四十三庵

蔀の雑記帳

押見修造「血の轍」の不可解なシーンを解釈する

押見修造の「血の轍」というマンガの解釈について。
現在三巻まで出ていて、雰囲気がよさそうなので読んだ。


この表紙のキレイな母子だけで怖さを感じさせるのはさすが

あらすじ

amazonから引用すると、

「惡の華」「ハピネス」「ぼくは麻理のなか」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」など、
傑作を次々と世に送り出してきた鬼才・押見修造氏が、ついに辿り着いたテーマ「毒親」!

母・静子からたっぷりの愛情を注がれ、平穏な日常を送る中学二年生の長部静一。
しかし、ある夏の日、その穏やかな家庭は激変する。母・静子によって。狂瀾の奈落へと!

読む者の目を釘付けにせずにはおけない、渾身の最新作!!

他のブログでも、このあらすじストーリー何も説明してねえじゃん!とツッコまれてたけども、
確かに書いてある内容からストーリー把握するの不可能だね。
ジャンル的にはホームドラマみたいな分類になんのかな?

押見修造作品は「惡の華」と「ぼくは麻理のなか」しか読んだことないんだけど、
「ぼくは麻理のなか」の後半の絵柄みたいな、
スクリーントーン一切使わない独特の絵柄で書かれている。
あと台詞が異様に少なくて、何気ない日常シーンにも緊迫感が漲っている。
麻理の家族も、母親が外面はまともな母親だけれど、異常性を内に秘めていて、
それが娘への抑圧になっているという家族の話だったけれども、「血の轍」はそれを突き詰めた感じになるのかな。

「毒親」がテーマ!みたいな紹介だからもっと露骨にヤバい人が出てくるのかなと思ってたら、
そういうわかりやすさはなくて、セリフがしぼられているせいもあって、
表情や行動から登場人物の内面を想像しなければいけない。
それはむしろ日常の人間に近いのかもしれない。
三巻まで行くと、それまでひたすら良妻賢母感を出していた静子さんが、
攻撃性をむき出しにするので、ヤバそうな感じが伝わってくるが、一巻二巻が特にわかりづらい。
今後もしかしたら「あのシーンはああいうことだったのか!」というのがわかるようになるのかも

不可解なシーンについて、いくつか解釈した。

死んだ猫は何を意味してるのか?

冒頭から、何度も何度も道端の猫の死骸のエピソードが繰り返し描かれる。
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↑アルカイックスマイル

特にこのシーンについての説明らしきものはない。
当初「母親が実は猫を殺した……?」とか色々考えてみたんだけど、下記のブログの解釈がよさそう
kawa-soe.hatenablog.com
家猫を外に出したとき、世界のことを何も知らないので、すぐに車に轢かれて死んでしまう。
つまり猫=子供。
子供が轢かれないようにちゃんと守らないといけない。
「どうして?」と問う子供に対して、静子は特に答えを出さず、優しい笑みを浮かべる。
その笑みは多分聖母の微笑みとして描かれていて、実際その瞬間の静子は母性で溢れているのだと思う。
冒頭のシーンは、「あなたの命は私が守る」という眼差しなのだと思う。

第一話の終わりで、そのエピソードを夢で見た主人公は、母親にその話をする。

「もう、」
「あれから10年も経ったんかい。」

と懐かしく振り返ったあと、静子は静一の両手の頬を優しくおさえて、
性的なものすら感じさせるような眼差しで静一を見る。
さすがに中一の男の子なので、バッと母親の手を振り払って、拒絶する。
このシーンもギリギリの不穏さがあって、
「このぐらい過保護な母親っているよな……」と思わなくもないので、日常シーンの描写として許容される範囲ではある。
ただ作品のテーマ的に、こんなシーンからも不穏さが漂ってくる。

母親のちょっと気持ち悪い愛情表現から逃れて、部屋に帰ろうとする主人公に、静子は問いかける。

「でも、」
「でもあの猫…」
「どうして死んでたんかねえ。」

「さあ…」
「車にひかれたんじゃねぇん?」

「そっか…」
「そうだいねぇ。」

その答えに静子はどこか満足そうな笑みを浮かべている。
主人公が生まれてから13年間、静子はそういう世界の悪意から主人公を守ってきた。
つまり私があなたを守ってこなかったら、あなたは車に轢かれて死んでいたのかもしれない。
猫の死因について、13歳になった息子が的確に答えたことで、
3歳の頃と違って、自分が母親から守られてきたことを自覚している、と静子は感じて、満たされたのではないだろうか。

静子はなぜしげちゃんを殺したのか?

