四十三庵

蔀の雑記帳

小説について

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ソフトウェアとテキストを二本柱にして、自分のリソースを全投入するというのが今後の進路なんだけども、
これを5月頃に書いたとき(そのときは「ITと小説」という表現だった)、「ITはわかるが、なんで小説が出てきたのかよくわからなかったw」みたいな反応をもらった。
僕と小説について、書こうと思う。
過去どうだったかを整理して、今年どういう風に向き合ったか、今後どうするか、みたいな話。

今まではっきり小説について書かなかった理由

このブログにも書かなきゃいけないだろうなと思いつつ、なかなかストレートには書けずにいた。
なぜ書けなかったかというと、結果が出ていなかったからだった。
小説を書くこと自体は、言ってしまえば誰にでもできる。
それを他人に言って、特別な自分をアピールするのを避けたかった、という面があった。
理想は新人賞をとって、「実は書いてました」と発表して、そこからブログでもちょいちょい小説について書いていく、という流れにしたかった。

けれど、そんな風にカッコつけているうちに、僕はどんどん年をとっていく。
世の中にはフリーターになって、小説を書き続けている人もいて、僕はそういう人と比べたら、カタい仕事に就いている。
波はあるが、一年に一作ほど書いて、新人賞に応募していた。
きっと定職に就かないで小説書いていても、結果的には似たようなものだったろう。
その選択がよかったのか、悪かったのかはわからない。
けれど、そういう風に生活していると、正直自分が作家志望だという事実すら忘れそうになっていた。
生活の中心になっているのは、フルタイムの仕事だった。
客観的な事実として、僕は安定したサラリーマンだった。
「それで本当にいいのか?」という思いはずっとあっても、結果が出なければどうしようもなかった。

というか僕は、純粋な意味で、ワナビですらなかった。
ちょっと小説を書いていて、宝くじみたいに毎年応募して、落ち続けているだけ。
勝負の土俵にすらあがっていなかった。

小説に対する思い

ブログにずっと小説について書いていなかったつもりでいたが、
改めて読み直すと、実は昔ちょいちょい書いていた。

2011年。

今年の抱負を書きます。
(中略)
・小説をどっかで受賞させる。

今年の抱負 - 四十三庵

小説をね、書こうと思う。
夏休みに何作か書いて、新人賞に出すつもり。
もう既に一作書いたけれど、それにしても文章が全然長くならなくて困った。
昔はこんな苦しみなかったのにな。
文章書く時に何も思い浮かばずに苦しむことなんて絶対になかった。
僕の文才が劣化している部分は否めないけれど、
その分内容のない文を書き散らしていたということでもあろう。
とりあえず一作書けた。100頁超そうと思ってたけど、90数頁にしかならなかった。
内容的には納得できるクオリティになったので、落ちたらブログで公開しようかな。。。
「多くの人に読んでもらいたい」という思いはある訳で、
大衆を軽蔑しながら、大衆に依存しているというのは、小説を書くという上で非常に矛盾しているけれど、
実際そうなんだから仕方ないわな。

エッセイとして - 四十三庵

2012年頃。

もともと高校時代にイメージしていたのは、教師をやる傍ら小説をしこしこ書いて、いつか受賞して……というふうなイメージでいた。

就活によせて - 四十三庵

コアな四十三庵読者しか知らないと思う(というか僕も自分の記事読み返さないので書いたこと忘れていた)が、
昔はこんなことをチラチラ書いていたみたいだ。

書いたものを公開すれば、ワナビくらいにはなれただろう。
けれどそれができなかったのは、羞恥心の問題だった。
落選すると、途端に自分の小説がひどいものに見えた。
送る前は自信満々で、「よーし今回はすごいのが書けたぞ〜」という感覚だが、
一次選考にも通らずに落ちていると、何もかもがダメに見えた。
選考中は受賞の可能性があるので、Webに公開ができない。

もし他人が同じ状況だったら、落選後は、
「ボロクソに言われてもいいからとりあえず公開すれば、何か変わるかもしれないじゃん。
 せっかく書いたんだから、もったいないよ」
とアドバイスするだろう。
けど長いことできなかった。
今振り返っても、やっぱキツい。
長いことその原因が自分でもわからなかったが、どうやら小説はかなり密接に僕の自尊心に結びついていることがわかった。

他の部分はよかった。
別にブログで書いたことで「中身のねー記事だな」「頭悪いなお前」とか言われても、
誰かから外見をDisられても、仕事の成果物がレビューでボロクソに叩かれても、別に問題なかった。
むしろ仕事ではさっさと叩かれて膿を出してしまって、素早く修正するようにしていたので、
積極的に叩かれるようにしていたところさえあった。
課長から「メンタル強いなお前」と言われたこともある。
同じことが小説だとできない。
それはもう本当に僕にとって大切な領域だからだ。
自分が一番自信を持っている領域で通用しなかったとき、僕はどうしたらいいのかわからない。
きっと防衛本能なのだろう。

けれど、僕も来年30歳になる。
小説というのは別に何歳でも書き続けられるものではあるが、
作家になりたいのであれば、そろそろなにか成果を出さないと、人生のタイムリミットが近づいて来ている。
この記事もそういう意味では、自分を守ろうとする本心を抑えて、なるべくストレートに書いている。

