四十三庵

蔀の雑記帳

やりたいこと

2019年のふりかえりで書くにはちょっと長くなりそうだったので、別記事にしようと思った、これからやりたいことについて。

前提

  • この記事は、自分の理想をただただ書いておくものです
  • 実現可能性とかは度外視して読んでください
  • 書いてある内容は2019/12/29時点で思っていることです
  • 将来変わるかもしれません
  • しかし変わったとしても、「45度の角度で飛ぼうとしたら、思ったよりも空気抵抗が強くて30度になった」という類の変化で、ベースにある思いはそんな変わらないのかと思います
  • 高めの目標を立てて、結局届かなくてちょっと下方修正したところに落ち着く、というのが大学受験もそうだったんですが、結果的に見ると高いところにいけるんじゃないかと
  • やりたいことは書いて表現しておかないと、周りに伝わらず、結果的に「そんなこと考えているとは思わなかった」となってしまうのが怖い

理想

最終的には電子書籍の会社をつくりたい。
今の電子書籍には色々問題があると思う。
書きやすくて読みやすい、電子書籍のプラットフォームをつくりたい。

思い描いている流れとしては、

小説の新人賞とる

小説で評価を得る

電子書籍のプラットフォーム開発

という流れ。
UI/UXに徹底的にこだわったサービスにしたい。

しかし既にやっている人がいる

この電子書籍プラットフォームつくりたい気持ちはだいぶ前からあったんだけど、すでにやっている人がいる。
クラウドファンディングで400万調達している。

camp-fire.jp bookport.net

ビジネスモデルとかは僕が考えていたのと全く同じで、びっくりした。

いずれにせよ

小説の新人賞をとる、というのもあるが、
表現活動をするためのプラットフォームをつくりたい気持ちがある。
起業という形で0→1でつくるのがベストだと思っているものの、下方修正するのであれば、
既にあるサービスにジョインするでもいいだろう。

以下、追記(2019/12/30)

ちょっと一晩寝たら、また追記したいことが出てきたので、追記する。

金がほしかった理由

高校時代(2006年、16歳頃)に書いていた日記というのをまだ持っている。
これを読み返してみたら、冒頭に「金が欲しい」と書いてあった。
その「金」というのが、具体的にいくらなのかは書いていなかったし、常に曖昧だったと思う。

もともと物欲はそんなになかったと思う。
(矛盾するようだが)
ブランド物の服を着て、高級外車に乗って、いい女を連れて……みたいな憧れはなかった。
そんな僕が、なぜ金に執着していたかというと、私立高校に入ったからだと思う。
学費が年間100万するようなトコで、たしかに今思うと高い。
それで父親から金に対する文句をグチグチ言われたのが嫌だった。
大したことを教えている訳でもないのに、それだけの金をとっている学校のことも嫌いだった。
そのことを放置している国にも腹が立った。

自由であるためには、金が要る、と学んだ。
だからたぶん僕にとって必要だった金というのは、億万長者になりたいというのを叶えるためでなく、
年100万の学費くらいなら普通に生活しながら出せる程度の金銭的な余裕があるようなもの、だったんだと思う。

それは具体的にいくらなんだろう?
まあたぶん、年収にして500〜1000万のラインじゃないだろうか。
そのぐらいの水準なら、普通の会社員でも届く。
金銭的余裕というのは、生活水準を上げれば、いくら収入があっても足りなくなる性質のものなので、なんとも言えんところではある。

普通の人生・恵まれた人生

そんな僕も、子供を学校に入れることを考えるような年齢になった。
年収1000万というのを実際に稼いだわけではないが、そこにいく道筋みたいなものは具体的に見えた。
というか稼いでいる人はいくらでもいた。
それなりにデカい会社で、それなりのポディションになると、そのぐらいはいく。

年収1000万でも税金でもっていかれて、手取りが600万くらいになるという罠はあるらしいけれど、
そんなことはどうでもよくて、実際年収1000万行った人々の生活がなにか特別かというとそんなこともなく、
結局のところ住宅ローンと子供の教育費でほとんどが消えていって、何かすごい贅沢ができるわけではない、というのが見えてきた。

「こづかい万歳」というマンガが最近ちょっと流行っているが、
comic-days.com
このマンガみたいな感じじゃなく生活できる、というのはあるか。
部下と飲み行ったときにパーッと出してくれるとか、
そういう余裕がある、というだけで贅沢なのかも。

今の日本では、そういう「普通の人生」が非常に難しい、というのも理解できる。
クレヨンしんちゃんの野原ひろしの人生が再評価されるような国だ。
何年もすげー真剣に考えたけれど、僕は全然この普通で恵まれた人生に価値を見出だせなかった。
理屈はわかる。
頭ではわかるんだけども、全然グッとこない。