静子は山登りにいった際に、親戚の息子を主人公の目の前で崖から突き落とす。
第六話の時点だと、この殺人はあまりに唐突で、
過保護扱いされてブチ切れたくらいにしか解釈できないと思う。

しかし第三巻まで読んでいくと、第一巻の何気ない描写の中に押し込められていた静子の不満が明らかになる。
第六話でしげちゃんを落とした次の話で、はじめて静子は異常性を明らかにする。
虚ろな目でブツブツとこんなことを唱える。

「ちっとも・・・ちっともアレじゃない。仲良しだわよね」

「今さら何言ってるん? 全部 遅いのよ。全部 遅いの」

「女中じゃないのよ 何回言わせるん?」

「ふんだ…もう おうち帰りましょ。」

「ほーらこんなにタバコ吸っちゃったんだから。」「汚いんさ水が。」

「掃除なんかしたくないの」
「見てみ?ほらこんなに綺麗…私こんなの初めてなの…」

意味不明なことを口走っているようだけど、
セリフが極端に絞られたこのマンガで、これだけ静子が喋っているのははじめてだ。

静子というキャラは、母親という役割以外は何もない。
母親という役割でいる限りは、少し過保護だけれど、いい母親だ。
なので、しげちゃんを殺害するまで、そもそも静子という人間が何を考えているのかすらよくわからない。

しげちゃんは、旦那の姉の息子だった。
夏になって、土曜も日曜も毎週主人公の家に来た。
主人公としげちゃんが遊びたいから……という名目だが、母親的にはかなり迷惑だ。
田舎の家族らしい図々しさで、これも明らかに異常というほどではない。
普通のマンガだと、一人になったときに溜息をつく静子の描写とか、
来る前に嫌そうにするとか、やんわり嫌だとにじませるのだろうが、第二話では静子はずっと笑っている。
図々しい義理の姉に対して、ずっと笑っている。
よく読むとこのマンガ、静子の作り笑いと本当に笑っているシーンが描き分けられているが、
第二話の静子はずっと作り笑いの方で笑っている。

第六話の時点だと、家に入り込んでくる外敵から、自分たちを守った、という解釈が可能だったと思う。
けど第三巻で、

「これは私の家じゃない。」

というセリフが出て来る。

母親としての静子は模範的だけども、人間としての静子を第六話までの時点だと全く知らない。
はじめて静子の人間性が出てきたのが、第七話の独白なんだと思う。

「ちっとも・・・ちっともアレじゃない。仲良しだわよね」

アレが何を意味しているのかはわからない。
「フェアじゃない」ともとれる。義姉と自分の家事負担が釣り合わないともとれる。
「好きじゃない」とか。
いずれにせよ、息子以外の家族に向けられた言葉であるのは明らかだと思う。

静子も異常な事態に動揺していて、普段の良妻賢母としての仮面を保てていない。
日常生活の不満と、たった今犯してしまった殺人への言葉が交互に書かれているのではないだろうか。

「今さら何言ってるん? 全部 遅いのよ。全部 遅いの」

これは捜索に行った家族に対してと思われる。
しげちゃんは死んだんだ、と言っているのではないか。
静一を全力で守ろうとした自分を、皆が過保護と言って笑ったけれど、
一歩間違えたら静一がこうなっていたんだぞ、わかったか、と言いたいようにも思える。

