四十三庵

蔀の雑記帳

日本社会で専門知識が評価されないことについての私見

下記の記事がバズっている。

dawn2721.hatenablog.com

これを読んで、昔の自分を少しだけ思い出せた気がするので、自分語りも含めて書いてみる。

エントリについての感想

このエントリに潜んでいる問題は、2つにわけられる。

  • SI業界のエビデンススクショ問題
  • 日本企業が高学歴の専門知識を活かせていないこと

コメントでいくつか見られる、著者が文系を見下しているとか、「アクチュアリーやクオンツにならなかったお前が悪い」とか、
社会適合性が低いとか、その手の人格批判は的外れじゃないかと思う。

SI業界のエビデンススクショ問題

僕も新卒で入った会社だと、Excelにテストしたエビデンスのスクショを貼ったことがある。
クソみたいな作業だな〜と思って、テキトーに貼って、見せる人によっては怒られたこともあるが、
だんだんチームでの地位が上がっていくと最低限で許されるようになった。
僕自身がレビュアーになると、テストする方には最低限これとこれとこれの証跡をくれ、と具体的に指示するようになった。
それは僕のいた部署がある程度恵まれていた環境だったからで、たぶんこういう緩い運用ができない部署もあるだろう。

特に業務系アプリだと、猿でもできる感じの大量のテストケースを、何日もかけてテストして、それをスクリーンショットとって、Excelに貼り付ける人が存在する。
それは1〜3年目の新人だったり、協力会社の人だったりする訳だが、何かスキルが身につく作業ではない。

昔からいる先輩SE(先輩といっても40〜50代とかだったが)に聞くと、
アホみたいにエビデンス、エビデンスと言い出したのが、2000年前後っぽかったので、
SIビジネスの全盛期に、受託開発でトラブルが起きるたびに形式主義が強化されていって、
テスト結果をすべてスクショするみたいな愚かな文化が生まれたのだろうと思われる。

愚かな文化は日本にたくさんあるので、どうしても耐えられなければ、そういう文化がない場所に行くしかない。
SIでも部署によってはガリガリ手動かす部署を用意している会社もあるし、そもそもSIから出てしまう手もある。

日本企業が高学歴の専門知識を活かせていないこと

どちらかというと、こちらが今回の本当の問題だろう。

日本企業の問題

日本の伝統的な大企業(最近はJTCと呼ぶらしい)は、新卒一括採用・年功序列・終身雇用前提の人事システムを変更しつつあるが、
結局元々の制度をちょっと成果主義的な変更を加えたレベルで、抜本的に制度改革を成功させた企業は少ない。
日本企業は依然として「サラリーマン」を欲しがっていて、高度な知能を持って、自律的に動く社員を使いこなすような制度にはなっていない。

この問題のアンチテーゼとして、たとえばZOZOは「天才」の募集を行った。

「7人の天才と50人の逸材」の募集を開始した。募集期間は5月18日12時までで、天才には年収1000万~1億円、逸材には年収400~1000万円を提示している。

前澤(前)社長の、社内で競争させないために「給料一律同額」にしているというインタビューを見て、
こういう考えもあるのか〜と僕は素直に思っていたので、「いやいや差つけとるやん!!!」とはちょっと思ったけど、それはそれとして新卒横並びじゃない会社もある。
何? ベンチャーは怖い? じゃあ大企業でエビデンススクショしたらええんちゃう?

海外だったら評価される?

「日本だから評価されない、海外なら研究は正当に評価される!」という論がインターネットだと必ず出てくる。
日本の研究費の削られっぷりとか、日本企業の専門知識軽視とか、少子高齢化で先がないとか、日本特有のネガティブな要因は確かにある。
アメリカではSTEM(Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学))に力を入れている、
とは言うが、純粋数学をただ研究してました、という人が現実問題評価されるかは微妙だと思う。
何らかの研究成果があるとか、有名大学を出ているとか、そういう要素がないと厳しいんじゃないかと思う。

研究 vs 実用

特に文系院生でよく問題になるが、高度な学問をおさめた人間が企業から評価されない。
たとえば哲学、文学、高等数学、などなど。
いわゆる「就職に弱い」と言われるような学問だ。

そんなジャンルでも、純粋に興味があれば、研究対象としては面白い。
ただそのジャンルで研究者になれないとすると、その分野の成果で企業から評価されようとするのは、ちょっと厳しい。
実用性が問題になる。

評価「させる」しかない

僕自身の経験として、大学時代は経済学部にいて、かなりマジメに勉強した。
個人的には今も役に立っているが、会社から評価されたかというと、ほとんどゼロ評価に等しかった。
計量経済学だったので、今だったらデータサイエンティストの方向での採用もあったのかもしれないが、
当時は今ほどデータ分析がビジネス的に盛り上がっていなかった。
何より僕自身データ分析は単なる知的好奇心でちょっとやってみただけで、一生の仕事にするつもりではなかった。
明確な売りがなかったので、就活は苦戦して、1年の就職留年を挟んで、やっと就職した。

それからIT企業で働いて、5〜6年たつけれど、思ったことは企業から評価されやすい専門知識というのは確実にあるということだ。
たとえばもし冒頭のエントリの著者が、数学科じゃなくて、情報科でバリバリプログラミングしていたら、Excelにエビデンススクショすることもなかっただろう。
僕自身も、計量経済学で評価されたいなら、もっと実際のビジネス分析に役立つような研究成果を出して、
それでアピールすればデータサイエンティストになっていたかもしれない。
(別になりたくもないが……)

「自分は高度な知能を持った人材なので、高度な知的労働がしたい」というのであれば、その知的労働をするための美味しいポディションを奪わなければならない。
企業から専門知識を評価「させる」しかない。
もちろん日本社会がもっと専門知識を評価すべき、というあるべき論はある。
けれどミクロの問題で、個人の意思決定をどうするかの判断としては、ポディション獲得のために、評価されるような行動なり何なりをするしかない。
ちょっとマッチョな結論かもしれないけども、終わりです。
(了)