みんな内心納得できないまま、それでも「そういう年齢だから」「周りがそうしているから」で生活を変えていくんだろうか?
配偶者への愛?
日本国民としての義務感?
自分の遺伝子を残せる喜び?
独身のまま40代を迎えたときの冷たくて孤独な部屋が怖い?
一度きりしかない人生を、そんなことのために使っていいんだろうか……
人がそうする分には否定するつもりはない。
けどこれは「僕」の話だ。
僕の価値観では、もう答えは明確だった。

年収がいくらだったかはさすがに公開するつもりはないが、
年間100万くらいの可処分所得はできる程度には稼げていた。
結婚して子供育てることを考えれば全然足りないが、
独身で賃貸に住んで、好き勝手金を使う分には、ほとんど「金が足りない」という自体はなかった。
大きな贅沢はできないが、小さな贅沢(旅行や食事)はいくらでもできる。
けど現実問題として、億万長者みたいな生活はできない。
豪邸にも住めないし、仕事はし続けなければならない。
まあそれはいい。
問題は16歳のときからずっと思い焦がれていた「金を稼ぐ」という目標が一応は解決できたことだ。
なんとなく仕事していれば、毎月口座に金が振り込まれている。
そうなったときに、次の「何か」を探さなければいけなかった。

で、何をしたいのか考えたときに、相変わらず小説を書くことが思い浮かんだ。
それもただ小説を書くだけではなく、小説を取り巻いている環境丸ごと変えたかった。
そんなことできんのか? というのはあるが、正直ベースでそれをやりたいと思った。

もちろん金は大事だと今も思っている。
何かしら生活していくために金は必要だ。
ホントにやりたいことを追求していくだけなら、誰かに養ってもらいながらやればいい。
稼ぎのある女性の扶養に入るとか、もっと現実的には実家に戻って、親に食わせてもらいながら、とか。
ただやっぱそんな奴はダサい。
どんな立派なことをやったとしても、僕は認めないと思う。
自分で自分を食わせながらも、やりたいことを叶えていく、というのが大事だと思う。
それはどうすればいいのか?
よくわからんけど……

不可能な三位一体説

僕が仕事について考えていた説で、「不可能な三位一体説」というのがある。
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これは仕事において、「給料」「人間関係」「やりがい」が3つそろえることは無理、という仮説だ。
2つ満たせればいい職場、1つだとちょっとアレ、0なら辞めたほうがいい、という基準。
給料も安く、人間関係も悪くて、やりがいもない仕事というのは、所謂ブラック企業だろう。
3つそろうことは絶対にない、と思っていた。

たとえば前の会社では「やりがい」はなかったが、他の2つの要素はよかった。

もし仮にみなさんトイレ掃除の仕事をやるとします。
嫌な仕事だなと思う方もいるかもしれません。
でもその彼にトイレ掃除の年収を1億円与えたとします。
おそらく彼は「俺がトイレという気持ちのいい空間を作ってる。
この空間があるおかげで世の中の人たちが仕事の生産性を上げることができるんだ。
こんなにやりがいのある仕事はない」と言い始めると思います。
つまり「やりがい」とは、後付けの解釈なのです。

「逃げちゃダメだ」と思う必要はない 怪物・芦名佑介氏が説く“諦めの哲学” - ログミーBiz

元プルデンシャル生命の芦名佑介さんの言葉で、賛同するわけじゃないが、考えさせる発言だと思う。

なにか一つ妥協しなきゃいけないなら「やりがい」、とずっと思っていたが、それは間違えだったなと今は思う。
というかこの仮説自体が間違っていて、
3つそろえることは難しいが、3つをそろえる方法は絶対にある。

個人的に、仕事というのは会社が小さいほど面白いなあと思った。
仕事そのものの面白さは、会社の規模が小さければ小さいほど楽しい。
大きくなると収益的には安定しているが、仕事そのものはルーティンワークっぽくなってしまう。
ホントに給料度外視なら、めちゃくちゃスタートアップで働きたいが、実際のところそこまでスタートアップで働いていない。

炎上することも怖いが

10代、20代のときは、批判されること・否定されることがすごく怖かった。
今でも怖いは怖いけども、
全力でやったアウトプットだったら、それに対して建設的な批判が来るのは、
アウトプットを育てることにもなるので、甘んじて受け入れないといけないんだと思う。
しょうもない感情的な批判というのは、結局批判者側の人格に問題があるというのもわかってきた。
その辺の色分けができるようになったのも、一つの成長だと思う。

で、このご時世炎上するのも怖いけれど、
同じくらい無視されるのも辛いなと思うようになった。
ブログの記事を書いたのにアクセスがゼロとか、YouTubeで動画をあげても再生数が一桁とか。
そんなものはこの世に存在しないのと一緒だから。
(了)