「女中じゃないのよ 何回言わせるん?」

これは日頃の不満。
義姉が毎週来てたということは、その間義姉は家事から解放されて、二人の分の飯も自分が作っていた。

「ふんだ…もう おうち帰りましょ。」

現実逃避。
はやく日常に帰りたいという気持ち。

「ほーらこんなにタバコ吸っちゃったんだから。」「汚いんさ水が。」

これは日常の不満。
義姉がタバコを吸う描写はないので、父親に対してであろう。

「掃除なんかしたくないの」
「見てみ?ほらこんなに綺麗…私こんなの初めてなの…」

そしてこれが一番よくわからなかったセリフ。
おそらく、日常と今が混濁していて、
日頃は家政婦みたいに扱われいることを不満に思っている。
「こんなに綺麗…」と言っているのは、しげちゃんを殺したことに対して、と考えるとすっきりする。
綺麗に掃除したときの爽快感と、ずっと憎かった親戚の子供を突き落とせた爽快感が、
静子の中で一致して、混濁している、という描写なのではなかろうか。

家を守るためのサイコパス母親の殺人というか、
もともと社会に対して憎悪を持っている人間が、母親になったことでそれだけが意味になって、
息子に対して歪んだ愛情を持っているような気がする。
静子にとって、静一は恋人やペットに近い。
自分の思い通りになる存在であり、唯一の存在理由になっている。

静一を守るために殺したのではなくて、
単にそれまで溜まっていた鬱憤を晴らすためにしげちゃんを殺した、と解釈するのがいいと思う。
母親として押し込められていた彼女の人間としての感情が、殺人によって回復した。
彼女に罪の意識があるのかどうかよくわからない。

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ていうかこの扉絵の猫の顔、後々出てくる寝たきりになったしげちゃんの顔と一緒なんですね。。。こわ。。。

「血の轍」の意味

轍というのは、車輪の通った跡のことだ。

今のところ、繰り返し出て来る猫の死んだシーンの、猫を轢いた車がつけた跡と考えるのがいいだろう。
轢かれた猫はしげちゃんで、その車を運転していたのは母親。
血がついた車輪の跡は、いつまでも主人公の中に残る。

このマンガのテーマからして、血というのは明らかに血縁関係を意味している。
であれば、「轍」というよりは、「鎖」とかの方がよさそうだ。
「轍」というのは後ろ向きにできるものであって、今のところあまりピッタリ来ているとは思えない。

ここからは予想だけども、主人公は今中学一年生だけども、
成長した後のエピソードがこれから描かれるのではないだろうか。
単行本のおまけページの時系列を見ると、
主人公が1981年生まれ*1なので、第一巻〜第三巻は2017年のマンガとしては少し時間が古い。
未来の話になったとき、「轍」というタイトルが、何か重い意味を持ってくるのではなかろうか*2
(了)

*1:(作者が81年生まれなので、単に自分が書きやすい年代にあわせてるだけかもしれないが

*2:あとで真面目に調べたら、ボブ・ディランのアルバムからだった…

3333人フォロワーがいたTwitterアカウントを消して生活が一変した

ちょっと前から、Twitterのアカウントをすべて消して、ブログのコメント機能も消した。
ノリでFacebookのアカウントも消してみた。
逆にInstagramをROM専ではじめてみた。
さいきんははてなブックマークとなんJのまとめ系とインスタとYoutubeしか見てない。
あとはテレビ番組とMさんのアスクエフエムは見ている。
ask.fm
ニュースは追いたいネタがあったら日経かBloombergを見る。
それでもなかったら他紙を漁る感じ。
自分の中に入れる情報は極端に絞っている。

3333人フォロワーがいたTwitterアカウントを消して生活が一変した

日にちは忘れたけれど、2018年の4月でTwitterアカウントを衝動的に消した。
最終的なフォロワーは3000ちょい。
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↑なんか3333より多いときのスクショしかなかった。

Twitterアカウントを消す前は、平日は会社に行って、休日は自堕落に過ごすだけの日々だった。
Twitterアカウントを消してからは、平日は会社に行って、休日は自堕落に過ごすようになった。
要するに何も変わらなかった。
何も変わらないだろうなと思っていたら、案の定何も変わらなかった。
別に有意義に時間を使えてるわけでも、本当に大切な人間関係だけ大切にするようになったわけでもない。
Twitter側で大騒ぎになることもなかった。
ゴミみたいな人生を送っているフォロワーが、ゴミみたいなツイートをし続ける、いつものTwitterの光景が広がっていた。
(アカウントを消しても、当人のホームまで飛ぶと、ツイートが見れることをはじめて知った。あと検索機能も使える)

