか?

静子は山登りにいった際に、親戚の息子を主人公の目の前で崖から突き落とす。
第六話の時点だと、この殺人はあまりに唐突で、
過保護扱いされてブチ切れたくらいにしか解釈できないと思う。

しかし第三巻まで読んでいくと、第一巻の何気ない描写の中に押し込められていた静子の不満が明らかになる。
第六話でしげちゃんを落とした次の話で、はじめて静子は異常性を明らかにする。
虚ろな目でブツブツとこんなことを唱える。

「ちっとも・・・ちっともアレじゃない。仲良しだわよね」

「今さら何言ってるん? 全部 遅いのよ。全部 遅いの」

「女中じゃないのよ 何回言わせるん?」

「ふんだ…もう おうち帰りましょ。」

「ほーらこんなにタバコ吸っちゃったんだから。」「汚いんさ水が。」

「掃除なんかしたくないの」
「見てみ?ほらこんなに綺麗…私こんなの初めてなの…」

意味不明なことを口走っているようだけど、
セリフが極端に絞られたこのマンガで、これだけ静子が喋っているのははじめてだ。

静子というキャラは、母親という役割以外は何もない。
母親という役割でいる限りは、少し過保護だけれど、いい母親だ。
なので、しげちゃんを殺害するまで、そもそも静子という人間が何を考えているのかすらよくわからない。

しげちゃんは、旦那の姉の息子だった。
夏になって、土曜も日曜も毎週主人公の家に来た。
主人公としげちゃんが遊びたいから……という名目だが、母親的にはかなり迷惑だ。
田舎の家族らしい図々しさで、これも明らかに異常というほどではない。
普通のマンガだと、一人になったときに溜息をつく静子の描写とか、
来る前に嫌そうにするとか、やんわり嫌だとにじませるのだろうが、第二話では静子はずっと笑っている。
図々しい義理の姉に対して、ずっと笑っている。
よく読むとこのマンガ、静子の作り笑いと本当に笑っているシーンが描き分けられているが、
第二話の静子はずっと作り笑いの方で笑っている。

第六話の時点だと、家に入り込んでくる外敵から、自分たちを守った、という解釈が可能だったと思う。
けど第三巻で、

「これは私の家じゃない。」

というセリフが出て来る。

母親としての静子は模範的だけども、人間としての静子を第六話までの時点だと全く知らない。
はじめて静子の人間性が出てきたのが、第七話の独白なんだと思う。

「ちっとも・・・ちっともアレじゃない。仲良しだわよね」

アレが何を意味しているのかはわからない。
「フェアじゃない」ともとれる。義姉と自分の家事負担が釣り合わないともとれる。
「好きじゃない」とか。
いずれにせよ、息子以外の家族に向けられた言葉であるのは明らかだと思う。

静子も異常な事態に動揺していて、普段の良妻賢母としての仮面を保てていない。
日常生活の不満と、たった今犯してしまった殺人への言葉が交互に書かれているのではないだろうか。

「今さら何言ってるん? 全部 遅いのよ。全部 遅いの」

これは捜索に行った家族に対してと思われる。
しげちゃんは死んだんだ、と言っているのではないか。
静一を全力で守ろうとした自分を、皆が過保護と言って笑ったけれど、
一歩間違えたら静一がこうなっていたんだぞ、わかったか、と言いたいようにも思える。

「女中じゃないのよ 何回言わせるん?」

これは日頃の不満。
義姉が毎週来てたということは、その間義姉は家事から解放されて、二人の分の飯も自分が作っていた。

「ふんだ…もう おうち帰りましょ。」

現実逃避。
はやく日常に帰りたいという気持ち。

「ほーらこんなにタバコ吸っちゃったんだから。」「汚いんさ水が。」

これは日常の不満。
義姉がタバコを吸う描写はないので、父親に対してであろう。

「掃除なんかしたくないの」
「見てみ?ほらこんなに綺麗…私こんなの初めてなの…」

そしてこれが一番よくわからなかったセリフ。
おそらく、日常と今が混濁していて、
日頃は家政婦みたいに扱われいることを不満に思っている。
「こんなに綺麗…」と言っているのは、しげちゃんを殺したことに対して、と考えるとすっきりする。
綺麗に掃除したときの爽快感と、ずっと憎かった親戚の子供を突き落とせた爽快感が、
静子の中で一致して、混濁している、という描写なのではなかろうか。

家を守るためのサイコパス母親の殺人というか、
もともと社会に対して憎悪を持っている人間が、母親になったことでそれだけが意味になって、
息子に対して歪んだ愛情を持っているような気がする。
静子にとって、静一は恋人やペットに近い。
自分の思い通りになる存在であり、唯一の存在理由になっている。

静一を守るために殺したのではなくて、
単にそれまで溜まっていた鬱憤を晴らすためにしげちゃんを殺した、と解釈するのがいいと思う。
母親として押し込められていた彼女の人間としての感情が、殺人によって回復した。
彼女に罪の意識があるのかどうかよくわからない。

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ていうかこの扉絵の猫の顔、後々出てくる寝たきりになったしげちゃんの顔と一緒なんですね。。。こわ。。。

「血の轍」の意味

轍というのは、車輪の通った跡のことだ。

今のところ、繰り返し出て来る猫の死んだシーンの、猫を轢いた車がつけた跡と考えるのがいいだろう。
轢かれた猫はしげちゃんで、その車を運転していたのは母親。
血がついた車輪の跡は、いつまでも主人公の中に残る。

このマンガのテーマからして、血というのは明らかに血縁関係を意味している。
であれば、「轍」というよりは、「鎖」とかの方がよさそうだ。
「轍」というのは後ろ向きにできるものであって、今のところあまりピッタリ来ているとは思えない。

ここからは予想だけども、主人公は今中学一年生だけども、
成長した後のエピソードがこれから描かれるのではないだろうか。
単行本のおまけページの時系列を見ると、
主人公が1981年生まれ*1なので、第一巻〜第三巻は2017年のマンガとしては少し時間が古い。
未来の話になったとき、「轍」というタイトルが、何か重い意味を持ってくるのではなかろうか。
(了)

*1:(作者が81年生まれなので、単に自分が書きやすい年代にあわせてるだけかもしれないが