四十三庵

蔀の雑記帳

社会人になってからの仕事に対する気持ちの変遷

学生の頃と、仕事に対する価値観が変わってきたので、その変遷について整理した。

元々の仕事に求めていたもの

一番目は給料。
ただ金のために何もかも犠牲にする気持ちはなかった。
給料がよくて、かつ労働条件がいい仕事がよかった。
労働条件というのは、単純に残業が少ないとか、詰められることが少ないとか。

一番目は給料、と思っていたが、その基準は曖昧だった。
結局突き詰めると、仕事が楽でたくさん金もらえる仕事がサイコーという価値観だったと思う。
ただその割には公務員は退屈な仕事と思っていたので、なんかそのへんの、ルーティンワークへの拒否感はあった。
理想は自分独自の才能を発揮して、すごい労働時間短い作業をして、
たくさん金をもらう(たとえば売れっ子の作家とか漫画家とかミュージシャンとか)だったんだろうけど、
そんな成果も残せず、普通の会社員として糊口をしのぐことになるにあたり、それに近い職を探していた感じもする。

高校生ぐらいのときに考えていた人生プランは、小説を売って、あとは隠居する生活が理想だと思っていた。
ただそんなに上手くはいかないだろうから、現実的な生活手段として、サラリーマンになるということを考えていた。
教師になるか、会社員になるかで迷ったが、経済学部で教職とりながらならどっちでもいけるなと思い、経済学部を選択した。

石油王とか地主とか

働きたくない気持ちはあったが、ニートになりたいとは思わなかった。
実家を出ていきたい気持ちが強かった。
石油王とか地主とか、高等遊民的な、不労所得で食っていける層へのあこがれがあった。

ヒモへのあこがれはなかった。
基本的に他人の金に依存するのは嫌、というのがあるっぽい。

平成生まれは全体的に仕事に対して冷めている気がする

世代でひとまとめにするつもりはないけれど、全体的に平成生まれの世代は仕事に対して冷めている気がする。
やはり自分の少し上の世代が正規雇用・非正規雇用で分断されて、正規雇用になった人々も月100時間超えの残業をさせられているのを見て、
仕事に対してポジティブなイメージを抱けなかったからではないだろうか。
所謂意識高い学生は、起業を目指したり、士業の資格とったり、海外行ったりして、あまり一般企業で出世して社長目指すみたいなキャリアは目指さない。
会社と社員の関係も、昔ながらの日本企業であっても、新卒を大量にとるものの、
その新卒が全員会社に定年までいたとしたら到底ポディションが足りない、という構造になっている。

無能なおっさんが座る閑職はどんどん削減されている。
むしろ企業としてはそういう中年社員を増やさないために、なるべく正規雇用は減らそうとしている。
日本という国時代があまり魅力的ではなくなっている中で、本当に冷めた気持ちで働いている20代が多いのではないだろうか。

社会人3年目くらいまでの学生と社会人の間くらいの時期

就職活動で苦労した入った会社だったので、勤務中は全力で働いていた。
しかしそれでも労働というものに対する嫌悪感が消えたわけではなかった。
自分の人生の時間が無意味なもののために浪費されている感覚があった。

働いていたエリアが、地主が多いエリアだった。
昼飯を食いに行くと、身なりは汚いが、金は持ってそうな人種というのがいて、その手合はだいたい地主だった。
彼らみたいになりたいか、と言われると、微妙だった。
彼らの人生は、親から相続した土地から生まれる金で支えられている。
あとは東京の地価ができるだけ下がらないよう祈りながら、有り余る時間を持て余して、昼からビール飲んでいた。
そういう自分の力で何かを勝ち取るのではなくて、外部環境に依存した生き方というのを、僕はしたくないと思った。
また、本人の心情としてみても、さほどいい暮らしとはいえないのではないか、という風に見えた。
金をちらつかせれば、モノやサービスは買うことができるけれど、自己実現感だとか、人からの尊敬だとかは得ることができない。
会社員の人生と、地主の人生を両方経験しないと比較はできないけれども、
地主になれば労働からは逃れられるが、また別の悩みが出てきそうに思えた。