何も変わらないなんて、それは当たり前の話で、
学生時代はみんな暇人で、タイムラインにかぶりついていたから、些細な変化も大騒ぎだったが、
今はもう大半が働き始めていて、僕もフォロワーも含めて、Twitterにかける時間なんて大してないのだろう。

Twitterの思い出

このブログをはじめたのが2009年なんだと思います。
最初はFC2ブログで、次にはてなに移行。
で、Twitterはじめたのが20011年な模様。
blog.stm43.com

ざっくり7年やってたわけか。
ブログの更新頻度が減ったのはTwitterに移行した影響が強いと思う。
将来展望としては、通信技術の発展とともに、テキストから映像に主体が移ってくと思っていて、
(かつての小説からテレビみたいに)
インスタやYoutubeみたいな映像文化がインターネットの中心になると思っているが、
いい写真撮るとか、動画制作とかって、クオリティ高いもの作るの結構大変なので、そこがネックになる気がする。
テキスト文化は、それなりに文章書ける人間は一定数いるので、なんとでもなる気がするが、
映像の編集はもっと技術的なので、そこの壁はある気がする。

Twitterが面白かったのは僕が就職留年していた時期で、年代としては2012年から2013年あたりとなる。
ただその頃の空気感がなんかネット上の記録に残ってないかと思って探したが、ほとんど残ってなかった。
半分くらいのアカウントがツイートを削除したか、アカウントごと削除しているからである。
残った半分も非公開にしているし、当時のやりとりはTogetterにもほとんどない。
まあでもコミュニケーションってそんなもんか、という気もする。
そういう意味だとブログとかはコミュニケーションではない。
ブログのコメント欄のやりとりはコミュニケーションだけども、ブログを書くこと自体は一方的な表現にすぎない。

Twitterでしかつながっていなかった人はアカウントを消したことで連絡がとれなくなったわけだけれど、
よく考えるとTwitterでいつでも連絡がとれる状態でも、大して連絡とってなかったわけだから、
結局つながってる必要なんてなかったのだと思う。

アカウントを消した要因

Twitterなんて無料でそれなりに楽しめるのだから、大炎上してどうしようもなくなるとか、
よほど大変なことがない限り、アカウントを消すこともないだろうと思っていた。

ただ2018年になって、僕の立場も変わってきた。
ただでさえ余暇の時間がなくなってきた中で、Twitterに割く時間というのがくだらなく思えてきた。

もともと、僕がTwitterにもとめていたのは、二つあって、

1.面白いツイート
2.専門性の高いツイート

の二つだった。
2018年になって、面白かったフォロワーは軒並みアカウントを消すか、ツイート数が激減していた。
結果として、しょーもないフォロワーのしょーもない日常ツイートがタイムラインに大量に流れることになった。
専門性の高いツイートも減った。
Twitterは高い速報性があったが、
専門的で正しいツイートは拡散されづらく、間違っていたら叩かれまくって拡散するという、
およそ専門家が情報発信するのに何一つインセンティブがない仕組みになっていたので、発信する内容は軒並み知能指数を低く設定しなければならなかった。
そういうわけで、2018年のTwitterは僕が求めている役割を果たしてくれなくなっていた。
2018年というか、もっと前からそうなっていた。
もっと早く消してよかったと思うし、実際まともなフォロワーはどんどんアカウントを消した。
それでも消せなかったのは、なんだかんだでTwitterで築いた人間関係がそれなりに大事だったからだろう。

ただ段々フォロワーのツイート自体がつまらないのに、人生の変化だけがコンテンツになっていくのを感じた。
会社辞めたとか転職したとか結婚したとか離婚したとか、人生の転機だけが報告されていった。
別にそれなら現実世界の人間関係でやっていることと同じで、なぜそれをネットでもやらなければいけないのか、よくわからなかった。
芸能人の結婚とか離婚とかをずっと追ってる、ゴシップ好きっているけれど、そのモチベーションもよくわからない。
同じテンションで、ネット上の知り合いのゴシップを追うのも楽しいのかもしれないけども、自分がそうはなりたくなかった。
でも、そのぐらいしかTwitterの楽しみ方が残っていない現状に気づいた。
@0si43というユーザーIDで作っていた蔀アカウントは、もう出がらしみたいになって、
残ったのは惰性で残ったフォロワーだけだということに気づいた。
そのことに気づきながら、惰性でひたすら続けていたけれど、ある日フォロワーのツイートをいくつか見ていて、「あっ、消そう」と思った。
そこからは早かった。
迷いもなかった。
Webからアカウントを消して、ノートパソコンからYorufukurouを消して、スマホ/タブレットからアプリを削除した。

