四十三庵

蔀の雑記帳

村上春樹の小説をワンパターン扱いする人は間違っている

目次

導入

別に僕自身は村上春樹ファンではない。
ただ一時期ネット上で村上春樹っぽい文を書くことがブームになった。
パスタ茹でて、「やれやれ」みたいな態度をとった、顔はカッコよくないがなぜか女にモテる主人公が、
女と哲学的な会話して、セックスしていれば、それは村上春樹っぽい文だ、みたいな扱いだった。

これに対して、熱心な村上春樹信者が、
「全然特徴つかめていない。センスない」
みたいに憤っているのを見た。
そのときは気にもとめなかった。

先日Twitterで回ってきて気になったので、文學界を買ってみた。

目的は樋口恭介という作家の小説だったが、
冒頭に村上春樹のロングインタビューが載っていたので、読んでみた。

「十年に一度ずつスタイルを変えてきた」村上春樹

このインタビューから引用する。

(作家生活四十周年を迎えたことについて)
村上 十年くらいごとに節目があって、その節目ごとに小説や文章のスタイルが変化してきて、自分でも書いていて飽きなかった。
いつも新しい目標があった。それがよかったのではないかな。

僕はさほど熱心な村上春樹読者ではない。
長編だと、 「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」
「ダンス・ダンス・ダンス」「ノルウェイの森」
「アフターダーク」「海辺のカフカ」「1Q84」
あたりは読んだ。
意識したことはなかったが、初期三部作と「海辺のカフカ」「1Q84」あたりはかなり性質が異なる。
もちろん表面的な部分では、共通点はある。
ただやはり「スタイルを変えて書いた」と言われて考えてみると、
確かに別の目的で書かれた文章だなという風に見えてくる。

初期三部作は、文学として評価されることを狙っている部分があった。
「1Q84」は、読んだときにハリーポッターっぽいなと思った。
いやもちろん魔法が出てきたりはしないんだけども、
序盤で日常から異世界に行く展開が、ハリーポッターだと思った。
世界で読まれる作家になったので、日本国内で文学性を評価して頂く必要がなくなったので、
純粋に自分の書きたかった物語を書くという行為に専念している、ようにも見える。

村上春樹のすごいところ

何かで見た記憶だけども、村上春樹の執筆スタイルは、
朝起きてランニングして、そこから執筆して、昼食を食べて、
また夕方ランニングして、執筆して、という生活らしい。
今もそのライフスタイルが続いているのかは謎だが、とにかく書くことを継続できているというのがすごい。

まとめ

村上春樹の小説をワンパターン扱いする人は、結局あまり彼の小説を読んでない人なんだと思う。
B'zやミスチルの曲がみんな一緒に聞こえる、というのと同じレベル。
(了)