小説の置かれている状況

創作活動には色々ジャンルがある。
小説じゃなくても、エッセイ、マンガ、映画、音楽、その他色々。
その中でどうして小説なのか? というと、僕が一番得意なのが文章を書くことだからだ。
高校時代に乱読した、芥川龍之介、川端康成、谷崎潤一郎、三島由紀夫といった昭和期(芥川は大正だけど)の小説は、
具体的に何をどう影響しているのかわからないけれど、何か深いところで影響が残っていると思う。

ただ今の世の中での需要を考えたとき、小説というのは衰退しているジャンルだ。
おまけに書きたい人間があぶれていて、読み手はいないのに書き手ばかりが増えていく。
第51回の新潮新人文学賞は1,972篇の応募があったらしい。

更に悪いことに、僕はジャンル的には純文学と呼ばれるジャンルで書こうとしている。
(純文、という言葉自体があんま好きじゃないが。なんだ純って)
このジャンルがまたひどい。
死にかけている。
そんな死んだジャンルで、僕は書こうとしている。

今年(去年含む)やったこと

そもそも小説のジャンルはこれでいいのか

エンタメに寄っていく、ということも考えた。
自分が何を書きたいのか、というのをずっと悩んでいた。
売れたいなら、絶対エンタメの方がいい。
もっと言うと小説じゃないほうがいいのかもしれないが、まあ小説の中ならエンタメ小説。
ライトノベルという手もある。
けどそういうジャンルを開拓しようと考えたとき、何ら興味を抱けない自分がいた。
それじゃ意味がない。
結局自分が書きたいものを、人に伝えるための技術が、まだ自分には足りていなくって、
他のジャンルに移るくらいなら、本当に自分のやりたいジャンルで、全力で技術を伸ばしていくのがいいんじゃないか、と考えるに至った。

文芸誌を一年読む

2018年、新潮という文芸誌を一年買い続けた。
ずっとこの手の文芸誌の新人賞に応募していたくせに、自分では一度も読んだことがないのはどうなのか、とさすがに思って、読んでみた。

www.shinchosha.co.jp

隅から隅まで目を通したわけじゃなく、気になった文章だけを読んだ。
正直全体の二割も読めていないと思う。
文芸誌に載っている小説というのは、文章的には美しい日本語で書かれているな、という感想を持った。
けれど面白か、と言われると微妙で、正直あんま面白くないものが九割くらいな気がする。
村田沙耶香の「地球星人」とかは面白かった。

推敲を真面目にする

それまで僕は推敲というのを、ほとんど真面目にやってこなかった。
グランジが好きなので、どうしても未完成の美というのか、ちょっと粗いくらいが好きだ。
けど文芸誌に載っている文章のレベルを見ると、粗い文章だと通らないだろうというのがわかった。
そこで2018年はめちゃくちゃ真剣に文章を練った。
100頁くらいの小説の中で、どこの文を切り取られても、その文の意図を話せるレベルまで研磨した。
おかげで書き始めてから、1年1ヶ月かかった。
(まあ結局落とされたが……)

推敲の技術は、執筆と同じくらい大切だな、と感じた。
未だにどうしたらいいのかよくわからないが……

増田で聞いてみる

その気合い入れて送った、第51回の新潮新人文学賞が落選した後で、
焦る気持ちの一方で、何をどう努力したらいいのか全然わからなかった。
「才能がない、諦めよう」みたいにはならなかった。
才能というのはそもそも幻想だと最近は思っている。

出版社に聞こうかな〜とまで考えたが、そんなツテもないし、
そもそも編集はその答えを持っていないような気もした。
自分で考えるしかないのだとは思ったが、とにかくヒントが欲しくて、増田で聞いてみた。

どうしたら小説って上手くなるんですか???

割と回答が来てよかった。

文芸フリマに行く

bunfree.net とにかく実力をつけるためには、新人賞送る→理由もわからず落選、というプロセスから抜けないといけない、という意識があった。
そこで選択肢となるのが、

  1. Webでの発表
  2. 同人活動

という2つだった。
同人活動に目を向けよう、と思い、11月の東京でやってた文芸フリマに行った。
僕はコミケも行ったことがなく、あの同人即売会特有の、ブースがズラッと並んでいる感じをはじめて体験した。
正直、かなり無理だな、と思った。
書いた人間を前にして本を手にとって、パラパラ読んで、何事もなかったように帰るのはかなりキツい。
というか無理。

幸い、見本誌を置いている部屋があって、そこで売っている本は全部読むことができた。
僕はそこで一時間ほど色んな本をパラパラと読んだ。
同人活動なので、なんかパソコンのプリンタ用紙を紐で綴じたくらいのものをイメージしていたら、
どこもちゃんと製本されていて、予想以上に「本」だった。
そこでもやはり純文みたいなものはほとんど居場所がなくて、悲しかった。
同人で好き勝手書いている中から、いいものがそのまま売れていく、みたいな流れが理想だと思っていたが、
実際の同人界隈を見ると、なんかちょっと違和感があった。
コミュニティだな、と思った。
同人活動で読者を得るためには、コミュニティに入らないといけない。
僕を受け入れてくれるようなコミュニティはあまりないだろう。

やっぱり落選したものを、Webで発表するのがよさそうだな、と思った。

これから

もう自分の逃げ場をなくす意味で、方法と時期まで宣言するが、
現在応募している2作品が落選した場合、2020年3月頃にカクヨムで公開する。

2019/9に落ちたものを公開することはできるのだけれど、
今見ると自己完結的でよくないな、と思ってしまって、公開は控えたい。
羞恥心消せてねーじゃん、とツッコまれるかもしれないが、容赦して欲しい。
(了)