アカウントを消してから

何かを呟けば、3000人から反応を得られたアカウントというのは、僕のような一般人からすると大きかったと思う。
すぐにお気に入りがついて、場合によっては100RTを超えたりした。
消した翌日くらいは、トイレに行ったりすると、なんだかそわそわした。
自分の声がものすごく小さくなったような気がした。
発信力が弱くなった気がした。

けどよくよく考えてみると、Twitterをやっていて、自分の発言がちゃんと聞かれたことなんて一度でもなかった気がする。
僕も、フォロワーの発言をちゃんと理解しようとしたことなんて一度もなかった。
自殺した人間もいたけれど、それすらもネタとして消化してしまう文化があった。
いちいちそんな重たいネガティブな心情を理解していたら、受け手がパンクしてしまうので、
真正面から受け止めないのは生き方としては正しいが、いいコミュニケーションではないな、と今は思う。

浅くて、切ろうと思えばいつでも切れるけれど、結局一緒にいるのが心地よくて、ずっと一緒にいる関係というのに長らく憧れていた。
けどそんな関係は幻想だと気づいた。
家族でもない人間が一緒にいるには、どんなに相性がよくてもどこかしらで不快感が生じる。
切ろうと思えばいつでも切れる浅い関係が続くというのは、結局お互いに対して、お互いがどこかしらで相手に媚び続ける関係になるか、
どちらかが強くて、どちらかが阿る関係かのどちらかなんだと思う。
僕の場合は、お互いが相手に深いところで媚び続けて、ただ媚びていることすら相手が気づかないように、
上手いこと取り繕うという風にフォロワーとの関係を作っていた気がする。
「俺は言いたいことを言っているし、お前も言いたいことを言ってる。そうだよな?」という体を取り繕っていた。
けど実際のところは、どれだけ辛辣なことを言っているように見せていても、本当に感じたことは言っていなかった。
というか、Twitterでフォロワーを得るために、別にムカついてもいないネタを叩いたりしなければならなかった。
僕がTwitter無理だなあと思った最近の風潮が過度な女叩きなんだけど、
あれもなんか普段そんなことを考えていたというか、タイムラインの雰囲気で言わされてんじゃないかな。
フォロワーの反応によって、発言を操られている。
やはりそれはよくない。

Twitterだけでなくて、ブログのコメント欄まで消したのは、
ネット上の反応というのは、書き手の一番の報酬であって、書き手を操ってしまう危険があると気づいたからだ。
Twitterをやっていた頃の僕の状況は、反応を得ることはできたけれど、それが僕のほしい反応であることはほとんどなかった。
しかしそれでもTwitterの人気者みたいになるのが楽しくて、反応を得るためにしょーもないツイートを繰り返していた。
中学校の頃、一言日記みたいなのを担任に出す時期があって、
それになんかふざけたことを書いていて、同級生が毎日読ませてと言って寄ってきていた時期があったんだけど、そういう感覚だった。

Twitterで呟くことで、それなりにつながりを感じられた。
どんな場所にいても、スマートフォンの通信ができれば、人間の反応を得ることができた。
偽物のつながりであっても、それはありがたいことだったんだと思う。

けれどそのアカウントを消したことで、僕はただの平凡な社会人に戻った。
別にTwitterアカウントがあっても平凡な社会人のTwitterアカウントだったわけだけども、
本気でTwitterアカウントを使えば、何かできることはあっただろう。
すごい人に会えたかもしれない。
彼女に出会えたかもしれない。
その可能性も消してしまった。
連絡帳とLINEと家族と会社の人間が今のつながりになった。
人数で言うと、100人いるかいないか。
毎日連絡を取り合う人なんて1人もいない。

