四十三庵

蔀の雑記帳

押見修造「血の轍」の第七巻が出たので改めて解釈する

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この記事は第三巻まで出ていた時期に書いたものだけども、めでたく第七巻まで来た。

血の轍 (7) (ビッグコミックス)

血の轍 (7) (ビッグコミックス)

  • 作者:押見 修造
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2019/12/26
  • メディア: コミック

※この表紙、一番好きかも

ちょっと思ってなかった展開になってきた。
第三巻の時点では、情報が少なかったが、第七巻まで出て、色々情報も後出しで出てきたので、また改めて解釈記事を書いてみる。
(ちなみに現在「血の轍 解釈」で検索すると、上記の記事がGoogle検索の二番目に出てくる)

当然ですが、ネタバレになるので、嫌な人は読まないでください。

無関心な父親と過干渉な母親

結局母親が本当に何を考えているのかは第三巻では完全に謎のままだった。
第七巻まで来ても、結局本心は謎のままだけれど、ヒントはたくさん出てきたと思う。
以前の記事だとこう書いた。

静一を守るために殺したのではなくて、
単にそれまで溜まっていた鬱憤を晴らすためにしげちゃんを殺した、と解釈するのがいいと思う。
母親として押し込められていた彼女の人間としての感情が、殺人によって回復した。
彼女に罪の意識があるのかどうかよくわからない。

これは方向性としては正しかったかなあと思うが、もうちょっと根深いものがあったように思われる。
第三巻では、静子が下記のように独白する。

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この時点では、まだちょっとよくわかっていなかったが、
静子という人物が、「普段はいいお母さんで、しげちゃんを殺したときだけ猟奇性を垣間見せた」ものだと勘違いしていたけれど、
静一の視点から見るといい母親というだけで、客観的に見ると、相当異常であることが第四巻以降(正確には第二巻の吹石からの手紙破るところからもう異常者だが)浮き彫りになる。

第四巻では吹石から「こわい。あのお母さん。」という評価をもらう。
吹石とのエピソードは後述するので、ここでは触れない。

第六巻の最後の方(第49話)で、玄関に膝をついて泣いている静一の頬を、同じく膝をついた静子がつついているところに、
父親が入ってきて、一瞬「なんだこいつら……」という顔をして、
そのあと「しげちゃんが…意識…戻ったって…!」と伝えるシーンがある。
当初はそういう役回りなのかなー程度にとらえていたが、全体的に父親の存在は異様に希薄だ。
静一が喋れなくなったときも、静子がそれを何事もなかったかのように扱うのはともかくとして、
父親まで見て見ぬフリをするのは異常だった。

第七巻を読んで気づいたが、これは「無関心な父親」を明確に描写しているのだ。
第七巻で父親がうどん屋で「なんか…怒ってるん? 何かしたかいオレ?」と聞いたのに対して、
静子は「あなたは、何にもしてない。」と返す。
「何もしていない」ことが問題なのだ。
「ぼくは麻理のなか」でも、「無関心な父親と過干渉な母親」の家庭構造が重しになっている。

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↑父親うっす!

なんで静子が彼と結婚したのかは謎だが、
時代背景が1990年代なので、女性は男性と結婚しなければ生きていけない時代だった。
もちろん東京でOLやっていればまた違ったんだろうけども、
北関東の田舎町だとそうはいかないだろう。

第七巻で、はじめて静子がしげちゃんを殺そうとした理由らしきものを話す。

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彼女はもともと破滅願望・破壊衝動があって、しげちゃんはたまたま目の前で落とせそうだったから落とした、ということになる。
「溜まっていた鬱憤を晴らすため」というよりかは、膨らんだ破壊衝動の発作で、
罪悪感なんてものはなくて、彼女を包んでいる現実が殺人をきっかけに壊れてしまえばいいと思っている。

第七巻では、「パパみたいな顔して。」というセリフも出てくる。
もはや父親は事なかれ主義で、ヘラヘラ笑ってその場を取り繕うだけの、情けない人間という共通認識が母と子の間でできている。
実際主人公は学校でふざけて叩いてくる周りの友達(?)に対しても、強く拒絶しないで、ヘラヘラしている。
いじめまでは行かないが、限りなくそれに近い状態。

「母親を捨てる」

第四巻、第五巻が吹石と一緒に母親から逃げる展開になって、
僕はここで母親の支配から主人公が逃れる展開になるのかなあと思ったけれど、
予想と真逆に更に母親が支配を強めることになってしまった。

吹石の家庭は、母親が父親を捨てて出ていった家庭だった。
「お母さんがいなくたって、生きていけるよ。」
「私はお母さん捨てたから。頭ん中で。」
と彼女から言われ、静一はそれまで絶対的な存在だった母親を「捨てる」という選択肢があることを知る。
その後吹石の家からも逃げて、トンネルに二人で逃げ込む。
そこで「私を連れてって。遠くに…」と彼女から言われる。
そのとき彼は母親を捨てて吹石を選ぶか、選択を迫られる。
彼の頭の中に走馬灯のように母との思い出が去来する。
子供の頃から積み重ねられた母親の面影。
母の愛。
親戚からは過保護だと揶揄されたほどの愛情。
それがどんな動機から来ているにせよ、たとえ客観的に見て異常なものであったとしても、
静一にとっては既に捨てることのできない血肉となって内在化していていた。

第六巻では明確に母親を選んで戻るけども、一瞬温かい風呂に入って、
温かいご飯食べて一安心した後で、死ぬほど罵倒されることになる。
まあとにかく、主人公は母親を捨てられなかった。

第七巻でほぼ答えは出た?

第六巻までは正直予想を裏切られた驚きだけで、
母親の心情を解釈するのは厳しかったけれど、第七巻の描写で、なんとなく見えてきた。
第七巻では、もう母親の責務を放棄して、子供への執着も消えたように見えた静子だったけども、
第59話の主人公の行動で何か変わるのかもしれない。
あるいは母親の主人公を支配する過程が完了したと見るべきなのか。

今後の展開

どういう展開になるのか予想するだけムダなような気もするけど、しげちゃんが回復もしたので、
そろそろ中学生編が終わって、次の展開に行くのではなかろうか。
作者がどのぐらいのボリュームを想定して描いているのかわからないので、もしかしたら中学生編だけで終わりなのかもしれないけど……
こういう思春期を経験した主人公が、大人になって、どんな歪んだ人間になるのかを描いて欲しい、というのは僕の個人的な願望です。
(了)