社会人が失う時間

学生気分が抜ける、という言葉があるけれど、
僕は会社員に染まりきってしまうことがいいことだとは未だに思っていない。
生きるために金を稼ぐのであって、金を稼ぐために生きているのではない。
そこを履き違えると、人生が台無しになる。
そのへんはこの記事を参照。
blog.stm43.com

社会人になると、週5の労働でとにかく時間をとられる。
1週間は24時間×7日=168時間ある。
残業のないフルタイムの仕事を仮定しても、8時間×5日=40時間。
実際は通勤時間や飲み会があって、もうちょっと時間をとられる。
更に残業ゼロの会社というのはあまりないだろう。
実際は会社にとられる時間は50時間くらいになると思う。
そして一日の睡眠時間を8時間とすると、睡眠にあてる時間が週56時間。
単純計算すると、

仕事:50時間
睡眠:56時間
余暇:62時間
------------------
   168時間

となる。
実際は祝日や長期休暇があるので、もう少し余暇は増えると思う。
余暇62時間の内訳として、平日は毎日6時間、土日はそれぞれ16時間という計算になる。
平日でも6時間あるので、結構あるじゃん!と思ってしまうが、
実際は風呂入って飯食って家事やっていると6時間くらいあっという間に使ってしまうので、感覚的にはあとプラス2時間くらいないと厳しい。
遊びの予定が入れるのであれば尚更だ。
ちなみに睡眠時間を削ると、余暇は増やせる。

f:id:st43:20190614190704p:plain 「毎日悩んで迷って、少しずつ磨り減って、もう二度とない、かけがえのない人生を売っている。」

僕の場合、 余暇を何に使っていたかというと、本読んだりネットしたりブログ書いたりしていた。
IT系という職業柄、仕事用の勉強と普段やる勉強が割とシームレスにつながっているので、それでもまた時間がとられる。
それなりに楽しんでやっていることではあるが、本当はもっと怠惰に過ごしたいと思っている。

自分を食わせること(社会人が得るもの)

なんかネガティブなことを書いたが、働いていて一番いいことは当たり前だが金が入ることである。
学生の頃のバイトは今思うとバカバカしかった。
安定して毎月20万円ぐらい入ってくるのは素晴らしいことだった。
飯や酒も好きなものを選べるし、実家から出ることもできた。
時間的な自由を失うかわりに、経済的な自由を得ることができる。

20代で一番大事なことは、自分で自分を食わせられることかもしれない。
その仕事に納得いってるかとか、評価されているとかよりも前に、
一度実家出て何らか仕事はじめるのは絶対に重要だと思う。

また地味に嬉しかったのが、お金に余裕があるが故の合理的な選択肢をとれるようになってきたことだった。
たとえば僕は学生時代パスポートの更新を、金がなくて5年11,000円で発行した。
ほとんどの人が10年16,000円を選んで、赤パスポートにすると思うのだけれど、
目先のキャッシュがないとこういう選択ができない。

4年目〜5年目あたりから身につけた主体性について

4年目くらいからは、むしろ仕事に対して主体的な姿勢をとることにした。
1年目のときから積極的に行けてはいたが、スキル的・立場的に受け身にならざるを得ないシーンがあった。
仕事中100%のパフォーマンスを発揮するためにはどうするか、を日頃から考えた。
労働をする、ということを受け入れたのが、このあたり。

僕の親父も労働者階級の人間であって、
有閑階級に生まれなかった時点で、何かしら自分で働いていかなければいけないという運命を受け入れた。
それに有閑階級(貴族、石油王、地主など)だったとしても、自分の力で金を稼ぐ選択をしただろう。
自分の力で稼いだ金で、欲しいものを買ったり、行きたい国行ったりするのは、すごく達成感のあることだ。