まあけれど、それでいいんだと思う。
就職して自分で金を稼ぐようになって、現実の人間関係もそんなに悪くないと思うようになった。
不快なことがあっても断ち切れないけれど、それは向こうからしても同じだろう。

ブログは続けます。
Twitterにちょこちょこ小出しにしてた思いとかを、こんな感じでちゃんと書けたらと思う。
(了)

一人でいること

中学くらいから、学校で一人でいることが多くなった。
友達がいなかったから、という訳でもない。
小学校の頃からずっと仲が良かった友達がいたし、部活の同学年もいた。
いつからか僕は積極的に他人に興味を持つのをやめてしまった。

高校や大学に進んでも、多かれ少なかれ同じだった。
昼はいつも一人で食べた。
インターネットを見ると、ぼっち飯は恥ずかしい、という意見が多かった。
一人でいることは恥だった。
大学では友達をつくろうと思っていたけれど、無理だった。
当時の僕はあまりにも閉鎖的だった。
何よりもリア充の世界への憧れがあまりにも弱かった。

最近は長い休みがとれると、日本国内の南の島へ行く。
ダイビングのライセンスもとった。
(一度しか潜れていないが…)
最初は大学の友達と二人で行った。
当時彼は会社をやめて、公務員試験を受験中で、ちょうどよかった。
(貯金だけはあった)
一週間ほどの旅程だったが、細かい点でストレスの貯まる旅行になった。
一人で行くと、そのストレスはなくなった。
すべてが自由だった。
雨が降っていたら出かけなくてもいい。一日ホテルにいてもいい。
途中で計画を変えてもいい。

孤独であることと一人でいることは実は違う。
僕の場合、一人でいても、孤独を感じないときが多い。
よく嫁と子供が実家に帰って、家で一人になったサラリーマンがウキウキになっているのを会社で見る。
そういう時間は、一人ではあるけれども、孤独ではないだろう。
なぜなら妻子が何日か後には帰ってくるのが約束されているから。
本当に怖いのは、人といて孤独を感じるときだと思う。
心の通わない人間に囲まれて、まったく興味のわかないことに巻き込まれて、それでも笑わなくてはならないとき。
そういう種類の寂しさを避けたかった。
集団に何かを期待することはなくなったけれど、それを上回るだけの僕自身の成果があげられるわけではなかった。

一人でいるのは、退屈な人間と二人でいるよりも賑やかである。
自分の頭のなかでいろいろな考えを巡らせているから。
少なくとも孤独ではない。
ただ僕が誰かといるとき、相手にそういう孤独を与えてきたのかもしれない、と最近思うようになった。

会社に入ってから、できうる限りコミュニケーションをとってきた。
その結果として、純粋な意味で一人になる時間はほとんどなくなっていることに気づいた。
たぶん普通に生きてきた人々はそれが普通なのだと思う。
学生のときは、親と一緒にいて、だんだん友達にシフトしていって、
ひとりだちしたら会社の人間と関わって、家庭を持って、ご近所と付き合ったりして、
定年したら子供とか昔のつながりとか……
一人にならないように上手く振る舞えば、そうできるはずだ。

ふと考えてみると、一人でいるというのは、人類史上あまりない状態でもある。
人間が生まれた瞬間には、少なくとも母親がいて、生物学上の父親がいる。
馬小屋でひとりでに生まれる子供はいない。
両親がいて、その両親が持っている人間関係があって、良かれ悪しかれ、その関係の中で生きるはずだ。
もっと昔なら、長男は実家の跡をつぎ、次男以下は都会に出て仕事を見つけたはずだ。
現代のように、引きこもることができる場所なんてそもそもないはずだ。
一人旅なんていう行為も、よほどの事情がなければなかったはずだ。
そもそも自分が自分だ、という認識すらあったのだろうか?
◯◯家の長男とか次男とか、そういう意識で生きていた人も大勢いたのではないだろうか?
そこに疑問を挟む余地すらなかったのではないだろうか?

働き続ける限り、一人になる時間はそうそうない。
隣には同僚がいて、会社の周囲には同じ会社の人がうろうろしている。

学生のときのように、孤立することを恐れることは何もない。
そう。恐れることなんて何もなく、何もなく……
(了)