働くことに慣れた、というのもあるが、金もらって働いているのに、
「俺は本当はこんな仕事やりたくないが、家族のために会社しがみつく」
「こんな面白くもない仕事なんでやんなきゃいけないんだ……」
「ホントにこの会社何考えてんだろうなあ」
みたいなことを言いながら働いている奴が結構いた。
僕もその一人だったわけだけど、だんだんダサい生き方だなと思うようになった。

被害者マインドがずっとあって、
自分の意志に反して「働かされている」という感覚を抱いていた。
けど実際そういう感覚はお門違いだった。
僕は過去「働く」という選択を、消極的であれ、していたのだ。
「働かない」という選択肢、つまり無職で実家にいるという選択肢も、親から許されたかどうかはともかくとして、選べないこともなかった。
けど僕は選ばなかった。

被害者マインドのまま働くのを、まずやめた。
「俺はこの仕事を選んで働いている。納得して働いている」
という認識に切り替えた。 5年目は自分で言うのも難だけど、相当活躍していた。
よくビジネス本で使われる、3人のレンガ職人の寓話がある。

世界中をまわっている旅人が、ある町外れの一本道を歩いていると、一人の男が道の脇で難しい顔をしてレンガを積んでいた。旅人はその男のそばに立ち止まって、
「ここでいったい何をしているのですか?」
と尋ねた。
「何って、見ればわかるだろう。レンガ積みに決まっているだろ。朝から晩まで、俺はここでレンガを積まなきゃいけないのさ。
あんた達にはわからないだろうけど、暑い日も寒い日も、風の強い日も、日がな一日レンガ積みさ。腰は痛くなるし、手はこのとおり」
男は自らのひび割れた汚れた両手を差し出して見せた。
「なんで、こんなことばかりしなければならないのか、まったくついてないね。もっと気楽にやっている奴らがいっぱいいるというのに・・・」
旅人は、その男に慰めの言葉を残して、歩き続けた。
もう少し歩くと、一生懸命レンガを積んでいる別の男に出会った。先ほどの男のように、辛そうには見えなかった。旅人は尋ねた。
「ここでいったい何をしているのですか?」
「俺はね、ここで大きな壁を作っているんだよ。これが俺の仕事でね。」
「大変ですね」
旅人はいたわりの言葉をかけた。
「なんてことはないよ。この仕事のおかげで俺は家族を養っていけるんだ。
ここでは、家族を養っていく仕事を見つけるのが大変なんだ。俺なんて、ここでこうやって仕事があるから家族全員が食べいくことに困らない。
大変だなんていっていたら、バチがあたるよ」
旅人は、男に励ましの言葉を残して、歩き続けた。
また、もう少し歩くと、別の男が活き活きと楽しそうにレンガを積んでいるのに出くわした。
「ここでいったい何をしているのですか?」
旅人は興味深く尋ねた。
「ああ、俺達のことかい?俺たちは、歴史に残る偉大な大聖堂を造っているんだ!」
「大変ですね」
旅人はいたわりの言葉をかけた。
「とんでもない。ここで多くの人が祝福を受け、悲しみを払うんだぜ!素晴らしいだろう!」
旅人は、その男にお礼の言葉を残して、また元気いっぱいに歩き続けた。

イソップ寓話「3人のレンガ職人」に学ぶ、モチベーション高く働く従業員を育てるヒント - 株式会社トータル・エンゲージメント・グループ

今の日本だと、「やりがい搾取」みたいな話があるので、そこだけ注意しなければいけないが、
基本的には3人目の職人のような気持ちで仕事と向き合う方が、精神衛生上いい。
前の会社だと、2人目の意識で働いている人はいたけれど、3人目みたいなところまでいける人はいなかった。
僕自身もあまり行ける気はしなかった。

仕事で主体的に動く、というのは、単にタスクをたくさんさばいたというだけではなくて、
もっと会社をよくするには、もっと部署・チームをよくするには、もっとシステムをよくするには、ということを考えながら働くということだった。
自分だけではなく、周りのパフォーマンスまで考えながら働くようになると、視野が一段高いところで仕事ができる。

そのあたりは、単にその会社の中で評価あがるだけでなくて、会社員としてのレベルも一つ上がった、と思う。
(了)